目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

ON THE BORDERLINE ゼロ 2


 鹿脅しの澄んだ音色が、長く余韻を残して広い庭に響いていく。

 緑豊かな日本庭園の縁側からその日射しが差し込む和室に、アレックス・ローズは姿勢を正しくして膝に手を置き正座している本多を隣に、一体何が起こってるんだろ、と思いながらつい本多を見つめていた。

 黒と白、いやベージュだろうか、が基調の部屋は、まるでニホンに来る前に学習ビデオでみた武家屋敷とかいうのにそっくりな、隅々まで整頓された、塵一つない清潔な空間で。

「…えーと、あの、…ホンダ?その、これがホンダの家?」

こそこそと、つい声をひそめていうアレックスに、姿勢を崩さず前を向いたまま本多が応える。

「…違う!ここが俺の家な訳がないだろ、…!家に上がる前の関門というか、壁だ!…くそ、親父達が出掛けてるとは思わなかった…」

「えーと、ホンダ、つまりいまから会うのは、ホンダの両親じゃないのか?」

「違う。おまえには悪いが、…。つまり壁だ。」

「壁?ホンダ、…確かにこの家の塀は随分長かったけど。で、ここはホンダの家じゃないのか?ならどうして?」

座布団、というものの上に座って、なんとか本多の真似をして座ってはみているが、どうにも姿勢が崩れずにはいられないアレックスを見返って、本多が早口でちいさくいう。

「だから違う!ここは本家だ!俺の家じゃない!本家とか分家とか普通にあるだろ!…だから、本家なんか絶対に継ぐか!いいかだから、」

ニホンって本家とか分家とかが普通にあるのか、本多の家って、と。ついアレックスが困惑して考えているときに。

「…――――!」

本多が緊張して聞き取った音に正面を向き直り、姿勢を反射的に正すのをみる。

 え、ええと?

おもわず何とか彼なりに姿勢を正しながら見あげる先で。

 障子が、す、と引きあけられ、小柄な姿がそこに見える。

対して、本多が顔を伏せて、正視してはいけないようにじっと固まるのに、ええと、つまり礼儀作法っていうやつ?とおもいながら固まってつい見返す。

 すい、と席に着いた小柄な老婆に、瞬いてアレックスが思わず見つめ返しているとき。

「久方振りかね」

「…御無沙汰いたしております、」

正座したまま一礼して、本多が酷く緊張している様子なのに目を瞠る。

 戸惑っているアレックスに構わず、淡々と着物を着た小柄な老婆が本多を見据えていう。

「それで、何の挨拶に来たのだね」

「…は、―――友人を紹介しに」

緊張している本多が、思いきったという風に顔をあげて、

老婆に正面から向き直り、―――息を吸ってくちをつぐむ。

「アレックス・ローズです。先の戦いで一緒に戦いました。

とても尊敬できる友人です」

そして、日本語でアレックスを紹介しながら、次第に落ち着いてくる本多をアレックスが見つめる。

それから、本多がアレックスを振り向き二人を紹介する。

「ローズ、俺の曾祖母だ。本多久栄、一族の長老だ」

「…長老、…?はい、あの、…アレックス・ローズです」

驚いて見返すアレックスを、鋭い視線で老婆が見返して、思わずその視線にたじたじとなる。

 …ええと、提督と同じくらい迫力はあるかもしれない…。

眼光鋭い老婆が、ちかり、と光る眸で本多を見返す。

 ちいさく老婆が頷いたような、…目の錯覚だろうか、とアレックス がおもったとき。

無言で老婆が席を立ち、静かに音も立てずに出ていくのを、思わず茫然と見つめていると。

「…――――――、終わったっ、…」

本多が小さくつぶやいて、全身でため息をついて膝に手をついたまま肩を崩して言うから。

「ナ、ホンダ?一体どうしたんだ?いまのはだから?」

殆ど理解不能の未知との遭遇に、それより力尽きたという風な本多のようすに思わず近寄って肩に手をかけていうと。

 本多が小さくつぶやいているのが聞こえる。

「…よかった、…。いやしかし、絶対本家は継がないからな?

