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第9話 前座の次はわたくしの出番ですわ

 わたくしには、とある確信がありましたが、証明には時間が必要でした。

 少なくとも、話はアレが届いてからですわ。


「さて、ネロ。時間はありませんわ。わたくしの早さについて来れるかしら」

「おうよ。どこから手を付けるか、アタマの中はもう整理済みだ」


 まずは裏を取らねばなりません。

 裏方にいた使用人たちに、話を聞きます。重要な点は、イェイツ氏を毒殺することは可能であったか、です。

 こんな時間でしたが、使用人たちはキーラとターグ氏に同情的で、中でもおしゃべり好きなご婦人は、すらすらと答えてくれました。


「ご主人様かい? 死んだ人を悪く言うのはなんだが、かなり疑い深い人でね。毒見までやらされてたんだよ」

「毒見、ですか」

「ああ。出す食事は必ず誰かがやらされてた。人の手が入ったものは、簡単には手を付けなかったね」


 他人から恨みを買っている自覚は、相当おありだったようですわね。

 そこでネロは持ち前の気安さで、ご婦人に訪ねます。


「フーン。なあ、おばちゃん。シボーン夫人はどうだったんだ? ジジイに菓子とか茶とか差し入れできたのか」

「え、奥様? そりゃますます無理だ。ご主人様、奥様への容赦のなさったらひどいもんで、絶対に淹れた茶なんか飲まないだろうね。まっ、それも当然だけど」

「なんでだよ、自分の奥さんだろ」

「奥様は無理やり嫁にされたんだけど、つい先日、結婚を約束してた幼馴染が身体を壊しちまったらしくて。なんでも奥様を取り戻すためにって、相当、無理なことをやらされたみたいよ」


 不愉快そうに、ネロが舌打ちをしました。同時に「当てが外れたな」ともこぼしました。


 しかし、故人はなにを聞いても、吐き気を催す邪悪さですわね。人の心を踏みにじる悪そのものですわ。ですが、これでわかったことは、普通の手段では毒殺が難しいということ。

 そこで、ネロが不思議そうに尋ねてきました。


「毒には詳しくねえが、所見上は心臓麻痺と変わらなかったんじゃねえのか」

「そうですわね。……でも、例えば、普段から飲んでいるものと変わりないものが原因だとしたら?」


 「あ?」と、ネロが間抜けな声を出して首を傾げましたが、あえて説明はしません。ふふん、キーラを捕まえる前、失礼な物言いをされたこと、忘れていませんわ。


 警察士の立会いの下、イェイツ氏の書斎へと入りました。実際に見てみましょう。


「この部屋は、普段はどのように管理されていたのかしら」

「亡くなられた被害者本人が、カギを持ち歩いていましてね。スペアはなかったようです」


 机の上には、様々な書類が積み上げられています。土地の権利書、事業に関する契約書、それに個人的な手紙など。ですが、今回重要なのはそこではないのです。


 書斎にある収納棚を眺めると、いくつかの薬瓶が置いてあります。銘柄を読み取れば、ジギタリスにラウダナム。睡眠薬。胃薬。

 確かに、棚にも別の鍵がかかってますわ。そこで、ふと気づきました。


「あら、お酒も鍵付きで管理されてらっしゃったのね」

「おおっ、ホントだな。おいおい、酒を書斎に持ち込んでるとか真面目に仕事してたのかよ」

「それ、あなたが言えた口かしら」


 薬と共に、常飲していたであろうブランデーやウィスキーが置いてあります。不自然に空いた隙間、そこに甥ブライアンが贈った『ヒースの雫』がおそらくあった。

 普段飲んでいたものすら、厳重な管理をしていたのですわね。


 それから日が差して、わたくしが焦り始めた頃、ようやく待ち望んでいた品が届きました。なんとか整いましたが、しかし時間が迫っています。


「ネロ、助手をしなさい。立会人は……警部ですわね。責任者が適当でしょう」

「じょ、助手? なんの?」

「決まっているでしょう。つまらない前座が終わったのですから、華麗なるショウタイムの開幕ですわ。ノクティア家の娘が、お飾りでは務まらないということを教えて差し上げます」


 時を経て、再び応接室に関係者が集められました。視線が、わたくしの一挙一動に注がれています。

 中央には、未だ手錠をかけられたままのキーラ。同席するシボーン夫人のお顔は心労の極地からもはや蒼白、ターグ氏はただただ辛そうに目を細めています。

 前に立つブライアン氏が吐き捨てました。


「こんな冒険者のお遊びに付き合わされるなんてね。叔父の死を娯楽か何かと勘違いしてるんじゃないか? さっさとこのメイドを牢獄に連行すればいい」

「牢獄に入るかは、裁判で決まることですよブライアン氏。やましいことがないなら、お静かに」


 ぴしゃりとフィン様は、騒ぎ立てるブライアン氏を注意しました。

 ただ、ミアは物言わずこちらを見つめています。いつもと違い無表情に近い顔。全てを見逃すまいとしているようですわ。


 わたくしは、唾を呑み込んでから口を開きました。


「皆さま。先ほど、ミアとフィン様の見事な推理によって、キーラさんが事件の犯人であるとされました。彼女がイェイツ氏を恨み、バンシーの騒動を起こし、そして、死の引き金を引いた。ええ、その点は間違いありません」


 わたくしの言葉に、キーラは顔を伏せたまま、小さく肩を震わせました。


「ですが、真実はそれだけではありませんわ。イェイツ氏は……毒殺されたのです」


 場に緊張が走り、皆がどよめきました。


「毒殺ですか? そんなバカな。だって、ご主人様は」


 ターグ氏は口にします、ありえない、と。


「そう、イェイツ氏は非常に用心深く、食事は必ず毒見をさせていた。ましてや他人から勧められたものを口にすることは、ほとんどなかったそうです」


 言いながら、ブライアン氏をちらりと見ました。途端、澄ました顔を作り始めていましたわ。


「しかし、例外がありましたわね。そうです、甥のブライアン氏が贈られたという『ヒースの雫』ですわ」


 すると、ブライアン氏は鼻で笑います。


「何を言い出すかと思えば。私はただ、叔父上を慰めてやろうとしただけだ。前も言っただろう、叔父上とはその酒を飲み交わしたことすらある、と。同じ話を蒸し返すつもりかね」

「ふふ、同じ話? 違いますわ、これからするのは特別な話ですの。このウィスキーには、とある秘密があった。そうですわね?」

「なんだと……?」

「そろそろ出番ですわよ」


 颯爽とネロがワゴンを押して現れます。後ろには警部が張り付いていました。

 ワゴンの上に載せられている、2つのヒースの雫を指してわたくしは微笑みました。


「わたくし、すこし伝手がありまして。事件に使われたヒースの雫と。もう1つ、新品のものを取り寄せてみましたの」


 その瞬間のブライアン氏の顔ったら、本当に見ものでしたわ。

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