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第2話「void InitializeMethod( ) 2」

 指定ポイントに到着した俺は、すぐさまフロスガルへ通信を飛ばした。


「団長、こちら作戦地点に到着。いつでも突入可能だ!」


 応答と同時に、右下にフロスガルのフェイスウィンドウがポップアップする。


「了解。カオモジも現着済みだ。十三分ちょうどに同時突入するぞ。遅れるなよ!」


 そう言い残して、ウィンドウはパッと消えた。俺はHUDに表示された時計に目をやる。ミリ秒単位で刻まれる数字を凝視しながら、胸の高鳴りを必死に抑え込む。


 そして、秒表示が「59」から「00」に切り替わった瞬間……俺は機体のブーストを最大出力にして、施設へと一気に突っ込んだ。



     ◇



 この世界じゃ、たとえ単なる製造プラントでも油断は禁物だ。施設のあちこちには、自立型の機銃、キャノン砲、ミサイルポッドといった迎撃設備がこれでもかと設置されている。さらに、有人のAUアーマード・ユニットには及ばないが、無人操作の人型ロボットが配備されていることもある。まあ、あいつらは正直、雑魚だ。


 だが、真に厄介なのは防衛任務を請け負っているAUアーマード・ユニット……つまり、俺たちと同じ中身プレイヤー入りの機体だ。特にランキング上位者ランカーなんかが相手だと、こっちが三人がかりでも勝てるか怪しい。歯が立たないなんてレベルじゃない。それでも、対人戦が一番燃えるのは間違いない。しかも任務対象にAUアーマード・ユニットが含まれていれば、撃破報酬に特別ボーナスが上乗せされる。これがまた美味いんだよな。だから、やめられない。


 俺の機体は施設のフェンスを軽々と飛び越え、輸送用の道路へと着地した。着地の衝撃と、機体の重量が地面を叩く鈍い音がコックピットに響く。


 周囲を見渡すと、すでに警報が鳴り響いているらしく、四足歩行型の警備無人機や、タイヤ脚の緊急対応型武装ユニットが、施設の奥や倉庫からぞろぞろと姿を現していた。


 俺は右手に持った実弾単射ライフルと、左手のアサルトライフルを敵機に向け、即座にトリガーを引く。銃口からリズムよく吐き出される弾丸と、閃光のような発射炎。撃ち出された弾は次々と無人機の装甲を貫き、爆発とともに吹き飛ばしていく。無人機相手なら、さすがに手こずることはない。


 ふと気づけば、遠くの空に黒煙が立ち昇っていた。あの方角は団長……フロスガルが仕掛けたエリアだ。どうやら、派手に暴れているらしい。俺も負けてられない。


 目の前に並ぶ倉庫群へ、機体の左肩に搭載されたミサイルポッドの照準を合わせる。正直、俺の機体は施設襲撃にはあまり向いていない。施設破壊には、広範囲に爆風を撒き散らす高火力兵器が理想だが、そういうのは基本的に重すぎる。俺の機体の機動性とは相性が悪い。


 肩のミサイルが発射され、倉庫群に着弾。爆炎が吹き上がり、施設の一角が炎上する。あまり時間は掛けていられない。俺はすぐさま機体を前進させ、次の目標へと向かう。進路を塞ぐ無人機どもを蹴散らしながら……。


 ……その時だった。


 ディスプレイにアラートが表示される。敵機の接近を知らせるものではない。ただの注意喚起アラートだ。どうやら、さっき爆破した倉庫の端に『何か』があるらしい。俺は手動でそのエリアを拡大表示する。


 そして、そこに映ったのは……少女だった。


 淡い氷色アイス・ブルーに煌めく長髪。色素の薄い、雪のように白い肌。白いレオタードのようなパイロットスーツを身にまとい、静かに立っている。だが、何よりも目を引いたのは、その瞳だった。真紅の瞳が、まっすぐこちらを見据えている。儚げで、どこか虚ろな雰囲気を纏った美少女。戦場の喧騒の中で、まるで異物のようにそこに佇んでいた。


 ……少女? いや、敵プレイヤーか!


 そうだ。ここまで特徴的な容姿をしているなら、ほぼ間違いなくプレイヤーだ。カオモジみたいに、自分のアバターを美少女にカスタムする奴は珍しくない。美少女アバターなんて、今やありふれた存在だ。


 敵のアバターがここにいるってことは……防衛側のAUアーマード・ユニットが出てくる可能性が高い。対人戦は厄介だ。低ランク任務だったはずが、一気に高ランク任務へと様変わりする。


 ……だが、何かがおかしい。


 普通、戦場をアバターのまま歩き回るプレイヤーなんていない。基本的に、みんなAUアーマード・ユニットに乗っている。旅団ブリゲート基地ホームベースとかなら別だが、ここはNPCが用意した施設だ。任務専用の戦場マップで、わざわざAUアーマード・ユニットから降りる意味なんてない。意味が分からない。


 どうするべきか迷っていたその時、フロスガルから通信が入った。


「どうした、ユウジ? さっきからMAP上で静止したままだぞ。何かあったのか?」

「……ああ。いや、何でもない。ただ、今ここにプレイヤーが……」


 しどろもどろに答えながら、俺はもう一度倉庫の端へ視線を向ける。だが、そこにはもう誰もいなかった。少女の姿は、跡形もなく消えていた。レーダーにも、プレイヤーを示す光点は俺の機体だけ。


 ログアウト……? こんな場所で?


「どうした! 敵AUがいたのか?」


 フロスガルの問いに、俺はすぐには答えられなかった。周囲を見渡し、レーダーを再確認する。だが、やはり少女の姿はどこにもない。


「……いや。何でもない。見間違いだったようだ。敵AUはいない。任務を継続する」


 俺は、少女のことを団長には話さなかった。こんな戦場に、アバターのまま存在するはずがない。きっと、見間違いだったんだ。……そう思うことにした。



     ◇



 その後、任務はあっけなく終わった。


 中枢の重要施設や、周辺の関連設備を適度に破壊した後、俺はフロスガルとカオモジと合流。三人でもう一度施設を一回りし、壊し残しがないかを確認した。


 だが、その間も俺の頭から、あの少女の姿は離れなかった。あの容姿。あの瞳。不思議な存在感だった。それに、なぜあんな場所にいたのか。疑問は、時間が経つほどに募っていくばかりだった。


「よし、大体片付いたな。撤収するぞ!」

「(∩´∀`)∩」


 俺たちは機体を反転させ、自基地への帰路についた。


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