継いでたまるか、…!絶対に嫌だ、第一おれはは長男じゃない…!」

額に手を当てて緊張が解けたあまりか日本語でいっている本多に困ってみつめる。

「あの、ホンダ、…?」

何か緊張してたのはわかるんだけど、と。

そのローズを見あげて、本多が息を整えて軽く頷く。

「悪かった。訳がわからなかったろう。しかしだ、これでばあさんが認めたから、おまえは俺の友人として通るし、もうどんなレポーターや芸能雑誌が記事を作ろうと大丈夫だ」

「…そうなのか?そんな会話は全然してなかったとおもうけど?」

やっぱりもしかしてニホンジンってテレパシーで会話したりするのか、もしかしてニンジャスキルとか、と考えているアレックスに。

「いや、確かにしてないが、向こうは一言もいわなくても事情には通じてる。説明する必要はないんだ。向こうも聞かなかったろ?

…とにかくよかった、…。ばあさまがおまえを俺の戦友だと認めてくれたら、もう他の事は大概なんとかなる」

「…じゃあ、奥さんの誤解とか、御両親とかももう大丈夫なのか?」

事情は全然わからないけれど、とにかく本多がいうならそうなんだろう、と思いながらいうローズに。

 不意に、本多が眉を寄せて見返す。

「いや、妻は別だ、…。両親はこれからあとでどこかで捕まえればいいが、…」

少しまた青い顔になる本多に、首をかしげて見つめ返す。

「ホンダ?それじゃ、これから会うのか…?」

「そうなるな、…あってくれればだが」

そして、庭の方を眉をひそめて本多が見つめる。

「奥さんもこの家にいるのか?ホンダ」

「違う。離れだ。この家は本家のものであって俺の家じゃない。離れが建ってて、そこに住んでるんだよ」

怖ろしいものと向き合うように、緊張している本多の肩に手をおいて落ちつけようとしながら、ローズも庭の方をみる。

「綺麗な庭だけど、あの向こうに家があるのか?」

丁度木立と山を借景とした向こうを見つめる本多が、アレックスの言葉に小さく頷く。

「…一族の関門なばあさんもこわいが、…。やはり俺には、」

「ホンダ?」

「…―――」

緊張して無言で見つめる本多に、仕方ないな、と見つめて促す。

「ほら、ホンダ、それなら向き合わないといけないだろ?」

「そうなんだが、…。戸を閉められたらどうする?」

「…ホンダ、勇気を出せって!おれにもいってくれたろ?ジェシカにちゃんとさ、」

「それはそうだが、…自分の事となるとまたこわさは別なんだ。

ローズ、…ついてきてくれるか?」

「うん、いくけど?だってもうここまで来てるだろ?」

「そうだな、…行くか」

ようやく腰を上げそうな本多にアレックスが笑う。

「佐官もだいなしだな」

「おまえだって少佐だろう!…なんとでもいえ」

そうして、緑豊かな日本庭園の庭先に、二人して足を踏み入れる。



 深い緑の木立が続く小径に、静けさが降るように濃くなりつつある影と、明るい木漏れ日が足許を照らす。

 緊張して前を睨むようにして歩いている本多の隣で、つい面白いと思いながら観察していると。

「…着いた」

 殆ど歩くという程の距離ではないが、よく造られた庭の造作で、

 既に母屋の姿は見えず、小さな旅をしてきたようにも思わせるその離れの前で。

 母屋と比べなければ立派に小さな一軒家といっていい黒い瓦の緑に映える日本家屋を前に。玄関だろうその前に本多が立ち尽くしているのに、アレックスが隣から顔を出す。

「どーしたんだ?ホンダ。あれ、呼び鈴か?」

「…黙ってろ、ローズ、俺は緊張してるんだ」

「そんなの、見ればわかるって」

「この家はいままで親父達が住んでたんだが、引っ越して後、誰も住まなくなっててな。家を維持するには誰か手が必要だといわれて、…官舎に住むか此処に住むかだったから、…」

