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第2話:願いを添えて

――朝比奈勇人あさひなはやと。19歳。どこにでもいる一般的な大学生。彼の特徴といえば、短小包茎によってトラウマを植え付けられたことだろう。


 それは彼が高校3年生だった時……短期集中勉強合宿が行われた。朝比奈勇人あさひなはやとは志望大学に合格するために、意気揚々と勉強合宿に参加した。


 しかし、事件は1日目の夜に起きた。


「うわ……勇人はやと。小さすぎぃ!」

「小さいだけじゃねえぞ!? 皮までしっかり被ってやがる!」

「やめろお前ら! それ以上、俺の息子をバカにするのなら、俺の秘められた力が暴走するぞ!?」

「ぎゃはは! なーにマジになってんだよ」


 同学年の男子たちに風呂場で散々愚息のことをバカにされた。しかし、話はそこで終わらない。


 風呂からあがった男子のひとりが女子に告げ口したのだ!


「男子って本当にアホ」

「ほんと。勇人はやとのちんことかどうでもいい」


 女子たちの目はあまりにも冷ややかだった。告げ口した男子がしどろもどろになっている。手振り身振りで、こちらの愚息がどれほどに小さいのかを表現してみせた。


 最初は怪訝な表情になっていた女子たちだった。しかしながら、男子の頑張りが功を奏したのか、ちょっとづつ、自分の愚息に興味を持ち始めやがった!


「ぷぷぷ。そんなに小さいの?」

「やっばーい! 勇人はやとって私たちと同じ高校3年生だよね!? それなのに小学生低学年と同じサイズってマジー?」

「ふむ。雑魚ならぬ……稚魚ってやつ?」

「きゃははー! ウケルーーー! メダカってことぉ!?」

勇人はやとくんをイジメるのはやめなよ。メダカに失礼ですよ」

「そっれっ! あんたこそ、言ってること大概じゃないのっ。メダカに失礼って! そっちのほうがひどくなーい?」


 女子たちの嘲笑が脳裏に焼き付いた。大学生になった今でも、あの時の情景がたまにぶり返される。その度に頭がグワングワンと揺れる。吐き気すら催してしまう……。


 しかし、そんなトラウマ持ちの自分であるが、ネットの巨大掲示板(通称5ch)で有益な情報をゲットした。


 今からでも人生をやり直せる気がした。


 ガチムチ・アイランドをクリアすれば、憎きこの股間についているメダカ以下の愚息を……女子たちが拝み倒すようなご立派様に変えることができる……はずだ。


 眩暈を覚えながらも、ゆっくりとマウスを動かす。マウスカーソルがスレッドに貼られたURLの上へと移動する。


 すーはー、ふーはーと呼吸を整える。震える人差し指でカチリと左クリックする。ごくりっ……と息を飲む。


 緊張が走る顔つきのまま、PCモニターを数秒間見つめた。


 ページが切り替わる。かつては賑わいを見せていたであろうガチムチ・アイランドの公式ページへとたどり着いた。


 なんとも寂しげな公式ページであった。画像のリンクがとっくの昔に切れてしまったのであろう。ページの9割近くの画像が表示不能となっている。


 そんな中でも『新規ユーザー登録』という画像だけは剥げ落ちてなかった。そこにマウスカーソルを移動させて、左クリックした。


 飛ばされた先には利用規約、ユーザー間のトラブルについて、ユーザー環境の情報収集という3項目が表示されている。ここら辺はどのゲームサイトと同じであった。


 今更、こんなものに意味などないと感じてしまう。それゆえに本文を読まずに3つのチェックボックスに左クリックでチェックマークを付けた。


 最後に『同意します』にマウスカーソルを持っていく。そこで力強く左クリックした。またしても数秒ほど待たされることになった。


 逸る気持ちを抑えて、その数秒間が過ぎ去るのを待った。いよいよユーザー登録の本番が始まった。


 メアドや住所などの必要事項を記入していく。最後にシステムから『これで問題ありませんか?』と問われたが躊躇なく『OK』ボタンを左クリックする。


 ここで一旦、ふぅ~~~と長めに息を吐いた。


「俺、何やってんだろうな……」


 ちょっとだけ冷静になってしまった。本当にゲームの中に入れるかなんてわかりもしない。何を真剣な顔をして、サービスが終わってしまったゲームに今更、真面目にユーザー登録をしているのか?


 これほど滑稽なことなどない。短小包茎は自分にとって死活問題だ。もし、自分がムキムキでかチンだったなら、人生はハッピーハッピーだったような気がする。


 無事に大学受験を突破した。地元の静岡の国立大学だ。地元の友達にはうらやましがられた。それだけは誇りに思える。


 しかし……それでも勉強合宿で植え付けられたトラウマの克服にはならなかった。キャンパス内を歩く女学生たちが眩しく見えた。目が潰れるくらいだ。


 今でも女子に声をかけられると、「ふひっ、ふひひ!」と不気味な声をあげてしまう。これは心拍数が異常に上がってしまうことの副作用でもあった。


 全ての元凶は愚息が短小包茎であることだ。こいつがせめて人並みであっただけでも大学生活は違っていたはずだと信じてやまなかった。


 勇人はやとは願った。PCモニターの前で手を合わせ、祈りのポーズを取る。


「頼む! 俺をガチムチ・アイランドに連れていってくれ! 俺はムキムキでかチンになりたいんだっ! お願いだぁぁぁ!」


 魂から振り絞った言葉だった。この願いが神様に届いてほしい。合わせた手に力がこもる。情けなくて、涙が溢れてきた。


 そんな勇人はやとを祝福するかのようにPCモニターから七色の光があふれ出してくる。勇人はやとは破顔した。


「あははっ……ははっ……そうか、俺は行けるのかっ! ありがとうございます、神様ぁぁぁ!」


 勇人はやとの身体は分子分解されていく。光の粒に変わっていく彼はPCモニターへと吸い込まれていく。


 なんでもひとつ願いを叶えてくれるというガチムチ・アイランドは勇人はやとを受け入れてくれたようだ……。


「父さん。母さん。俺……生まれ変わってくるよ。今度、会う時はムキムキでかチンの朝比奈勇人あさひなはやとだ! 孫の顔を期待してくれていいんだからね!?」

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