「何だ、
「いや、さきとしが、誤解していたみたいだけど、これ、嘘だから」
玖深さんが、万馬券をスーツのポケットから出す。
その券は、僕の持っている券と同じだった……。
「いや、待て、玖深、これは……」
同じ番号札に同じ掛け金。
でも券の上に表記している日付だけが違う。
「もしや、玖深が手にしている券の方が本物の馬券か!?」
「そうよ、職場で偽物にすり替えたの」
「何だと?」
「あんた、別居して離婚しようとしても
僕は口座に入れていた、一億という重さに耐えきれず、元の馬券の持ち主は玖深さんだったため、二人だけの休憩室で、相談を持ちかけると、彼女が『それなら、とびっきりの良い話がある』と話を合わせてきたのだ。
『だったら、そのお金を上手く利用して、あたしの作戦に協力して? ギャンブル依存で酒癖も悪い旦那と離婚したいから』と……。
しかし、玖深さんが既婚者だったことは知っていたけど、僕の前で旦那のことを公開したことはなかった……。
「でも、まさかこの人だったとはな」
世界は広いようで狭い。
地球は丸くて、一つの線で繋がっているもんな。
「もう警察には通報済みよ。
「ちっ。何だ、揃いも揃って、俺をはめやがったのか?」
「もうガチで許さねーぞ、この女は人質だ!」
「きゃっ!?」
さきとしが、
「止めろ、安希穂さんは関係ないだろ。これ以上、罪を重ねるな!」
「うるせー、お前も黙らないと、コイツが酷い目に遭うぞ!」
さきとしがポケットから出した鉛色の拳銃を、安希穂さんの頭に押し当てる。
「安希穂ー‼」
僕は居ても立っても居れなくなり、さきとしの胸に突っ込んだ。
「なっ、お前、邪魔すんじゃねー!」
さきとしが引き金を引くよりも、早く反応したのは被害者の安希穂さんだった。
「てやあー!」
「ぬおー!? 小娘ぇー!?」
素早く体を下げて、回し蹴りをした安希穂さんにより、さきとしが足元をすくわれ、地面に尻もちをつく。
「貴様、コレが怖くないのか?」
拳銃を安希穂に向けて、威勢を放つ男。
僕の好きな人が危機にさらされる……そう思い、心よりも体が動いていた。
「うおおおおー、安希穂は僕が守る!」
さきとしが引き金を引くと同時に、安希穂さんの前に飛び出る。
「ちょっと
「こ、興隆さーんー‼」
ああ、最期に安希穂さんの声が聞けて良かったな……。
****
「──もう本当に心配したんだから」
「ごめん……」
これで何回目の
一つだけ言えることは僕は病室にいて、奇跡的に助かったということ。
彼女の話では丸三日、ろくに意識がなかったらしい。
右の利き腕に付けられた点滴のパックが、その切なさを
「本当に大変だったんだよ。真冬に水鉄砲の連弾なんて食らうから、肺炎にまでなりかけたでしょ」
「あそこは合気道をやってる私に任せておけば、万事解決だったのに……」
「はい、ごめん。つい熱くなり、無鉄砲になりすぎました……」
さきとしが所持していたのは水鉄砲で、安希穂はそれを知って、反撃に出たのに、僕が余計なことをしてしまった。
「ごめん……」
彼女の心意気を、見事に打ち砕いたんだ。
これには素直に詫びるしかない。
男だけど、非常に肩身が狭い想いだ。
「でも、嬉しかったよ。私を必死に守ってくれて。
「ありがとう。安希穂……そんな君が世界一好きだ」
「はいはい。言ってなさい」
あの事件以来、親交を深めるようになった僕と安希穂は、晴れて恋人通しとなり、彼女は毎日のように僕の病室に駆けつけてくれた。
もう入院も一週間目。
三日後辺りには退院という話も小耳に挟んだ。
「興隆、リンゴでも剥いてあげようか?」
「ああ、悪いな」
安希穂が手慣れた手つきでリンゴの皮を果物ナイフで剥き、僕に剥いたリンゴを差し出す。
「はい、あーんしてw」
僕は照れ臭さも感じながら、つまようじに刺さったリンゴを少しかじる。
「よう、お疲れさん。興隆!」
「ゴホゴホ!?」
突然の来訪者、玖深さんの登場で喉にリンゴを引っかける僕。
「ありゃ、また院内でいちゃついてたの? 安希穂ちゃんもごめんね、邪魔して」
「いえ、恋は障害があった方が燃えますので」
そうか。
後で消火器がある箇所を確認し、うっかりとこんがり炭火焼きにならないようにしよう。
えっ、と言うことは玖深さんも僕を
まさかね。
こんな平凡な僕が、安希穂と恋仲になったのも奇跡みたいなものだし。
「それでね、この前、就職説明会に来たアイツがね……」
「ええ? 卒業生のあの人にも、そんな一面があったのですか?」
「だからさ、告白しようかなーて」
「きゃー、玖深さん、ワイルドで勇ましいですw」
「今は女が狩りに出る時代だからね」
「それで相手はどう出るか、見ものですよねw」
安希穂が興奮して、その場で二、三回跳び跳ねる。
おい、ここはウサギ小屋じゃなくて、病室だぞ。
「ねっ、興隆もいいよね?」
「はあ?」
そこで何で僕に話を振るんだ?
僕は不思議そうに、玖深さんの横顔を
玖深さんは長年の辛いパートナーと綺麗に別れたせいか、スッキリとした顔をしていた。
もし、僕が玖深さんの相手だったら、こういう結末にはならなかったかも知れない。
だけど僕が選んだ相手は安希穂だった。
だからこれからも、彼女を愛していこうと思う。
そう、決心した窓の外では雪雲が支配した空から、一筋の太陽の光が射そうとしていた。
まるで、僕と安希穂の聖夜での事件みたいに……。
Fin……。