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第8話


「ぶれいもの。われが、話しておるのだ。へんじをするのが、れいぎであろう」

「…………えっ!?」

「まったく、れいぎのなっていない、へんじよ」

「え? は!? まさか、お前の友だちというのは」

「言わなかった? わたし、まじゅうおうさんと、お友だちなの!」


カジミールは唖然とするしかなかった。

封印魔術が解けかけていることは想定していたが、まさか魔獣王が器である人間と意思疎通できるとは思ってもみなかったのだ。


(この少女は魔獣王のことを友だちと言っているが、親身なフリをした魔獣王に利用されている可能性が高い。現に魔獣王は先程この少女を魔法陣から出すことに成功している)


カジミールは自然と少女から距離を取った。

万が一を考えた場合、ある程度の距離が無ければ逃げることも出来ない。


「そう、けいかいするな。お前と、とりひきを、したいだけだ」

「取引だって? ……魔獣王の口車に乗るわけがないだろ」

「お前にとっても、悪い話ではない。とりひきに、応じれば、しきを、のばしてやる」


魔獣王の言葉をそのまま繰り返しているだけのブリュエットは、魔獣王が何を言っているのか今一つ理解していなかった。

しかし、これは。


「……取引と言うよりも脅迫だな」


ブリュエットと違い、カジミールは魔獣王の真意をしっかりと理解していた。


(厄介だな。取引を断れば、後々俺は間違いなく殺される。俺が魔獣王に敵うわけがない。

しかし、だからと言って今ここでこの少女を殺しても、魔獣王が死ぬとは限らない。少女が死ぬことで魔獣王の封印が解ける可能性もある)


「……取引の内容を教えてくれ」


悩んだ末に、カジミールはとりあえず魔獣王の取引内容を聞くことにした。

この場をどう切り抜けるにしても、取引内容を聞かなければ始まらない。


「われのしつもんに、答えるだけだ。いつわりは、許さぬ」

「先に言っておくが、俺は大した情報は持ってないぞ。知りすぎは死に直結するからな」

「知らぬフリも、許さぬ」

「……あんたに誤魔化しが通用しないだろうことくらい分かってるよ」


カジミールの首筋を冷や汗が流れた。


(自慢じゃないが、俺が今生き残っているのは力があるからじゃない。ずば抜けた危機感があるからだ。

その俺が魔獣王に嘘や誤魔化しをする? あり得ない。まだ死に急ぐ気は無い)


「では聞く。われに、ふういんまほうをかけたのは、お前で間違いないな?」

「あのときは魔術で顔を変えていたんだが……そんなものは通用しないか」


カジミールは観念したとばかりに両手を上げながら溜息を吐いた。


(魔獣王を封印するときには顔を変えていたため、もしかすると気付いていないかもと期待したのだが。変装魔術など魔獣王には無意味だったようだ)


「次のしつもんだ。あのふういんまほうを、こうあんしたのは、お前か?」

「……いいや。俺は実行しただけだ。残念ながら魔術を考案できるような頭は持ち合わせてないからな」

「こうあんしゃは、誰だ? お前に、じっこうを、いらいしたのは?」

「考案者は知らない。だがあんな複雑な術式を組み上げられる人物は、よっぽどの大物だ。仮に当時は大物じゃなかったとしても、魔獣王を封印した功績で今頃は大金持ちだろうな。何と言っても封印を依頼したのは国王だからな」


その途端、ブリュエットが慌てだした。両手と首を大きく振っている。


「そんなことしちゃ、だめだよ! 怒るのはいいけど、ころすのはだめ!」


カジミールの喉がヒュッと鳴った。

しかしカジミールが攻撃されることはなく、しばらく一人で喋っていたブリュエットもやがて落ち着いた。


「ちゅうだんして、ごめんね。まじゅうおうさんが、しつもんの、つづきをするって」

「あ、ああ」


カジミールは手の甲で額に浮かんだ汗を拭った。


「次のしつもんは、えっと……ふういんまほうを、といてくれぬか?」

「……………………」


(命が惜しいのなら、この質問の答えは絶対に間違えてはいけない。そして俺は、命が惜しい!!)


「こたえろ。われは、気の長い方では、ない」

「…………解いてやりたいが、今は出来ない」

「お前では、まほうをとけない、ということか?」

「いいや。魔獣王を封印するときに、万が一失敗した場合に備えて、魔術を解く方法も教えられている」

「では、ときたくないのか。このむすめの、人生を台無しにしたいのか?」


(実のところ、俺はそのことに気付いていた。魔獣王を封印する器となる人間は一生を台無しにするだろうと。それを理解していながら実行に移したのだ)


「彼女には申し訳なく思っている。だが、見知らぬ他人と大事な身内を天秤に乗せられて、見知らぬ他人を選べるほど聖人じゃないんだ、俺は。封印魔術を掛けなければ弟が死ぬと言われたら……何度だって俺は、弟を選ぶ」

「……きょうはく、か。これだから、にんげんは」

「だが、彼女に申し訳ないことをしている自覚はある。だから……俺と弟が国外逃亡したあとで良ければ、封印魔術を解こう」

「ほう?」


魔獣王はカジミールの言葉が予想外だったのだろう。

そのまましばらく沈黙した。

そして数回頷いた後、やっとブリュエットが口を開いた。


「そんなことをしたら、かいほうされたわれが、人間にふくしゅうするとは、思わんのか?」

「俺は自分勝手なんだ。弟と俺が助かるならそれでいい」

「まことに、自分勝手なやつよ。人間らしいとも、言えるか」

「そんなことを言われても。魔術解除を断ったら、魔獣王は術を解くために俺を殺すだろう? 殺されたくなかったら魔術を解くしかないが、魔術を解いたら今度は弟が王国に殺される。二人とも助かるにはこうするしかないんだ」



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