「ホンダ、それいま必要な解説か?」

「…よくわかってるな。まったく必要じゃない」

向き直る本多に笑んで、アレックスがいう。

「だったらさ、呼び鈴を押せばいいだろ?ちゃんと責任をとって説明は俺がするからさ」

「…ローズ、」

見あげる本多に、花が綻ぶように笑んで。かわりに手を伸ばして呼び鈴にふれようとするアレックスに。本多が、息を呑んで何かいいかけて。

 そして、そこに。

からからと軽やかな音がして、向こうから玄関の引き戸が開きはじめるのに。

「…!あけてくれるのか、…?」

本多が顔を輝かせて、振り向いて実にうれしそうにそういうのに。

思わず、アレックスも笑顔になって、その方を向いたとき。

「…なに?」

突然上空に響いた音に、反射的に本多が振り仰いで厳しい顔になる。アレックスも同時に空を仰いでその音が来る方角を見る。

「…哨戒ヘリ、…?」

見あげて口にするアレックスに。

「迎えに来るにはまだはやいだろう、…SH-60K?小松島の連中か?どうしたんだ?」

同じく機影の既に届く上空を見あげて本多がいう。

「迎えに来た?ホンダ」

瞬いて見上げるアレックスに、吹き下ろす風に目を細めながら本多がいう。同時に、路の向こうからやってきた黒塗りの乗用車に本多が視線を振り向ける。二人の眼の前に止まった車から黒服の警護官が下りてきて本多が眉をしかめる。

「至急御戻りください」

「何があった、…?」

車の反対側から降りてきた米軍の尉官に、アレックスが瞬いて見つめ返す。

「あちらにヘリを下しますので、お早く」

「…自衛隊のヘリでおれも?」

訝しげに問うアレックスに、きびきびとした敬礼をしてから陸軍の制服の尉官が命令書を手渡す。

それを受け取り、アレックスがざっと目を通す。

「…ホンダ、」

低くいうアレックスに、本多が視線を向ける。

「例の話だ」

「…ローズ」

視線をあわせる二人に、黒いスーツの警護官と、アメリカ陸軍の尉官が促す。

「お早く」

「…命令書は?」

「基地へ戻ってからお話すると」

黒服を着た警察の警護官に、本多が眉をひそめる。

「…とにかく、ホンダ、挨拶だけでもして、―――ホンダ?」

「…ちょっとまて」

本多が、そして振り向いて茫然とした表情でいう。

 すーっと、静かに閉まっていくその扉。

あくまで静かに控えめに、音もなく閉じていくその引き戸に。

「まてっ、――――!ちょっとまってくれ!だから!顔くらい!」

本多が必死になって叫んで、行こうとする向こうで音もなく扉が閉まる。

「…ちょっとまて、ここまできたんだぞ、…?いまあけてくれる処だったんじゃないのか、…?あのな?そりゃ、家に入ってる時間はないかもしれないが、…!敷居くらいまたがせてくれたっていいだろ、…!」

悲痛な叫び声をあげる本多に、思わずその肩を押さえながら。

「…ホンダ?あの、…だからホンダ?ヘリがまってるから、あのな?」

「だから一目くらい、…!どうして閉めるんだ!確かにこれから任務だが、…!」

叫んで必死に玄関をみつめている本多に、その身体を腕に抱えるようにしてとめながら。

「ヘリは、もう?」

「あちらに降りています、少佐」

「だから?そりゃ確かに任務だが、…!」

どうして会えないんだ!なんでだ?といっている本多につい考える。

 …ええと、やっぱりなんとなく雰囲気でいってるらしいことはわかるけど、おれ、日本語勉強すべきかも。

とか、つい眉間にしわを寄せて考えてから。

 ついしみじみと本多を見つめているニホンの警護官や、陸軍の尉官に頷いていう。茫然としている本多をしっかりと腕に抱えて。

「わかった、行こう。ホンダはおれが運ぶから」

「…ちょっとまて、半年だぞ?半年、…!一目くらい、…!なんでこうなるんだー!」

ヘリに乗る際にも涙目で家の方角を眺めている本多に、ほとんどその身体を抱えるようにして運び入れて。

 なんかおれって、ホンダを略奪してきたみたいだ。

みたいというか、本多をがっしりと腕に抱えて、そのまま動かないでいるのをヘリに乗せて。ベルトをつけてやってといった姿が、もれなく哨戒ヘリ隊員にどのように映ったのかは。

 そして、ヘリに運ばれるうちにあきらめたのか、目尻に涙を浮かべながら遠くなっていく家の方角を見つめている本多をみてついため息をついて。

 えーっと、でも、…ホンダの家って、やっぱりニンジャなんだろうか?

