灰色だった。
車体も、窓も、タイヤも。いや、それだけではない。バスの中に乗っている人々の顔も、表情も、服も、声までもが、どこか灰色に染まっていた。
蓮はバスの最後列に席を取った。硬いシート。揺れるたびに軋む金属音。エアコンは入っているはずなのに、車内にはぬるい生ぬるさが滞留していた。
バスは時間通りに出発した。町役場前の広場には見送りの人はいなかった。
それは、誰もこの出発を“祝い”として捉えていないことの証だった。
運転手は無言で、サイドミラーを確認し、ギアを入れた。行き先の表示パネルには「第5区域・再配置センター」とだけ書かれていた。都市名は書かれていなかった。
都市が“場所”でなく、“処理区分”になっているようだった。
車内放送が一度だけ流れた。
「この車両は国家改造計画に基づき、都市型集中移住支援措置の一環として運行されています」
その声は機械的で、どこか他人事だった。
蓮は窓の外を見た。見慣れた道、朽ちた商店、空になったガソリンスタンド、洗濯物のないベランダ。
それらが、もう二度と戻らないもののように、後方へ流れていく。
乗客たちは、皆静かだった。
顔を伏せている者。窓の外を見つめている者。ぼんやりと座っている者。
蓮の隣には老女が座っていた。腕に包帯を巻いており、荷物はビニール袋ひとつだけだった。
会話はなかった。けれどその沈黙は、何かを拒絶しているというより、すでに諦めた者たちの共通語だった。
途中、休憩所に立ち寄った。
仮設トイレが数基、飲料水用のスタンドが一台だけ。
自動販売機は「使用停止」と赤い紙で封鎖されていた。
配られたのは、ペットボトルの水と、保存食パック。名前の書かれていない、ただの栄養物だった。
誰も文句を言わなかった。誰も文句を言える立場にいなかった。
バスに乗せられた時点で、誰もが“従属”という扱いになっていた。
再出発してから、蓮は少し眠った。
夢の中で、町が燃えていた。静かに、音もなく、灰になっていた。
目を覚ましたとき、隣の老女がいなくなっていた。運転席の横で、係員と何かを話している。
「登録コードに誤りがある」と言われていた。
老女は笑っていた。「うちはもう登録なんていらんのよ」と。
都市が近づくと、検問所のようなゲートが現れた。カメラとセンサーが並び、車両が減速する。
係員が一人ずつ番号を確認し、顔認証を済ませる。
「未登録者には仮IDを発行します。仮住居への割当ては当日夜に通知されます」
何人かは、係員と話し合いをしていた。書類を忘れた者、コードを紛失した者、情報が未反映だった者。
係員は言った。「再登録には14日かかります。その間の食料と宿泊は自己責任でお願いします」
誰が責任を持つべきなのか。
“国が決めた”という言葉だけが、すべてを突き放していた。
蓮の番が来た。スマホを差し出すと、係員が読み取り機にかざした。
機械が一度エラーを出し、再読取。次に表示された文字は「区分:移住者・第5層」。
それが、蓮の“等級”だった。
「仮住居へ案内されます。物資は週に一度支給されます」
それ以上は説明されなかった。蓮の質問も、受け付けられなかった。
都市の空気は、重かった。
乾いていて、冷たい。けれど、どこか鉄の匂いがした。
規則性を強調する街路。番号で管理された住居。限られた光と、過剰な監視。
蓮はこの都市で「生かされる」のだ。
それが、都市に来た者たちに許された、ただひとつの未来だった。