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第2話 依頼人の前ではお行儀よくするのですわ

 キケロ村は想像していたより、ずっと穏やかな雰囲気でした。細い道沿いに点在する茅葺かやぶき屋根の家々。畑で働く人々の姿が見られる、実にのどかな風景。


 馬車の行く先に、くだんの屋敷が見えてきました。


 高くそびえる石壁に囲まれ、蔦が絡まる壁面は古めかしくも威圧感があり、どこか陰鬱いんうつな雰囲気を漂わせておりました。それなりの歴史を感じさせる門構えです。


 門の前には、使用人のターグ氏が立っていました。わたくしたちの馬車を見つけると、ほっとしたように駆け寄ってきます。


「ああ、エリー様、ネロ様。よくぞおいでくださいました」


 馬車から降りたわたくしたちに、ターグ氏は深々と頭を下げました。昨日より、お顔に疲労が濃く出ています。なにかあったのでしょうか。


「お待たせしましたわ、ターグさん。早速ですが、お屋敷へ案内していただけますか?」

「もちろんですとも。どうぞこちらへ」


 鈍い音とともに門が開くと、お庭の華やかな花々が一気に目に飛び込んできました。

 花壇は手入れが行き届いており、淡紅色をした釣鐘状の花が目に留まります。同時に、ひんやりとした空気が肌を撫でました。


 屋敷へ入ると広々としてはいますが、窓が小さいためか、少し暗い印象です。長い廊下に調度品が置かれていて、田舎の家柄のわりには質の良いものが置かれていました。


 「へえ、金持ちじゃん」と、ネロが呟きます。これでは育ちがわかるというものですわね。


「はぁ、いいですこと? 顧客の前では、くれぐれもお行儀よく振舞ってくださいまし」

「オレをガキ扱いすんじゃねえぞ。アンタよりも、よっぽどベテランなんだからな」

「あら。どちらかと言えば、しつけのなってない野良犬扱いですわ」

「犬扱いもすんな!」


 小声で怒鳴る男という、実に器用な芸風を観賞している間に、ターグ氏は廊下の突き当たりにある扉の前で立ち止まりました。そして、小さく咳払いをしてからノックを3回。コンコンコン。


「ご主人様、お客様がお見えになりました」


 しばらくの沈黙の後、低い、いかにも不機嫌そうな声が返ってきました。


「通せ」


 ターグ氏は、緊張を隠せぬ面持ちで扉を開きました。


 室内は、外の薄暗さとは対照的に、暖炉の火が赤々と燃えていましたわ。

 大きな革張りの椅子に、ふくよかな老人が座っています。あご下にまで贅肉がついており、値踏みをするようなぎょろっとした眼が、わたくしたちを射抜きました。


 この方が、此度こたびの依頼人オーウェン・イェイツ氏でしょう。栄養状態の割に、顔色は悪いですわね。


「わしがイェイツだ。ターグから話は聞いている……お前たちが例の冒険者か」


 イェイツ氏の声には、苛立ちが滲み出ていました。


「はい、わたくしは陽気な舞曲ガリアルド冒険者事務所に所属するエリーと申します。以後、お見知りおきを。ああ、ついでに、こちらは相棒のネロですわ」

「オレをついで扱いすんなっ!」


 わたくしが丁寧に挨拶をすると、イェイツ氏は鼻で笑いました。


「ふん、口が達者な小娘と、育ちの悪いチンピラか。わしが依頼したと言うのに、なぜトムキンスが来んのだ」

「トムキンス所長は、都市の難事件を抱えておられるのですわ。急なご依頼に足を延ばすことがなかなか出来ませんの。ですが、バンシー……妖精にまつわる事件であれば、わたくしが最適だと所長は判断したのですわ」

「お前たちのような若造に何ができるというんだ?」


 露骨ろこつ侮蔑ぶべつが込められていました。しかし、わたくしは動じません。こんな方よりも、お父様の方がよほど怖いですもの。


「このわたくしは妖精事件の専門家――即ち、妖精使いです。必ずや、バンシーの謎を解き明かしてみせますわ」


 自信たっぷりに言い切ると、イェイツ氏は興味を刺激されたのか片目を見開きました。


「妖精使いか、良いだろう。ならば、この忌々しい騒ぎを、一刻も早く終わらせて欲しいものだな」

「承知いたしました。では、詳しくお話をお伺いしたいのですが。いつ頃から、どのような状況でバンシーの騒ぎが起きているのでしょうか?」


 尋ねると、イェイツ氏は不機嫌そうに眉をひそめました。


「ターグから聞いたのだろう。深夜になると、どこからともなく女の悲鳴……いや叫びが聞こえてくる。それだけだ」

「本当に、ただそれだけかよ」


 隣に座るネロが鋭く問いかけました。こら、顧客の前ではお行儀よくしなさいと言ったばかりですのに!


「なんだと? 何が言いたい」

「つまり、アンタ自身は目撃してねえのかよ。狙い撃ちにされるような行為とか。もしくはアレだ、身に覚えとか」

「そんなものはないっ! 化物に狙われるような覚えなどあるものかっ」

「誰かから恨みを買う覚えもねえってか?」

「貴様、わしに喧嘩を売っておるのか。仮に、恨みを買ったとて、バンシーだとかいう化物と何の関係がある!」


 これ以上、白熱されては、場を治めるのに支障がありそうですわね。


「お待ちくださいな。わたくし、まだバンシーと断定したわけではありませんの。例えば、他の妖精や怪物。何者かの呪いなども想定するべきと思っていますわ」


 わたくしが割り込むと、イェイツ氏はうんざりした顔で黙り込みました。頭痛をこらえるように額を抑えます。


「財を為すために、恨みなどいくらでも買うことがある。実力がない人間の逆恨みだがな」

「左様でございますか、そういうこともあるのでしょうね。ところで昨晩は、何時頃にバンシーの叫びが聞こえましたの?」

「……昨晩? うーむ、深夜1時頃か? 屋敷の裏手から聞こえたと、メイドが言っておったな。わしもそのように聞こえた」

「メイドですか、その方にお話を伺うことは可能でしょうか」

「キーラという若い娘だ。あやつは気が弱くてな、バンシーを見て脅えきっておるが……まあ、構わんだろう。好きに聞き込みでもしろ、わしを煩わせるな」


 シッシッと追い払うように手を払うイェイツ氏。わたくしは会釈し、ネロと伴い部屋を後にしました。


「オレ、あのジジイ嫌いだぜ。妖精に呪われてようが自業自得じゃねえの?」

「もうっ、ネロったら。……正直、わたくしも解決への意気込みが薄れつつありますけれど」


 しかし、ここで解決できなければ実力不足を認めるようなもの。史上最高の妖精姫プリンセス候補であるエレオノーラ・ノクティアが、ここで逃げ出すような真似は……。


 そう思った時、廊下に見知った顔が現れたのです。


 それは憎き宿敵。神聖衣をまとった茶髪の少女、平民の分際で正式な妖精姫プリンセス候補であるミア・メアーリス。


「あれ、エリーちゃん?」


 さらに、もう一人。輝かしい金髪に蒼氷色アイスブルーの眼差しを持つ美青年。


「――フィン様」

「おや、久しぶりだね。エリー、まだ家出中なのかな」


 六大貴族でも司法を担うソラスティエ家の御曹司にして、わたくしの元婚約者。フィン・ソラスティエだったのですわ。

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