「いや〜……相変わらず智哉くんは、いいリアクションするねっ!」
闇の中から現れた穂乃果は、まるで
「……あの怖がりを、これ以上ビビらせてやるなよ」
俺がそう呟いてから数分後。闇に消えたはずの智哉が、木の影からおそるおそる顔を覗かせた。
「……輝流? 今の声は……ゆ、幽霊じゃ、ないのか?」
「残念だったな。こいつのだよ」
俺が親指で示すと、背中に隠れていた穂乃果がひょっこりと顔を出す。
「じゃーん! 智哉くん、こんばんは」
「うっそだろぉぉぉ……! なんで穂乃果ちゃんがここにいるんだよぉぉぉ……! めっちゃ情けないとこ見られたじゃねぇか……!」
地面に崩れ落ち、本気で頭を抱える智哉。その姿に、俺は静かに言葉を重ねた。
「大丈夫だ。お前が怖がりなのは、ここにいる全員が知ってる」
「……っ!」
智哉が、心底恨めしそうな目で俺を睨みつける。
「で……? 本当に、なんで穂乃ちゃんがこんな場所にいるんだ??」
「実はね、心配だからついて来たの。それなのに、輝流ったら本当に先に行っちゃうんだもん。流石にちょっと傷ついたかなー」
穂乃果がわざとらしく頬を膨らませる。その仕草に、智哉の怒りの矛先が俺へと向いた。
「おま……! 輝流ぅ! そういう大事なことは先に言えよ!」
「ああ、うるさいうるさい。そもそも、こんな形で合流するとは俺も思ってなかったんだよ」
俺は二人の非難の声を背中で受け流し、麓へと続く道を歩き出した。
***
山を抜け、蛙の鳴き声が響く田んぼのあぜ道を歩く。月明かりが、風にそよぐ稲の葉を銀色に照らしていた。二人の
「ん……? なんだ、これ」
指先に触れたのは、ひんやりとした硬い感触。というより、まるでポケットの中に小さな氷の欠片でも紛れ込んでいるかのような、不自然な冷たさだった。
取り出して、スマホのライトで照らす。
それは、夜の闇そのものを雫にして固めたかのような、真っ黒な石だった。
涙の形をした、黒い石。
社の掃除をした時に紛れ込んだのだろうか。だとしても、なぜだろう。この小さな石が、俺の魂のどこか深い場所を、静かに揺さぶるような気がした。
俺が立ち止まり、その黒い雫に思考を奪われていた、その時。
ドンッ、と強い衝撃が背中を襲った。
「何止まってんだよ、輝流〜?」
智哉の間の抜けた声。その瞬間、俺の指から、あの石が滑り落ちた。
「あっ……! おい、お前!!」
カシャン、という小さな音と共に、黒い石は闇の中へと消える。見渡す限り広がる、水の張られた田んぼ。こんな場所で、あんな小さな石を探し出すのは不可能に等しい。
「ん? どうした?」
「……いや、なんでもない。行くぞ」
胸の奥に、ぽっかりと穴が空いたような感覚が残る。まるで、自分の身体の一部を置き忘れてきたような、奇妙な喪失感。
俺はそれを無視して、再び歩き出した。
こうして、俺たちの肝試しは、幕を下ろした。
──筈だった。
あの時の俺の行いが、あの山に宿るモノを、呼び覚ましてしまったかもしれない。
……いや、もしくはもう既に目覚めていたのかもしれない。だが、間違いないのは……
あの行動で、俺の人生が歪み始めたのだった。
***
自室のベッドに倒れ込む。身体中が鉛のように重い。
制服のズボンを脱ぎ捨てようとした、その時だった。
ポケットから、何かが床に落ちる、硬質な音がした。
ころん
まさか、と。
心臓が、嫌な音を立てて軋む。
ゆっくりと、視線を落とす。
そこには。
──田んぼで失くしたはずの、あの真っ黒な、涙の石が、静かに転がっていた。