目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
そう可愛い淑女の誘拐……Why、愉快犯の仕業だって? 能書きよりありったけの聖夜の愛を用意してよ?
そう可愛い淑女の誘拐……Why、愉快犯の仕業だって? 能書きよりありったけの聖夜の愛を用意してよ?
ぴこたんすたー
現実世界ラブコメ
2025年08月15日
公開日
9,991字
完結済
それなりの大学を卒業し、大手の会社で平社員として勤務していた伊瀬場興隆(いせばこうりゅう)は高校の同窓会で同じ学校で想いを寄せていた筒清安希穂(つつしみあきほ)と偶然にも再会を果たす。興隆は安希穂のことが好きだったが、その大人しく臆病な性格上、安希穂には告白できない仕舞いだった。 このまま安希穂と離れてしまえば、今度こそ後悔する。そう思い、勇気を振り絞って連絡先を聞き出すのに成功した。 次の日、事前に連絡したレストランにて夕食に誘ってみたのだが、約束の時間を過ぎても安希穂はやって来ない。 興隆は不思議に思い、連絡先に電話をかけたのだが、電話に出たのは若い男の声であり……。 『お嬢ちゃんの身柄なら俺が預かった。助けて欲しければ身代金を用意しな!』 はあ? このキャッシュレスのご時世にいきなり何を言い出すんだ。もう意味が分からない……。

第1話 金目当ての行動

「お前が伊瀬場興隆いせばこうりゅうだな」

「ああ、そうだ。金なら持ってきた。彼女を返してもらおうか」


 身長165、黒髪の坊っちゃん刈りに、灰色のリクルートスーツを着た僕は、緊張の面持ちでネクタイを緩め、銀のアタッシュケースを、金髪のモヒカンのチャラ男に渡す。


「まあまあ、そうかすな。ブツの確認が先だ」


 黒いダウンジャケットからでも分かる筋肉質な相手は、ケースを床に置いて開き、薄ら笑いで舌を舐めずりながら、現金の束を手にした。 


「ひゃはは。これが億単位の金の山というヤツか。悪くない気分だな」

「どうして、僕が競馬の山を当てたことを知ってるんだ?」

「知ってるも何も居たんだよ。俺もお前のそばにな」


 この男とは初対面のはずなのに、何でこんなに馴れ馴れしいんだ?

 その瞬間、僕の脳裏に様々な情景が浮かんだ……。


◇◆◇◆


 僕と一部の人間を騒がせた発端の一週間前。

 もうすぐクリスマスが近い曇り空の下、木枯らしが吹く、八階建ての大手派遣企業『人参ジェネラール』の職場内にて……。


「はあ、こんな誘いに呼ばれて、どうしたものやら」


 童顔で25歳という実年齢よりも若く見られ、平社員として、この場に勤務するスーツ姿の僕は、大きな溜め息をつき、白い封筒をデスクに置く。


「何なに?」


 茶髪で、三つ編みの瓶底眼鏡をかけた140くらいな小柄な灰色スーツの女性、青空玖深あおぞらくみ先輩(年齢不詳)が、チョコチップクッキーを片手に興味津々で、その封筒を手に取った。


