「お前が
「ああ、そうだ。金なら持ってきた。彼女を返してもらおうか」
身長165、黒髪の坊っちゃん刈りに、灰色のリクルートスーツを着た僕は、緊張の面持ちでネクタイを緩め、銀のアタッシュケースを、金髪のモヒカンのチャラ男に渡す。
「まあまあ、そう
黒いダウンジャケットからでも分かる筋肉質な相手は、ケースを床に置いて開き、薄ら笑いで舌を舐めずりながら、現金の束を手にした。
「ひゃはは。これが億単位の金の山というヤツか。悪くない気分だな」
「どうして、僕が競馬の山を当てたことを知ってるんだ?」
「知ってるも何も居たんだよ。俺もお前の
この男とは初対面のはずなのに、何でこんなに馴れ馴れしいんだ?
その瞬間、僕の脳裏に様々な情景が浮かんだ……。
◇◆◇◆
僕と一部の人間を騒がせた発端の一週間前。
もうすぐクリスマスが近い曇り空の下、木枯らしが吹く、八階建ての大手派遣企業『人参ジェネラール』の職場内にて……。
「はあ、こんな誘いに呼ばれて、どうしたものやら」
童顔で25歳という実年齢よりも若く見られ、平社員として、この場に勤務するスーツ姿の僕は、大きな溜め息をつき、白い封筒をデスクに置く。
「何なに?」
茶髪で、三つ編みの瓶底眼鏡をかけた140くらいな小柄な灰色スーツの女性、
「うわー、興隆、こんな下らないことで悩んでるの?」
「悩むも何も、学生生活はぼっちだったんで……」
「そうかあ、それで髪型はいつも坊っちゃん刈りなんだね」
「いや、これは近所の散髪屋さんが、この髪型にしたら、割引にしてくれるので……」
あの散髪屋は坊主頭も値段が安いんだけど、求めてくるお客さんが
「興隆、
「えー、リスクを
「あのね、細くて長い人生観って後々で大切なのよ。社会人になったら、男女との出会いとか急激に減るからね。君もいい加減、彼女の一人くらい欲しいでしょ」
「別に。僕には
僕はデスクに飾っている、ピンクのロングヘアーの美少女グッズを指し示す。
ああ、愛らしいズバンファミリーの猫耳キャラ、ニャーニャの絵柄。
胸はでかいし、何より美少女で、高校生とは思えないルックスの良さ。
僕は昔から、清楚系で巨乳のアニメキャラにめっぽう弱い。
己の性癖を見事にくすぐる。
こんな娘、三次元にいたら、身が持たないよ。
「あぁー、これはいかんやつだわ。学生時代ぼっちだったのも分かる気がするわね……」
青空さんが、それを見なかったようにし、コホンと咳払いをする。
「ちょい、その反応は酷くないですか?」
「いや、あたしは普通の対応をとってるんだけどねー」
「それを世間では塩対応というんです」
「あははっ、ごめん。ちょっとからかいすぎたわw」
青空さんが眼鏡を外し、笑い涙をハンカチで拭く。
コンタクト苦手なのかな。
眼鏡を外した素顔は、べっぴんさんなのに。
「それに僕は、このスーツ以外に着ていく衣装をあまり持ってなくて……」
同窓会に赤い革のジャンパーは不味いだろうし。
「なるほど、金か。それなら問題ないわよ」
青空さんが、僕に四角いトレカのような物を握らせる。
その複数の数字が刷られたカードをマジマジと見つめた。
「これは競馬の?」
「そう、あたしが前もって買っておいた万馬券よ。これで一発ドカーンとやりなさいな」
僕の心に雷鳴のような衝撃が走る。
微かな恋心を抱き、これまで接してきて、約一年間。
アイドルの存在だった青空さんが、無類のギャンブル好きだったとは……。
僕の恋愛候補から、青空さんの名前が消えた。
「これ当たる保証はあるんですか?」
「心配しないで。最悪の結果でも、確実に300円の価値にはなるから」
300円か……。
遠足のおやつ代じゃあるまいし……。
そんな小銭など持ち合わせず、社会人になったら、駄菓子は札を出して大人買いが基本だな。
食べ過ぎたらブクブクと太る、魔の食べ物でもあるけど……。
「まあ、貰えるものは貰っておきましょう」
「ありがと、徹夜明けで寝惚けながら書いたのだし、ほとんど紙切れの価値しかないハズレクジでもあるしね」
「……今、何か失礼なことを言いませんでした?」
「いえ、ただの空耳じゃないかしら? さあ、休憩終わりと!」
青空さんがクッキーを小さな口に入れて、持ち場に戻る中、僕は再び同窓会の案内書に目を通した。
「場所は居酒屋チェーン店で三日後か……」
僕、お酒は全く駄目なんだよね。
飲めないわけでもないけど、あの酔っ払いの空間がどうも苦手で……。
一時期は、がぶ飲みをしていた時期もあったけど、いくら飲んでもシラフのようで酒に強いと見せかけ、実は酔いのペースが遅いだけで、よく意識が飛んで、迷惑をかけていたな。
──それはいいとして、肝心なのは競馬場だよ。
昔のバイト仲間から誘われたことはあったけど、あの時は未成年で付き添いとしてだったし、金目当てで自分の足で行くのは初めてだ。
「
僕は自分に喝を入れながら、スクリーンセーバー中だったノートPCの画面を開く。
それにまずは、今ある仕事を片付けなければ……。
****
『チャチャチャチャチャーン~♪』
某有名作曲家、すぎやまこうじろうさんのファンファーレが鳴り響く、競馬場。
馬券を手にした僕は、現実を目の辺りにして、震えが止まらなかった。
まさか、一番大穴だった競走馬が一位になるなんて……。
払戻し金は約一億円だと?
僕は夢でも見てるのかと頬をつねっても、痛いばっかりで……。
給料とは桁が外れた銀行口座に振り込まれた大量の金額。
ATMで通帳を手にしながら、僕は信じられない想いで、その場で固まっていた。
これは何の冗談だよー!?