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第10話 交換条件

 どうにか突破口を見つけたい――そうは思うものの、サヤ自身にも明確な策があるわけではない。

 中には、資質に優れた外国人を連れてきて、不正に取得した個人番号でハンター登録させるグループも存在すると噂に聞く。だが、真っ当に生きてきたサヤには裏社会との繋がりなどあるはずもない。


「アカリさんに相談したいところだけど……」


 サヤは受付嬢の名前を口にし、自然とカウンターに視線を向ける。そこには、いつものようににこやかに応対するアカリの姿があった。

 彼女のことは信頼している。誠実で、正義感も強い。けれど、それゆえに――


「……ブレイドのハンター登録のことで、アカリさんに不正をさせるわけにはいかないよね」


 自分に言い聞かせるように、サヤはそっとつぶやく。

 だがそのとき、不意に後ろから聞き覚えのある声がかかった。


「サヤ、困っているようだな」


 サヤが眉をひそめつつ振り向いた先に立っていたのは――どこか蛇を思わせるような男、ゴンドウだった。

 細身の身体にぴたりと張り付く重装型のバトルテクター。分厚い装甲には放熱機構が組み込まれ、重量があるはずなのに、その立ち姿は重さを感じさせない。

 彼はサヤよりも一回りほど年上。長く細い顔立ちに、異様に鋭い目元。常に浮かべている薄笑いは、感情ではなく計算と欲望の表れに見えた。髪は短く刈り込まれていて、顎にはよく手入れされた細いひげを残している。

 彼もまた、サヤと同じAランクハンター。戦闘力に優れるだけでなく、周到に仕組んだ策略や精神的な揺さぶりを得意とする。そして、特にサヤに対しては、粘着質な執着を隠そうともしなかった。


「……また、あんたなの? 盗み聞きは感心しないわね」


 呆れたように言うサヤに、ゴンドウはにやりと口元を歪めた。


「その男のハンター登録のことで困っているんじゃないのか?」

「……盗み聞きだけじゃなくて、ストーカーまでしてたってわけ?」


 サヤは鋭い目で睨みつける。


「たまたまだ」


 ゴンドウは平然と言い放つ。サヤはそんな言葉を信じる気はなかったが、嘘だと断じる証拠もなかった。


「……サヤ、この男は?」


 ブレイドが不審げに問いかけると、サヤは小さくため息をつきながら答えた。


「ゴンドウっていう、Aランクハンターよ。私を自分達のチームに入れたいみたいで、前からしつこく声をかけてきてるの」

「つれないなぁ、サヤよ。俺のチームに入れば、今よりずっと楽をさせてやるぞ? お前は俺の隣にいるだけでいい。バトルはほかのメンバーにやらせる。お前は俺を楽しませるだけで、安全に報酬が手に入るってわけだ」


 ゴンドウの言葉に、サヤの瞳が鋭く細められる。


「それって、ハンターとしての私をバカにしてるって、わかってる?」

「俺はお前をハンターとしてよりも、女として高く評価してるってことさ」


 そう言いながら、ゴンドウはあからさまな視線でサヤの身体を舐め回す。

 その無遠慮な視線の熱に、サヤの表情はさらに険しさを増した。

 そんな空気の中で、静かにブレイドが口を開く。


「サヤ、この世界にも、わかりやすいゲスはいるんだな」


 皮肉と呆れを織り交ぜた冷ややかな響き。まるで汚れたものに触れた手を払うような、静かな嫌悪感が滲んでいた。

 それに対し、ゴンドウはゆっくりと顔を上げ、ブレイドを鋭く睨みつけた。視線には明確な敵意が宿っている。


「兄さん、威勢がいいな。……サヤと関係を持った男がいるって噂になってるようだが、サヤの様子を見る限り、どうもそういう相手じゃなさそうだな。……お前、もぐりのハンターだろ?」


