博物館からの帰りのバスの中は、行きと同じように、生徒たちのはしゃぎ声で満ちていた。
俺は、揺れる車体の後部座席で、窓の外を流れていく景色を、ぼんやりと眺めていた。
(結局、博物館にあったのは、バラバラの伝承だけ。山坐神と百貌様を繋ぐ、肝心な部分は、何も分からなかった)
手掛かりが増えるどころか、謎ばかりが深まっていく。焦りと、もどかしさ。
俺の頭の中は、一つの考えで占められていた。
もう一度、あの家へ行くしかない。秋崎叶の家に。
「ねぇ、輝流」
「どうしたん? なにか考え事か?」
不意に、隣から声がした。
見ると、隣に座っていた穂乃果と智哉が、俺の顔を覗き込んでいる。
「……いや、なんでもない」
俺は、視線を窓の外に戻したまま、短く答えた。だが、こいつらにそんな誤魔化しが通用するはずもなかった。
「あっ! 今の間! 絶対なにか隠したでしょ!」
「そうだそうだ! 水臭いぞ、輝流!」
穂乃果が、楽しそうに俺の脇腹をつつく。智哉も、穂乃果の隣の座席から身を乗り出して囃し立てた。
こいつらの、こういう距離感の近さが、時々ひどく面倒になる。
「はぁ……」
俺は、観念して、一つ大きなため息をついた。
「博物館で、結局俺が知りたかった『答え』は、得られなかったんだ」
その言葉に、二人はきょとんとした顔で、顔を見合わせた。
(…こいつは、自分が神鳴町の神…百貌様を見てしまったという可能性をまだ知らない。俺の考えすぎ……という事もあるかもしれないが……)
(念の為、調べておくべきだろう……この能天気にも困ったものだ)
俺は内心で毒づきながら、言葉を続けた。
「まぁ……そのなんだ。秋崎さんの家に、もう一度行こうと思ってな」
その瞬間、二人の表情から、楽しげな色がすっと消えた。
バスが、がくん、と揺れる。
「次、停まります」というアナウンスだけが、俺たちの間に生まれた重い沈黙の中を、滑っていった。
「…ほんとに、行くの…?」
先に口を開いたのは、穂乃果だった。その声は、不安そうに揺れている。
智哉は、何も言わない。さっきまでのはしゃぎっぷりが嘘のように、穂乃果の隣の座席に座り直し、ただ黙って、俯いている。
あの時の……霊を見てしまったと言う出来事が、また智哉の脳裏に蘇っているのかもしれない。
俺は、そんな二人の反応に、ただ、ゆっくりと頷いて見せた。
……秋崎 叶の魂は、確かに俺たちの手で解放された。
だが、それは、無数の謎の、たった一つに答えが出たに過ぎない。
婚約指輪を手に、幸せの絶頂にいたはずの叶さんの死。あれは本当に、ただの自殺だったのか?
その一年後、後を追うように命を絶った恋人。
そして……両親の、不審な死。
(そうだ、まだ何も解決していない。これらの悲惨な事件には……なにかが隠れているかもしれないんだ)
俺は、窓の外に流れていく、見慣れた町の景色から、目を離さなかった。
***
バス停に降り立った俺たちの肌を、西日が気だるげに撫でていく。
結局、穂乃果と智哉は、何も言わずに俺の後をついてきた。三人分の長い影が、アスファルトの上を滑っていく。
その、どこか重苦しい沈黙に耐えかねたように、俺は、振り返らずに言った。
「お前らまで、本当にこなくていいぞ?」
「心配なんだってば!」
すぐに、穂乃果の少し怒ったような声が返ってくる。
少し遅れて、智哉が、震えを押し殺したような声で続けた。
「…こえーよ。……こえーけど……。置いていかれるのは、もっと辛いって分かったから…。俺も、行く」
その言葉に、俺はただ、「そうか」とだけ短く返した。
もう、何も言うまい。こいつらは、ただの傍観者じゃない。俺と、同じ当事者なんだ。
俺たちは、見慣れた住宅街を抜け、田んぼ道へと続く、あの角を曲がった。
あの、古びた三階建ての家が、あるはずの場所へ。
そして、次の瞬間。
俺と穂乃果は、絶句することになった。
「…………え?」
穂乃果の口から、掠れた声が漏れた。
智哉も、息を呑んで、その場に立ち尽くしている。
家が、ない。
この間まで、確かにそこにあったはずの、秋崎叶の家が。
まるで最初から何もなかったかのように、跡形もなく消えてしまっていた。
そこにあるのは、雑草が生い茂る、ただの空き地だけ。
解体作業の痕跡も、更地になったばかりの土の匂いもない。ただ、昔からずっとこうでした、と言わんばかりの、静かな空き地が、夕日に照らされているだけだった。
「う、そ…でしょ…? なんで…? あったよね、ここに、家…!」
穂乃果が、半ばパニックになりながら、俺の腕を掴んだ。
俺は、その言葉に答えることができなかった。冷静でいようとする意識とは裏腹に、頭の中が、猛烈な速度で回転を始める。
(どういうことだ…? この数日のうちに、建て壊されたのか…?)
(いや…。だとしたら、あまりに綺麗すぎる。重機が入ったような跡もない。それに…)
脳裏に、あの家の感触が蘇る。軋む床、黴の匂い、指先に触れた、冷たいドアノブの感触。
(…それはない。俺たちが入ったあの家は……なんだったんだ?)
幻だったとでも、いうのか。
俺と穂乃果の二人で同時に見た、集団幻覚だと?
俺たちが見て、触れて、探索したあの家は。
あの家は、一体、なんだったんだ…?