「うわー、興隆、こんな下らないことで悩んでるの?」

「悩むも何も、学生生活はぼっちだったんで……」

「そうかあ、それで髪型はいつも坊っちゃん刈りなんだね」

「いや、これは近所の散髪屋さんが、この髪型にしたら、割引にしてくれるので……」


 あの散髪屋は坊主頭も値段が安いんだけど、求めてくるお客さんがにもいないんで、多少ハードルが低めの坊っちゃん刈りも対象にしたんだよね。


「興隆、には、できるだけ参加しなよ。ぼっちだったとかじゃなく、こういう交流の場には、積極的に行かないと駄目よ?」

「えー、リスクをおかしてまで、そんな幅広い人間関係作るの面倒くさくないですか?」

「あのね、細くて長い人生観って後々で大切なのよ。社会人になったら、男女との出会いとか急激に減るからね。君もいい加減、彼女の一人くらい欲しいでしょ」 

「別に。僕にはゾッコンな嫁がいますので」


 僕はデスクに飾っている、ピンクのロングヘアーの美少女グッズを指し示す。


 ああ、愛らしいズバンファミリーの猫耳キャラ、ニャーニャの絵柄。

 胸はでかいし、何より美少女で、高校生とは思えないルックスの良さ。


 僕は昔から、清楚系で巨乳のアニメキャラにめっぽう弱い。

 己の性癖を見事にくすぐる。


 こんな娘、三次元にいたら、身が持たないよ。  


「あぁー、これはいかんやつだわ。学生時代ぼっちだったのも分かる気がするわね……」


 青空さんが、それを見なかったようにし、コホンと咳払いをする。


「ちょい、その反応は酷くないですか?」

「いや、あたしは普通の対応をとってるんだけどねー」

「それを世間では塩対応というんです」

「あははっ、ごめん。ちょっとからかいすぎたわw」


 青空さんが眼鏡を外し、笑い涙をハンカチで拭く。


 コンタクト苦手なのかな。

 眼鏡を外した素顔は、べっぴんさんなのに。


「それに僕は、このスーツ以外に着ていく衣装をあまり持ってなくて……」


 同窓会に赤い革のジャンパーは不味いだろうし。


「なるほど、金か。それなら問題ないわよ」


 青空さんが、僕に四角いトレカのような物を握らせる。

 その複数の数字が刷られたカードをマジマジと見つめた。


「これは競馬の?」

「そう、あたしが前もって買っておいた万馬券よ。これで一発ドカーンとやりなさいな」


 僕の心に雷鳴のような衝撃が走る。

 微かな恋心を抱き、これまで接してきて、約一年間。

 アイドルの存在だった青空さんが、無類のギャンブル好きだったとは……。

 僕の恋愛候補から、青空さんの名前が消えた。


「これ当たる保証はあるんですか?」

「心配しないで。最悪の結果でも、確実に300円の価値にはなるから」


 300円か……。

 遠足のおやつ代じゃあるまいし……。


 そんな小銭など持ち合わせず、社会人になったら、駄菓子は札を出して大人買いが基本だな。

 食べ過ぎたらブクブクと太る、魔の食べ物でもあるけど……。


「まあ、貰えるものは貰っておきましょう」

「ありがと、徹夜明けで寝惚けながら書いたのだし、ほとんど紙切れの価値しかないハズレクジでもあるしね」

「……今、何か失礼なことを言いませんでした?」

「いえ、ただの空耳じゃないかしら? さあ、休憩終わりと!」


 青空さんがクッキーを小さな口に入れて、持ち場に戻る中、僕は再び同窓会の案内書に目を通した。


「場所は居酒屋チェーン店で三日後か……」


 僕、お酒は全く駄目なんだよね。

 飲めないわけでもないけど、あの酔っ払いの空間がどうも苦手で……。


 一時期は、がぶ飲みをしていた時期もあったけど、いくら飲んでもシラフのようで酒に強いと見せかけ、実は酔いのペースが遅いだけで、よく意識が飛んで、迷惑をかけていたな。


 ──それはいいとして、肝心なのは競馬場だよ。

 昔のバイト仲間から誘われたことはあったけど、あの時は未成年で付き添いとしてだったし、金目当てで自分の足で行くのは初めてだ。


ひるむな、これも社会勉強の一つだ」


 僕は自分に喝を入れながら、スクリーンセーバー中だったノートPCの画面を開く。

 それにまずは、今ある仕事を片付けなければ……。


****


『チャチャチャチャチャーン~♪』


 某有名作曲家、すぎやまこうじろうさんのファンファーレが鳴り響く、競馬場。


 馬券を手にした僕は、現実を目の辺りにして、震えが止まらなかった。 

 まさか、一番大穴だった競走馬が一位になるなんて……。


 払戻し金は約一億円だと?

 僕は夢でも見てるのかと頬をつねっても、痛いばっかりで……。


 給料とは桁が外れた銀行口座に振り込まれた大量の金額。

 ATMで通帳を手にしながら、僕は信じられない想いで、その場で固まっていた。


 これは何の冗談だよー!?

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?