とかつい考えてから。

 …でも、これで誤解はとけたのかな?大丈夫ってホンダはいってたけど、―――。

とか考えているアレックスの隣で。

 …おしまいだ。

真っ暗になって考えている本多がいる。

 第一、ばーさまにあってる暇があったら、先に行っておくべきだったんだ、…!

いつでも先に立ちふさがりやがって、とくちを結んで考えて。

 それから、でも扉を開けてくれようとしてたよな?と。

小さな希望にすがりつくように考えている本多の肩を、アレックスが叩く。

「な、ホンダ。大丈夫だって」

「根拠がないぞ」

「…それはそうだけど、――」

「あるっていえよ、根拠」

振り向いてまだ目尻に僅かに涙が浮かぶのを堪えていう本多に、

ついどきりとしながらアレックスが応える。

「だからさ、―――うん!大丈夫!任務だからさ、遅れるといけないと思ってだろ?きっと、だからさ?」

「…そうだといいんだが、―――あのな?ローズ、おれはもう半年も会えてないんだぞ?わかるか?おまえ?」

「うん、うん、よくわかるから、ホンダ、気持ちはとってもよくわかるから!俺も、しばらくホンダに会えない間はとても寂しかったし」

「…そうなのか?寂しかったのか?おまえ」

見あげる本多に、その肩を小突く。

「うん、とてもさみしかった、だろ?ホンダ。なんだかほら、ホンダが隣にいるのが当たり前みたいな気がしてたから」

「それは俺も、―――いや、まあ、…所属する軍が本来違うんだから、合同任務に就く方が本来まれなんだが」

「そのまれな合同任務らしいぜ?おれに来た命令書には、ホンダと基地にいくように書いてある」

「…こっちはまだだ。大体、…日本の官僚主義は、―――。まあ、それはともかく、辞令がまだ届いていないのは問題だ」

「基地に届いてるんじゃないか?」

「それもだな、…自衛隊の基地におまえと降りて、―――おまえは何処の基地まで行けといわれているんだ?訊いてもいいか?」

「いいよ。ホンダと来いと書いてあるし。ヨコスカだけど、…」

そして、機が下りる先を鋭い視線で見てアレックスが沈黙する。

「…どう、―――なんだって?米軍のヘリか?」

「…――おかしいな。日米同盟の協定でも、自衛隊基地の使用は」

見つめる先のヘリポートに、自衛隊基地の中に羽根を休める巨大な米海軍のヘリに二人が沈黙する。

 そして、内閣参事官が降りた途端、待ち受けていて本多に手渡した文書と、その隣に立っていた基地司令に、本多が茫然としていた表情を引き締める。

「何が起こってる?」

「わからない。でも、俺達のヘリをホンダ達の基地に下ろしても構わないことだ」

そして、二人共が米軍のヘリに乗せられて、上空へと離陸する中で本多が辞令に目を通し絶句する。

「…ホンダ?」

「通りで、…迎えに来たのが最初警護官だったわけだ、…」

本多を迎えに来るのが海自の隊員でなかったことに、辞令の内容を読んで本多がいう。

「それは?」

短く訊くアレックスに、頷いて応える。

「例のアイスランドだ」

「ホンダ」

「……―――」

本多が沈黙して前を見据える。

「対外向けと対内向けに対策をしてきたらしい。俺の身分は、自衛官のまま外務省預かりになって、向こうでは臨時の大使として動くことになりそうだ」

対エイリアンへの処置として本多を行動させることに日本政府が持ち出してきた奇奇怪怪な外交処置とでもいうべきものに困惑して。

「つまり、…大使か?ホンダ」

「いざとなればビザをとってやるよ」

くそ、といいながら既に眼下へと見え始めている横須賀の港に。

「とにかく、次はアイスランドか?」

「みたいだな、ホンダ」

「短い日本滞在だったな。今度は、ちゃんと酒をのませてやるよ」

「ありがと、ホンダ。でも、次はちゃんと家にあげてもらえるのか?」

「…いうな!とにかく、誤解はとけてるはずだ、…!多分だが」

「これが終わったら、あえるといいな、ホンダ」

「任務である以上は仕方がない、…。おまえだって、彼女に会えないだろ。…結婚式の日取りとか、大丈夫なのか?」

