勇者を自称するブレイドに、サヤは腕を組み、疑いの視線を向けた。
「勇者……新しいハンターのチーム名? それとも、称号か何か? それにしても、霊子武器じゃないのにモンスターを倒すなんて……霊子武器に代わる新技術がすでに実用化されているの? ――ちょっと、あなた、どうやってあんな簡単に倒したのか、ちゃんと説明しなさいよ」
サヤは怪しさを感じつつも、勢い任せに詰め寄った。
「どうやっても何も……モンスターを倒すのが勇者の仕事だ。武器など関係ない。勇者が持てば、それはもう聖剣だ」
「また、訳のわからないことを……。さては、まだ開発中の武器で公にできないってわけね。ははーん、だから『勇者』とかわけのわからないことを言って煙に巻こうってつもりなんでしょうけど、そうはいかないわよ」
「お前のほうが何を言っているのかよくわからないが……。わかりやすく言えば、俺はお前にとっての異世界から転移してきた勇者――ということだ」
「異世界の……勇者?」
サヤは露骨な疑いの視線をブレイドへと向けた。
「……もしかして、俺の言うことを信じてないのか? 勇者の異世界転移なんて、そこまで珍しい話でもないだろ?」
「……何言ってるの? ラノベの話?」
サヤは眉をひそめ、あからさまに呆れた声を返す。
一方のブレイドは、きょとんとした顔で首をかしげた。
「ラノベ……? よくわからんが、俺はお前にとっての異世界であるラノベールの勇者ブレイドだ。魔王を倒したまではよかったが、魔王のいない世界で、勇者のことが邪魔になったんだろう。神官どもに異世界へ強制転移されてしまったらしい」
堂々たる語り口に、一瞬説得力を感じそうになる。しかし、サヤの疑念はさらに深まるばかりだった。
「……その設定、今この場で考えたでしょ? 私がラノベって言ったから、それに引っ張られてるわよ」
「いや……設定も何も、事実なんだが……」
ブレイドが困ったように頬をかくが、サヤの鋭い目つきは緩まない。
ブレイドがダンジョンボスを倒すほどのとんでもない力を持っていることは、もはや疑いようがない。ただ、勇者だの異世界だという話は、あまりにも現実離れしていた。
「じゃあ、何か証拠でも見せてみなさいよ」
「証拠か……。よし、ならば特別に俺のステータス画面を見せてやろう。勇者のステータスは簡単に見せるべきではないのだが、勇者がほら吹きだと思われるわけにはいかないからな」
ブレイドはそう言って、何もない空間に手をかざした。すると、空気が揺らぎ、黒い背景に光の文字が浮かび上がる。
「……なにこれ、ホロヴィジョン? でも、専用装置も使わずにこんなのを表示させるなんて……どうなってるの?」
「お前の言っていることはよくわからんが……異世界だろうと、ステータス画面くらいあるだろ? さあ、遠慮せずに見るがいい。ここに俺の名前も職業もレベルも、すべて載っている。どうだ? レベル99だぞ。異世界は数あれど、ここまで上げた勇者はおそらく俺くらいだろう」
ブレイドに促され、サヤは訝しげに空中の画面を覗き込む。だが、そこに浮かぶのは意味不明な記号の羅列だった。
「……なにこのラクガキみたいな文字は?」
「そうか……この世界の人間には、ラノベールの文字は読めないのか……」
ブレイドは初めて眉をひそめて困惑した表情を浮かべた。
その顔を見て、彼女は肩をすくめる。
「なかなかおもしろい仕掛けだったけど、詰めが甘いのよ。第一、言葉が通じてる時点でおかしいでしょ? あなたが本当に異世界の人間だったら、こんなふうに私と会話できてるはずがないじゃない!」
「それは『勇者補正』ってやつだ。勇者の力で、異世界の言語は自動的に理解できるし、読み書きも会話も問題ない」
「随分と都合のいい話ね! そんな話、誰が信じると思っているのよ」
サヤは呆れたようにため息をつきながら、ジト目でブレイドを睨んだ。
「いやいや、勇者補正ってのはそういうものだろ。……もしかして、この世界の勇者には、そういった補正はないのか?」
「補正以前に、そもそも勇者なんていないわよ!」
「――なんだと!? この世界には勇者が存在しないのか!?」
「いないわよ!」
サヤの断言に、ブレイドは目を見開いて固まり、しばらく沈黙した。しかし、やがて納得したようにうなずく。
「なるほど……勇者がいないから、お前のような女子供まで戦っているというわけか」
「誰が女子供よ! その発言、コンプライアンス違反だからね!」
「コンプライアンス違反……? 勇者補正で言葉はわかっても、意味がわからないものもあるんだな」
眉をひそめるブレイドに、サヤは鋭い視線を向ける。
「そうね……もし本当にあなたが異世界の勇者だって言うのなら、魔法でも使ってみせてよ。勇者なら炎でも雷でも出せたりするんじゃないの?」
「魔法?」
「そう。たとえば、あそこの壁。あれを爆裂魔法でも使って壊してみなさいよ。そうしたら、あなたのこと勇者って信じてあげるわ」
サヤが指さしたのは、先ほどの戦闘でミノタウロスに吹き飛ばされ、彼女自身が叩きつけられた頑丈な壁だった。その硬さは、身をもって思い知っている。
(ふん、どうせ無理でしょ。魔法なんて現実にあるはずがないんだから。とっとと、一撃にミノタウロスを倒した新技術について、私にも教えなさいよね)
サヤは腕を組み、ブレイドを見据えた。
だが、ブレイドは臆するどころか、不敵な笑みを浮かべている。
「なんだ、そんなことでいいのか?」
「……え?」
「爆裂魔法など魔導士でも使えるのに、それで信じてもらえるのなら簡単だ」
まるで造作もないことだとでも言うように、ブレイドはゆっくりと左手を壁へと向けた。
サヤの眉間に皺が寄る。
「ちょっと、あなた……できないのなら早めに謝ったほうが――」
「
ブレイドが聞き慣れない奇妙な言葉を発した瞬間、空間が震え、轟音とともに壁が爆ぜた。
「――――!! うそっ……」
耳をつんざく爆音。舞い上がる砂ぼこり。飛び散る破片。
サヤは信じられないものを見るように目を見開いた。視線の先には、ぽっかりと大穴の開いた壁。その向こうに、ダンジョンの通路が覗いている。
「どうだ? これで俺が異世界から来た勇者だと信じたか?」
爆風の余韻をものともせず、ブレイドは平然と微笑んだ。