わたくしには、とある確信がありましたが、証明には時間が必要でした。
少なくとも、話はアレが届いてからですわ。
「さて、ネロ。時間はありませんわ。わたくしの早さについて来れるかしら」
「おうよ。どこから手を付けるか、アタマの中はもう整理済みだ」
まずは裏を取らねばなりません。
裏方にいた使用人たちに、話を聞きます。重要な点は、イェイツ氏を毒殺することは可能であったか、です。
こんな時間でしたが、使用人たちはキーラとターグ氏に同情的で、中でもおしゃべり好きなご婦人は、すらすらと答えてくれました。
「ご主人様かい? 死んだ人を悪く言うのはなんだが、かなり疑い深い人でね。毒見までやらされてたんだよ」
「毒見、ですか」
「ああ。出す食事は必ず誰かがやらされてた。人の手が入ったものは、簡単には手を付けなかったね」
他人から恨みを買っている自覚は、相当おありだったようですわね。
そこでネロは持ち前の気安さで、ご婦人に訪ねます。
「フーン。なあ、おばちゃん。シボーン夫人はどうだったんだ? ジジイに菓子とか茶とか差し入れできたのか」
「え、奥様? そりゃますます無理だ。ご主人様、奥様への容赦のなさったらひどいもんで、絶対に淹れた茶なんか飲まないだろうね。まっ、それも当然だけど」
「なんでだよ、自分の奥さんだろ」
「奥様は無理やり嫁にされたんだけど、つい先日、結婚を約束してた幼馴染が身体を壊しちまったらしくて。なんでも奥様を取り戻すためにって、相当、無理なことをやらされたみたいよ」
不愉快そうに、ネロが舌打ちをしました。同時に「当てが外れたな」ともこぼしました。
しかし、故人はなにを聞いても、吐き気を催す邪悪さですわね。人の心を踏みにじる悪そのものですわ。ですが、これでわかったことは、普通の手段では毒殺が難しいということ。
そこで、ネロが不思議そうに尋ねてきました。
「毒には詳しくねえが、所見上は心臓麻痺と変わらなかったんじゃねえのか」
「そうですわね。……でも、例えば、普段から飲んでいるものと変わりないものが原因だとしたら?」
「あ?」と、ネロが間抜けな声を出して首を傾げましたが、あえて説明はしません。ふふん、キーラを捕まえる前、失礼な物言いをされたこと、忘れていませんわ。
警察士の立会いの下、イェイツ氏の書斎へと入りました。実際に見てみましょう。
「この部屋は、普段はどのように管理されていたのかしら」
「亡くなられた被害者本人が、カギを持ち歩いていましてね。スペアはなかったようです」
机の上には、様々な書類が積み上げられています。土地の権利書、事業に関する契約書、それに個人的な手紙など。ですが、今回重要なのはそこではないのです。
書斎にある収納棚を眺めると、いくつかの薬瓶が置いてあります。銘柄を読み取れば、ジギタリスにラウダナム。睡眠薬。胃薬。
確かに、棚にも別の鍵がかかってますわ。そこで、ふと気づきました。
「あら、お酒も鍵付きで管理されてらっしゃったのね」
「おおっ、ホントだな。おいおい、酒を書斎に持ち込んでるとか真面目に仕事してたのかよ」
「それ、あなたが言えた口かしら」
薬と共に、常飲していたであろうブランデーやウィスキーが置いてあります。不自然に空いた隙間、そこに甥ブライアンが贈った『ヒースの雫』がおそらくあった。
普段飲んでいたものすら、厳重な管理をしていたのですわね。
それから日が差して、わたくしが焦り始めた頃、ようやく待ち望んでいた品が届きました。なんとか整いましたが、しかし時間が迫っています。
「ネロ、助手をしなさい。立会人は……警部ですわね。責任者が適当でしょう」
「じょ、助手? なんの?」
「決まっているでしょう。つまらない前座が終わったのですから、華麗なるショウタイムの開幕ですわ。ノクティア家の娘が、お飾りでは務まらないということを教えて差し上げます」
時を経て、再び応接室に関係者が集められました。視線が、わたくしの一挙一動に注がれています。
中央には、未だ手錠をかけられたままのキーラ。同席するシボーン夫人のお顔は心労の極地からもはや蒼白、ターグ氏はただただ辛そうに目を細めています。
前に立つブライアン氏が吐き捨てました。
「こんな冒険者のお遊びに付き合わされるなんてね。叔父の死を娯楽か何かと勘違いしてるんじゃないか? さっさとこのメイドを牢獄に連行すればいい」
「牢獄に入るかは、裁判で決まることですよブライアン氏。やましいことがないなら、お静かに」
ぴしゃりとフィン様は、騒ぎ立てるブライアン氏を注意しました。
ただ、ミアは物言わずこちらを見つめています。いつもと違い無表情に近い顔。全てを見逃すまいとしているようですわ。
わたくしは、唾を呑み込んでから口を開きました。
「皆さま。先ほど、ミアとフィン様の見事な推理によって、キーラさんが事件の犯人であるとされました。彼女がイェイツ氏を恨み、バンシーの騒動を起こし、そして、死の引き金を引いた。ええ、その点は間違いありません」
わたくしの言葉に、キーラは顔を伏せたまま、小さく肩を震わせました。
「ですが、真実はそれだけではありませんわ。イェイツ氏は……毒殺されたのです」
場に緊張が走り、皆がどよめきました。
「毒殺ですか? そんなバカな。だって、ご主人様は」
ターグ氏は口にします、ありえない、と。
「そう、イェイツ氏は非常に用心深く、食事は必ず毒見をさせていた。ましてや他人から勧められたものを口にすることは、ほとんどなかったそうです」
言いながら、ブライアン氏をちらりと見ました。途端、澄ました顔を作り始めていましたわ。
「しかし、例外がありましたわね。そうです、甥のブライアン氏が贈られたという『ヒースの雫』ですわ」
すると、ブライアン氏は鼻で笑います。
「何を言い出すかと思えば。私はただ、叔父上を慰めてやろうとしただけだ。前も言っただろう、叔父上とはその酒を飲み交わしたことすらある、と。同じ話を蒸し返すつもりかね」
「ふふ、同じ話? 違いますわ、これからするのは特別な話ですの。このウィスキーには、とある秘密があった。そうですわね?」
「なんだと……?」
「そろそろ出番ですわよ」
颯爽とネロがワゴンを押して現れます。後ろには警部が張り付いていました。
ワゴンの上に載せられている、2つのヒースの雫を指してわたくしは微笑みました。
「わたくし、すこし伝手がありまして。事件に使われたヒースの雫と。もう1つ、新品のものを取り寄せてみましたの」
その瞬間のブライアン氏の顔ったら、本当に見ものでしたわ。