「…ええと、―――」

ジェシカ、と呟いて今度はアレックスが青くなる。

その肩を本多が叩いて。

「落ち着け、現地にいって、はやいとこすませればそれだけはやく帰れる。一心に任務に専念すれば、はやく終わるさ」

「…だな。そうだな、ホンダ。…ブライズメイズにも招待状を出したといってたし、ジェシカの友達ってみんな忙しいから、…――日にちがずれたりしたら、―――」

「落ち着け、ローズ、大丈夫だ。いざとなったら、ヘリでもジェットでも飛ばして帰してもらえ!」

「…おれ、戦闘機に乗る耐G訓練はしてない」

「おまえなら平気だろう!案外急に乗せられても大丈夫だ!

おまえのとこには複座もあるだろうが!」

「そりゃそうだけど―――もしアイスランドから戻るとして、大西洋と太平洋を越えなくちゃならないから、燃料の補給が」

「北極上空を通ればいいだろ!…空中給油が必要か?」

「ホーネットには給油タイプもあるから、…いやでも、アイスランドだろ?ハリアー使わせてくれるとおもうか?」

「…わからんが、…それに、行くのはアイスランドじゃないのか?」

「そっか、そうだ。北だったな、英国はEUからは抜けたんだった…。仕切ってるのは英国情報部だけど、…北極海を抜けて原潜で帰れば、」

「やめとけ、まだ上空を飛ぶ方がましだ。航路によってはロシアを刺激するぞ」

「…だよな?だよな?結婚式に間に合うかな…」

眉を寄せて情けない顔になっているアレックスの肩を本多が叩く。

「大丈夫だ。根拠はないが」

「…あるっていってくれよ、ホンダ」

「無理だな」

真面目に見つめる本多を、アレックスが振り仰ぐ。

「無理?」

「無理だ。だが、努力はしよう。無理かもしれない強敵を倒したじゃないか」

「…うん、ホンダ。そうだよな?対エイリアンっていっても、地球上で会うわけだもんな?」

「そうだ。少なくとも地球の大気圏内で対応するんだから、なんとかなるさ」

「だよな!うん、ホンダ!」

 ヘリが横須賀の基地に降りていく中で。

 絶対!結婚式に間に合わせないと。…!と握りこぶしに力が入っているアレックス・ローズと。

 はやくこれを解決して、日本に戻って嫁さんと会う、…!と悲壮な決意でくちびるを結んでいる本多。


 二人は、やはり知らないのだった。


 険しい北方の島、アイスランド。

 噴火が続々と起こっている炎の島でもある其処で。

 北欧神話の島に墜落したエイリアンとの遭遇が一体何を運んでくるのかを。


 そして、やはり。

 どう考えてもおそらく、どんなジェット戦闘機も推進力となる大気が存在しない処では動かないということを。

 そう、もしかしたら、結婚式に間に合う為には、 戦闘機を使う訳にもいかない処にいくかもしれないことを。

 まだ全然、当然知らないアレックスと本多。

 互いの家族への誤解を解くという懸案は、もしかしたら片付いたのかもしれないけれど。

 もしかしたら、もっと大変な難問に向き合うことになるのかもしれない二人。



 C-130輸送機に機材と一緒に詰め込まれて、アリューシャン列島を越え北極海上空を飛びながら。

 行く先、アイスランドで一体何が待ち受けるのか。

 まったく知らない二人がいるのだった。――――



 そして、何はともあれ。

 嫁に逢って貰えなかった本多に。

 結婚式――招待状送付済――に間に合うかわからない危機を抱えたアレックス。



 ときに国境よりも重い境界線を、はたして次は越えることができるのか、本多。

 軽々といま越えている見えない境界線。

 国境という境界線は、はたしてエイリアンとの遭遇を果たした現在、一体どのように変化するのか。

 いまだそれらは漠然としてみえないけれど。

 そして、空にも海にも見えないそのボーダーラインを、

 二人を乗せたC-130は一路北へと進んでいく。







この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?