 挑発めいた言葉に、ブレイドはわずかに眉をひそめたが、態度を崩すことはなかった。

 真っすぐにゴンドウを見返し、微動だにしない。

 対照的に、明らかな動揺を見せたのはサヤだった。


「ちょっ!? 何なのよ、その変な噂は! 誰がそんな噂を流してるのよ!」


 声が裏返り、思わず一歩踏み出す。頬を紅潮させながら、ゴンドウを鋭く睨みつけた。

 しかし、ゴンドウは肩をすくめて受け流す。


「昨日ギルドで聞いた噂だ。サヤが関係を持った男と一緒にいたってな。おまけに、ソロでダンジョン攻略したともな。……だが、それはサヤ一人の手柄じゃないだろ? ミノタウロスを無傷でソロ撃破なんて、簡単にできるわけがない。どうせ、その男の手を借りたんだろ?」

「うっ……」


 鋭く核心を突かれ、サヤは言葉を失った。

 唇を噛み、視線を落とす。――図星だった。


「どこかから連れてきたのか、ダンジョンでたまたま見つけたのかは知らねぇが、その男と協力してボスを倒したサヤは、これ幸いとそいつとチームを組もうとした。だが、そいつはもぐりで、ハンター登録どころか、個人番号すらない。――今、完全に手詰まりってわけだ」


 ゴンドウの口元には、勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。

 まるでサヤの行動すべてを読み切ったかのような口ぶりに、サヤは眉をひそめる。


(……こいつ、妙に勘が鋭い。……まさか、盗聴器でも仕掛けられてる?)


 サヤはすぐに不審に思ったが、それにしては内容が微妙にずれている。

 正確には「協力して倒した」のではなく、ブレイド一人が圧倒的な力で片をつけたのだ。それに、ブレイドが異世界の勇者であることも知らず、もぐりのハンターだと思い込んでいる。

 それらのことから考えれば、少なくとも会話そのものを聞いていたわけではないだろう。

 しかし、推測だけでここまでたどり着いているとしたら、それはそれで厄介だった。


「……たとえ私が困っていたとしても、あんたには関係のないことでしょ」


 サヤは感情を押し殺すように、冷たく言い放つ。その声には、明確な拒絶の意志が滲んでいた。

 けれども、ゴンドウは嫌な笑みを崩さない。


「そうだな。確かに関係はないかもしれない。……だが、もし俺がそいつの個人番号を用意できるとしたらどうだ?」

「……どういうこと?」


 サヤは声を低くして問う。その目には、警戒の色が濃く滲んでいた。


「俺はこれでも顔が広いんでな。自由に使える個人番号を融通してくれる連中にコネがあるんだよ。俺が動けば、その男の個人番号を用意することだってできるってわけだ」


 ゴンドウは声を潜め、周りに聞こえないような声量でとんでもないことを言ってきた。

 幸い周りに無関係の人間はいないが、余程肝が据わっていなければハンターギルドで口にできる内容ではない。


「……どうせ、その代わりに、私にあんたのチームに入れっていうんでしょ? 悪いけど、そんなのはお断りよ」


 サヤはきっぱりと言い切った。

 ブレイドの個人番号の問題が解決できるのなら、多少非合法な手段であろうと、それはありがたい話だった。

 だが、ゴンドウの仲間になるという選択肢だけは、彼女の中では絶対にあり得なかった。彼の言動、空気、すべてが生理的に無理だった。本当に裏社会とも繋がりがあるのならなおさらだ。


「話は最後まで聞けって。俺もお前がそんな交換条件に乗ってくるとは思っちゃいねぇよ」


 ゴンドウはそこで一拍置き、にやりと笑った。


「だから――俺と勝負しようぜ?」

「……勝負?」

「ああ。チーム戦だ。同時にダンジョンに挑み、どっちのチームが先にボスを倒すのかって勝負だ。お前らが勝ったら、その男に個人番号を用意してやる」


 ゴンドウの目が、ぎらりと獲物を狙うように光った。

 一見、単なる競争の提案に聞こえるが、その裏には何層にも絡んだ思惑が透けて見える。


「で、私が負けたら、あんたのチームに入れっていうのね?」


 サヤは吐き捨てるように言う。

 しかし、ゴンドウの口から出たのは、さらに下劣な提案だった。


「いや、それだけじゃおもしろくねえ。俺が勝ったら、サヤは俺のチームに入って、俺の女になるってのが条件だ」


 サヤを見るゴンドウの目が、蛇のようにギラリと光った。


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