「はあ!? 誰がそんな条件飲むのよ! ばっかじゃないの!」
怒りと嫌悪が一気に噴き出し、サヤの声が一段高くなる。女子高生相手に、大の大人が口にしていいような言葉ではなかった。
ブレイドは無言でサヤの隣に立ち、彼女を守るように一歩寄る。
「Aランクハンターのサヤともあろう者が、俺に負けるのが怖いってか?」
ゴンドウはあくまで挑発的に笑った。その顔が、ますます醜く歪んでいく。
「くっ! 好き勝手言ってくれて……でも、おあいにくさま。そんな挑発に乗るほど、私は子供じゃないの」
「ほぉ、乗ってこないか。精神的に成長したってわけだ。まあ、身体だけは前から立派に成長していたけどな」
「こいつ……!」
サヤの頬がかっと紅潮し、今にも飛びかかりそうだった。
だが、ブレイドがそっと彼女の肩に手を置く。それだけで、サヤはぎりぎりのところで衝動を飲み込んだ。
けれども、ゴンドウの挑発はまだ終わらない。
「だが、いいのか? この勝負に乗ってこないのなら、サヤが無資格のハンターとダンジョン攻略していた件――ハンターギルドに報告することになるが?」
「……なによ、そんな証拠があるとでもいうの?」
サヤは必死に冷静を装ったが、声の端にわずかな揺らぎが滲んでいた。
「見たってやつがいるんだよ。昨日、サヤとその男が一緒にダンジョンから出てきたところをな」
「……出てくるのを見ただけじゃ、一緒にダンジョン攻略した証拠にはならないわ。ダンジョンに巻き込まれた一般人を保護して出てきただけかもしれないでしょ」
「ああ、そうかもしれないな。だったら、そいつの個人番号を調べりゃ済む話だ。迷子の一般人だったかどうか、すぐにわかる。もっとも――そいつに個人番号があればの話だがな」
「くっ……」
サヤは唇を噛んだ。
ブレイドを調べられれば、個人番号がないことなどすぐにわかる。そうなれば不法滞在でブレイドは捕まりかねない。それどころか、異世界の人間だとわかれば、何をされるかわかったものではない。
「……卑怯者」
サヤの声は低く、怒気を含んでいた。しかし、それすらもゴンドウの耳には快楽の調味料でしかない。
「なんとでも言え。俺は欲しいものは必ず手に入れる――どんな方法を使ってでもな。それに、嫌がる女を屈服させるのも、また格別ってもんだ」
舌なめずりでもしそうな勢いで、ゴンドウは下卑た視線をサヤに這わせる。
――その時だった。
「おい、ゲス男。その勝負、受けてやる」
低く、だが澄んだ声が空気を切り裂いた。
声の主はブレイドだった。
彼の瞳には、静かに燃える怒りの炎と、揺るぎない覚悟が宿っていた。
「チーム戦だというなら、俺がサヤと共に戦うことに文句はないってことだな?」
「ちょっ!? 何を勝手に……!」
サヤが驚いてブレイドを見上げる。だが、その顔にはわずかな安堵の色も浮かんでいた。自分を庇ってくれる存在が隣にいることに、胸が熱くなる。
「俺の個人番号など、どうでもよかったが――この男はサヤを侮辱した。それは俺も我慢ならん」
「そんなこと言ってくれるのは嬉しいけど……でも、負けたらどうするつもりよ!」
「負ける? この俺がか? そんなこと、百万回やってもあり得ないから心配するな」
あまりにも自信満々な口ぶりに、唖然としてブレイドの顔を見上げる。
荒唐無稽とも言える宣言だったが、彼が言えば妙に現実味を帯びて聞こえてしまうのが不思議だった。
「もう……ブレイドは……」
サヤは小さく笑った。胸の不安が静かに消えていくような気がした。
「二人で盛り上がってるところを悪いが――兄さん、俺をゲス男呼ばわりした代償は高くつくぞ」
ゴンドウが目を細め、唇を歪めながら睨みつけてくる。
その目には冷たい怒りが宿っていたが、ブレイドはまるで意に介さず、あくまで態度を崩さなかった。
「俺達が負ければ、俺のことも好きにすればいい。だが、その代わり、こちらも条件を出させてもらう」
「……なんだ? 言ってみろ」
ゴンドウが苛立たしげに応じる。
「俺の個人番号は、先に用意してもらう。その番号でハンター登録を済ませた上で、ダンジョンに挑む。そうでなければ、サヤが咎められる恐れがある。それに、俺達が勝ったあとに、お前が約束を反故にするリスクがあるからな」
「誰がそんなことするかよ!」
ゴンドウが吐き捨てるように言ったが、ブレイドは構わず続ける。
「それと――俺達が勝ったら、二度とサヤの前にその汚い顔を見せるな」
その一言に、場の空気が一層、張り詰めた。
あまりに率直な敵意がゴンドウの目に灯る。
「てめぇ……。負けた時は、楽に死ねると思うなよ」
「安心しろ。勇者に負けはない」
「……何が勇者だ、この勘違い野郎が。……いいだろう、その条件を呑んでやる」
ゴンドウは忌々しげに舌打ちしたが、やがてにやりと唇を歪めた。
そして、いやらしくサヤを見やり、ねっとりとした声で囁く。
「……サヤ、ここまでそっちの希望通りにしてやるんだ。俺の女になったとき、優しくしてもらえるなんて思うなよ。毎晩、悲鳴を上げさせてやるからな」
言葉に込められた歪んだ欲望――その冷たく濁った瞳に、サヤの背筋がぞっとした。身体が強張り、震えそうになる指先で、咄嗟にブレイドの袖をぎゅっと掴む。
「心配するな、サヤ。何があっても、お前のことは俺が守ってやる」
その一言が、サヤの胸を大きく揺らした。ただの言葉ではなかった。言葉の奥にある強い意志が、彼女の心の深い部分にまで届いてきた。
ただの戦闘力の高い戦士――そう思っていたはずなのに、今の言葉はそれだけで片付けられなかった。ただの仲間ではない、それとはちょっと違う――気になる存在。そんなふうに思ってしまうようになっていた。