あのとき、かれらは同じように散歩していた。
出逢ったのは、まったく違うシチュエーションだったが。
それは、日米合同演習とかいう名目で派手な演習が海空の自衛隊と米軍を集めてハワイ沖で行われるという、とてつもなく豪華で経費も青天井、マスコミの耳目も集めまくり、世界中の注目を集めるという超特大煙幕の下で。
本多一佐と、アレックス・ローズ少佐は初めて出逢っていたのだ。
本来、空自――航空自衛隊情報解析室所属である情報分析官である本多と。
海軍ではなく、海兵隊情報分析将校であるアレックス・ローズ少佐。
外見だけなら、真面目で無表情にみえる本多と。
ちゃらんぽらんで柔和で何も考えているようにはみえないアレックス。
まったく異なる二人が出逢ったのは、その為だった。
広大な太平洋、―――。
その公海上に墜落した地球上のものではない飛行体。
簡単にいえば、エイリアンとエイリアンが乗った異星から訪れたと思われる飛行体を解析する為にかれらは集められたのだ。
解析に同席することとなったのが日米二カ国だけとなったのには理由がある。
それは公海上の墜落だったが、居合わせたのが日米の合同研究による海洋調査船であったのだ。深海探査を目的とした研究は、完全に目的を変えた。
墜落した機体を何もしらずに救助したかれらは、いま寄港先であるハワイで缶詰になっている。
そして、かれらが呼ばれた。
無論、他にも複数のエキスパートが呼ばれている。
その中で、かれらが地球を救った英雄扱いされることになった原因は。
「格納庫にあるってきーてたんだけど?」
脳天気に明るい声でいうのは、アレックス。そして、無言で気に入らなげにそれを眺めていたのは本多一佐だ。
ハワイに到着してすぐ山奥につれて来られて。
守秘義務とかで一向に解析対象である本体=エイリアンにいまだ接触を赦されていなかった二人が、暇を持て余して散歩にと外へ出たのが。
第一次接近遭遇。
海洋調査船の前に墜落し捕獲され、ハワイまで運ばれ秘匿されていたはずの飛行体。それが、何故か山奥に墜落しているという姿が目の前に。
「脱走?」
首を傾げてアレックスがいうのに。
冷ややかな視線を本多が向けて、すぐに煙をあげている墜落した飛行体へと。
それは、まるで。
確かに、それは日本の分析官をアメリカ側が呼ぶ理由の一つとなっていたろう。
「縄文、…――土偶だな」
薄く目を細め、煙をかるく手で払い本多がいう。
そう、それの姿は「縄文土器」或いは「土偶」と呼ばれる遺跡から発掘された過去の遺物に良く似ていた。
そして、その中から。
貝がくちを開けるように、不整合な割れ目を伴い「それ」がひらく。
よろめきながら、姿を現わしたのは。
「遮光器土偶だな。縄文後期、前1000年から400年程前に作られたといわれる」
日本の東北地方で出土した遮光器土偶は、その形状から宇宙人ではないか、などといわれることもあったが。
「とんでもない噂の方が現実に近かったというわけか」
淡々と本多がいい、アレックスが見つめる前に現れたのは。
銀に光るスーツ――縄文の遮光器土偶にとても良く似たなにかを着ていると思われる存在だ。
これが、人でないのなら。
「エイリアン、か」
「みたいだよねー?」
本多の言葉に片言の日本語でアレックスがいう。
それを、眉をしかめて本多が視線を向ける。
「おまえ、何を片言の日本語をわざと話している?」
「えー?オレ、ベツニワザとじゃないしー?」
「気に入らんイントネーションだな。ケンカを売ってるか?」
「ええ?おんこーなニホンジンがイキナリおこるの?なんで?ボク、ヘイワなアメリカ人ナノニ!」
「いいから、普通に話せ。英語でもいい。それと」
「――ナニ?ソレト?」
あまりにハワイの気候には似合わないブラウンの厚地でできたコート姿というアレックスに、つまりは平服であり軍服は着ていないアレックスに。
これも、平服――自衛隊の制服ではなく、極普通に見えるがハワイに居るにはおかしすぎる厚手の白い外套を着込んでいる本多が。
「確か、おまえは言語学者だったな?これ、とコミュニケーションを取ってみろ」
「えええっ?どうして、ボク言語学者だって、どーしてわかったの?一応機密なのにっ!」
「なら、論文を出すな。名前もそのままだろうが?アレックス・ローズ情報将校」
「…――そ、そんな、初対面なのにバレてる?ムッチャしょっく!オレノコト、ドーシテシッテルノ?」
ふざけているようにいうアレックスに本多が冷たい視線を返す。
「ローズ少佐、時間の浪費は好きではない。これ、とコミュニケーションは取れるのか?」
「オーケイ、ホンダ、…ホンダ一佐だよね?…まったく、――研究はこれからなんだよ?」
途中から英語で滑らかにいうアレックスに、視線を飛行体から出て来たものに振り向けて本多がいう。
「ならば、破壊するしかないか?」
「でも、それってどーやって?」
銀の遮光器土偶。
生きて動いている遮光器土偶にみえる「それ」が。
かれらに向けているのは銃口としかおもえないモノだった。
樹木が墜落に折れ、煙が空へと昇る。
世界は、この刻―――。
かれら二人に運命を委ねることとなった。
世界が崩壊の危機へと針を進め、タイムリミットが72時間と知られる前のこと。 カウントダウンが始まっていることを知るものは、まだこのとき地球上の人類には誰もいない。
地球崩壊まで、あと71時間52分8秒。