「ところで、サヤさん。ボスの魔石を手に入れてますよね? ぜひ見せてください!」
明るい声で促すアカリに、サヤは「ああ、そうだった」と小さくつぶやいてポーチに手を伸ばした。
中から取り出したのは、深紅に輝く大ぶりの魔石。
それがカウンターの上に置かれると、照明の光を受けて、宝石のような輝きを放つ。
「この輝き……! これはきっと、かなりの密度を誇る魔石ですよ! すごい……さっそく鑑定機にかけてみますね!」
「ええ、お願いします」
アカリは慣れた手つきで、カウンターに備え付けられた鑑定機に魔石をセットする。数秒後、機械が低く電子音を鳴らし、モニターに数値を弾き出した。
「結果が出ましたね。――うわっ! 鑑定額、2000万円ですよ、2000万円! これだけの大物は久しぶりです!」
「に、2000万円……!? あの敵……そんなヤバい奴だったのね……」
唇から、驚きと呆然が入り混じった声が漏れた。
と、その隣から、やけに呑気な声が割って入ってくる。
「おい、サヤ。その2000万円というのは、ゼクタでいうといくらくらいだ?」
「……何よ、そのゼクタって?」
「ゼクタは、ラノベールの通貨の単位だ」
まるで常識のように語るブレイドに、サヤは呆れた様子で返す。
「は? そんな聞いたこともない通貨、換算できるわけないでしょ!」
「ちなみに、下級の回復ポーションが100ゼクタ、炎の魔法のスクロールが500ゼクタくらいだが?」
「いや、そんなこと言われても、こっちには回復ポーションも魔法のスクロールも存在しないのよ! ……アカリさんが聞かれたらややこしいことになるから、とりあえず黙ってて」
ブレイドは「ふむ」と短く唸り、口を閉じた。
そんなとき、カウンターの向こうからアカリが再び声をかけてくる。
「それで、サヤさん、どうします? このまま換金しますか?」
サヤは魔石の真紅の輝きを一瞥し、躊躇いなくうなずいた。
「ええ、お願いします」
「わかりました。では、お金はいつものようにスマホ内の電子マネーに加算しておきますね」
「はい、それでお願いします」
ピッ、と軽やかな電子音が鳴り、カウンターの鑑定機とサヤのスマホが同期する。
スマホの画面に表示された金額は、まぎれもなく2000万円。その非現実的な数字に、サヤは小さく息を吐き、満足げにうなずいた。
ようやくひと段落――そんな表情でスマホをしまい、サヤは隣のブレイドへと向き直る。
「ブレイド、それじゃあ、行くわよ」
「行くって、どこにだ?」
「ホテルよ、ホテル。今晩泊まるところが必要でしょ?」
「ふむ……ホテルというのは、宿屋のようなものか。……よし、わかった。俺は床で寝るから、サヤはベッドを使うといい」
あまりにも自然な口調で言われ、サヤは一瞬、思考が止まった。
そして次の瞬間、顔を真っ赤にして声を荒げる。
「ちょっと! アカリさんの前で変なこと言わないで! どうして当然のように私と同じ部屋に泊まるつもりでいるのよ!? 別々の部屋を取るに決まってるでしょ!」
「いや、俺は同じ部屋で構わないぞ」
ブレイドは悪びれる様子もなく、真顔のままさらりと返す。その無自覚な発言に、サヤは思わず頭を抱えた。
「私が構うのよ!」
その叫びがギルドのロビーに響き渡る。
一瞬、場の空気がぴたりと凍りつき、周囲のハンター達が一斉に二人の方へと顔を向けた。サヤは視線の熱を感じながらも、ブレイドを睨みつけるしかなかった。
だが、さらに追い打ちがやってくる。
「しかし、宿屋の部屋数は限られているだろ? 関係を持った者同士が同じ部屋を使うのは、冒険者としてのマナーだろ?」
ブレイドはどこまでも真剣に、それが常識だとでも言うような口ぶりだった。
しかし、「関係を持った」――その一言が場に落ちた瞬間、ハンター達の間に小さなどよめきが走り、視線の質が一気に変わった。
サヤは凍りついたようにその場に立ち尽くし、頬がみるみるうちに熱を帯びていく。唇がわななきながらも、なんとか声を絞り出す。
「か、関係って……いつ、私とあなたが関係を持ったっていうのよ……!」
「…………? 俺の後見人なんだろ? それはつまり、関係者ということじゃないか」
どうやら、本人は至って真面目に、「後見人」という意味で「関係者」という言葉を使ったらしい。
悪気がないことはわかる。
それでも、その一言がもたらした誤解の威力はあまりにも大きすぎる。
何より、二人に向けられる周囲の視線が、確実に「そういう目」に変わっていた。
「もう、余計なことは一言も言わないで! いいから、私についてきなさい!」
羞恥と苛立ちを押し殺し、サヤはくるりと背を向ける。そして、その場から逃げるように、足早にギルドのロビーを後にした。
ブレイドはそんな彼女の背中を眺めながら、ふと口角をわずかに上げる。
「ふむ……この世界の女は、気性が荒いらしいな」
「聞こえているわよ!」
飛んできた怒声に、ブレイドは肩をすくめると、ゆっくりと彼女のあとを追いかけていった。
そのやりとりを見届けていたアカリは、カウンターの向こうでぽかんと口を開けていたが――やがてふっと肩の力を抜き、柔らかく微笑む。
「なんだか、いいコンビじゃないですか」
誰に言うとでもなく、独り言のようにつぶやくと、彼女は手元の魔石をそっと保管棚へと移した。