この日の授業が終わる頃に事件は起こった。
隣の二年二組の教室から、大声が聞こえてきたのだ。
「違う、違うわ! あたしじゃない!」
「嘘を吐くのはやめてください」
「嘘じゃないわ! この状況でアリスをいじめるわけがないじゃない!」
何事かと廊下に出ると、赤髪の悪女であるカメリアが他の生徒たちに囲まれていた。
生徒たちの中には、泣きべそをかいているアリスもいる。
「あたしはハメられただけなの! 犯人は他にいるのよ!」
カメリアが必死に叫んでいるけれど、カメリアを取り囲む生徒たちの目は冷たい。
「犯人の人、お願いだから名乗り出てちょうだい。じゃないとあたし、殺されちゃうわ!」
状況から見て、カメリアがアリスをいじめた容疑をかけられているのだろう。
そして他の生徒たちはカメリアのいじめを疑ってすらいない。
しかし……これは冤罪だろう。
主人公であるアリスをいじめたら断罪されるゲームの悪女に転生して、アリスをいじめるわけがない。
デスゲームの件を考えても、アリスをいじめることに何の得も無い。
本人の言葉通り、カメリアはハメられたのだ。
他の悪女……デスゲームの参加者に。
「往生際が悪いですよ、カメリアさん。さあ行きますよ」
「やめて、離して! あたしは何もやってないわ。アリスをいじめたりなんてしてないのよ!!」
泣き叫ぶカメリアを数名の生徒が引きずる形でどこかへと連行していった。
もう二度と、カメリアの姿を見ることはないだろう。
* * *
帰宅する前のディータを捕まえて、一緒にアリスの所属する美化委員会の活動を見守る。
誰かと話していないと恐怖で押し潰されそうだったからだ。
サーシャと話すことも考えたけれど、サーシャは二年二組にいるもう一人の悪女・ローズマリーとも友人関係のため、やめておいた。
ポロっと零した情報がローズマリーや他の悪女に伝わったら、次は私が狙われる番かもしれない。
その点、ディータは学園内に友人がいないから、サーシャよりも気軽に話せる。
「あんなことがあったのに、アリスは美化委員会の仕事をこなすのね」
「アリスは責任感が強いからな」
なぜかディータが得意気にしているけれど、ディータが得意気にする要素は一つも無いと思う。
現在のディータは、ただのアリスのストーカーでしかないのだから。
……と、そんなことよりもディータと話し合わなければならない話があるのだった。
「ディータ、カメリアのいじめについて何か知らない? カメリアはアリスに何をしたのかしら」
「あいつはアリスの教科書をズタズタに切り裂いたらしい。許せねえよな」
ああ、原作の『アリスと七人の悪女たち』と同じだ。
誰が犯人だったかはうろ覚えだけれど、アリスが教科書を切り裂かれるいじめを受けたことは覚えている。
「……って、切り裂いた『らしい』? ディータはその現場を見てたわけじゃないのね?」
「当然だろ。授業中だったんだから」
「その辺は常識があるのね」
少し意外だ。
他人をストーキングするような人間には、一般常識が欠如していると思っていたから。
私が驚きつつディータを見つめていると、ディータが不愉快そうな顔になった。
「もしかしてお前、俺のことを馬鹿だと思ってるのか? 出席日数が足りなくて退学になったら、アリスのそばにいられねえだろ。だからつまらねえ授業にも出てやってるんだよ」
「なんだ、ちゃんと不純な理由だった」
すべてはアリスのために。
行動理念が一貫していて、いっそ気持ちが良い。
……ストーキングされる側からしたら、何一つ気持ち良くはないだろうけれど。
「お前、俺を怒らせてえのか!?」
「まさか! 友人ジョークよ、友人ジョーク。仲良しだからこその冗談よ」
慌ててそう言って誤魔化した。
アリスが絡まなければ殺されないと考えていたけれど、ディータは暗殺者なのだ。
つまり殺人を身近なものだと認識している。
腹が立ったからというどうでもいい理由で他人を殺す可能性は否定できない。
「私たち、お友だちでしょ。これくらいのジョークは大目に見てほしいな。ダメ?」
「だからお前の距離の詰め方は怖いって言ってるだろ!?」
殺されないようにディータにすり寄ると、シッシッと手で払われてしまった。
とりあえず今すぐに殺すつもりは無いようだ。
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【キャラクター情報】
◆カメリア……『アリスと七人の悪女たち』に登場する悪女。
椿の花を思わせる、真っ赤な髪と緑色の目が特徴的。
私立ワンダー学園二年一組の生徒。
今回のデスゲームで、(一代目ポピーを除いて)最初の被害者になってしまった。
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