「ねえ、デイジー。今日は本当にどうしたの?」
「……え? 私、何か変だったかしら」
サーシャに誘われるまま、紅茶を飲みクッキーを食べた。
今のところ、毒が入っている様子は無い。
「うわの空というか、ずっと考え事をしているみたい」
「うわの空に見えたならごめんなさい。ただ、考え事は……考えることは、弱者に出来る唯一の抵抗だから」
「やっぱり今日のデイジーは変ね。疲れているのかしら。あたしの分のクッキーもあげるわ」
そう言ってサーシャは私の皿に、次々とクッキーを乗せてきた。
「ありがとう。正直、糖分はありがたいわ。今の私は考えることが多すぎる状態だから」
「……太るからいらないって言うと思ったのに。本当に今日のデイジーはいつもと違うわね」
私の反応を見たサーシャが、ますます不思議そうに首を傾げた。
そのとき、私たちがお茶をしているガーデンテラスから、道を歩くアリスの姿が目に入った。
『アリスと七人の悪女たち』に登場する姿そのままの長い金髪に碧眼だから、あの子がアリスに間違いない。
『アリスと七人の悪女たち』では、ゲームが始まった当初から悪女たちはアリスをいじめていた。
つまり私がデイジーの中に入る前からデイジーはアリスをいじめているのだ。
アリスと仲直りをしなくては、いつディータにいじめがバレて暗殺されるか分かったものではない。
「ごめんなさい。急用が出来たの。埋め合わせはまた今度するわ!」
「ええっ!? もう、デイジーったら。埋め合わせはしてよね」
私はサーシャに謝罪しながら、椅子から立ち上がった。
そして急いでアリスを追う。
後ろから聞こえた、サーシャの「埋め合わせのお茶会、お茶菓子はケーキがいいわ」という声に頷きながら手を振って、私はガーデンテラスをあとにした。
* * *
急いでアリスの元へと駆け付けた私は、自分が出遅れたことを知った。
アリスはすでに、カメリアとバイオレットとペチュニアに囲まれていたのだ。
この三人はアリスと同じクラスの生徒で、この中にデイジーの入る余地はない。
実際、他の悪女たちを寄せ付けないように、三人はアリスをガードしているようにも見える。
「そうよね。誰だってアリスの信頼回復を第一目標にするわよね……」
隣のクラスのデイジーとしては、仲間に入れてと無理やり四人の間に割り込むことも出来るけれど、心証は良くならないだろう。
最悪の場合アリスに「楽しいお喋りを邪魔しに来た悪女」という印象を持たれてしまう。
ここは一旦、引き下がろう。
「アリスに近づく代わりに、今の私に出来ることをしなくちゃ」
殺される危険を減らす方法は、アリスをいじめないことと、それから……。
「そうだわ、ディータよ!」
『アリスと七人の悪女たち』で厄介なのは、アリスのヤンデレストーカーのディータだ。
彼はアリスが酷い目に遭うことを嫌い、アリスへのいじめを目撃すると、相手を容赦なく暗殺してしまう。
しかもアリスのストーカーなだけあって、神出鬼没だ。
主人公のアリスで原作ゲームをプレイしているときは、ヤンデレな用心棒くらいにしか考えていなかったけれど、敵に回すと厄介極まりない。
しかし、もしディータと仲良くなることが出来たら、暗殺を思いとどまってもらえるのではないだろうか。
……ヤンデレストーカーだから、仲の良い相手でもアリスに危害を加えたとなれば、構わずに殺す気もするけれど。
でも仲良くなっておけば、仲良くならないよりは暗殺の可能性を一パーセント程度は低くすることが出来るはずだ。
何もしないでまごまごしているくらいなら、一パーセントでも殺される確率を減らしておいた方が得だろう。
「……で、肝心のディータはどこにいるのかしら」
どこにいるのか具体的な場所は分からないけれど、きっとアリスのことを観察できる位置に隠れているはずだ。
私はやや離れた位置からアリスを観察しつつ、周辺を歩き回った。
「ここからならアリスが見える……でも周辺にディータはいないわね。こっちからもアリスが見える……ここにもいない。じゃあここからなら……」
「おい、お前。アリスの周りを嗅ぎ回って何を企んでるんだ」
しばらくアリスが見える位置を探してうろうろしていると、目的のディータが自分から姿を現してくれた。
しかしその顔には私への嫌悪感が滲み出ている。
「アリスに危害を加えるつもりなら絶対に許さねえ。地獄の果てまででも追ってやる。さあ、言え。お前は誰だ!」
…………あれ。
もしかして私、ディータの地雷を踏んじゃった?
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【キャラクター情報】
◆サーシャ……『アリスと七人の悪女たち』に登場するモブキャラ。
同じクラスの悪女とよく一緒にいる。
私立ワンダー学園二年二組の生徒。
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