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第19話 消えた邸宅


博物館からの帰りのバスの中は、行きと同じように、生徒たちのはしゃぎ声で満ちていた。

俺は、揺れる車体の後部座席で、窓の外を流れていく景色を、ぼんやりと眺めていた。


(結局、博物館にあったのは、バラバラの伝承だけ。山坐神と百貌様を繋ぐ、肝心な部分は、何も分からなかった)


手掛かりが増えるどころか、謎ばかりが深まっていく。焦りと、もどかしさ。

俺の頭の中は、一つの考えで占められていた。


もう一度、あの家へ行くしかない。秋崎叶の家に。


「ねぇ、輝流」


「どうしたん? なにか考え事か?」


不意に、隣から声がした。

見ると、隣に座っていた穂乃果と智哉が、俺の顔を覗き込んでいる。


「……いや、なんでもない」


俺は、視線を窓の外に戻したまま、短く答えた。だが、こいつらにそんな誤魔化しが通用するはずもなかった。


「あっ! 今の間! 絶対なにか隠したでしょ!」


「そうだそうだ! 水臭いぞ、輝流!」


穂乃果が、楽しそうに俺の脇腹をつつく。智哉も、穂乃果の隣の座席から身を乗り出して囃し立てた。

こいつらの、こういう距離感の近さが、時々ひどく面倒になる。


「はぁ……」


俺は、観念して、一つ大きなため息をついた。


「博物館で、結局俺が知りたかった『答え』は、得られなかったんだ」


その言葉に、二人はきょとんとした顔で、顔を見合わせた。


(…こいつは、自分が神鳴町の神…百貌様を見てしまったという可能性をまだ知らない。俺の考えすぎ……という事もあるかもしれないが……)


(念の為、調べておくべきだろう……この能天気にも困ったものだ)


俺は内心で毒づきながら、言葉を続けた。


「まぁ……そのなんだ。秋崎さんの家に、もう一度行こうと思ってな」


その瞬間、二人の表情から、楽しげな色がすっと消えた。

バスが、がくん、と揺れる。


「次、停まります」というアナウンスだけが、俺たちの間に生まれた重い沈黙の中を、滑っていった。


「…ほんとに、行くの…?」


先に口を開いたのは、穂乃果だった。その声は、不安そうに揺れている。

智哉は、何も言わない。さっきまでのはしゃぎっぷりが嘘のように、穂乃果の隣の座席に座り直し、ただ黙って、俯いている。


あの時の……霊を見てしまったと言う出来事が、また智哉の脳裏に蘇っているのかもしれない。

俺は、そんな二人の反応に、ただ、ゆっくりと頷いて見せた。


……秋崎 叶の魂は、確かに俺たちの手で解放された。


だが、それは、無数の謎の、たった一つに答えが出たに過ぎない。

婚約指輪を手に、幸せの絶頂にいたはずの叶さんの死。あれは本当に、ただの自殺だったのか?


その一年後、後を追うように命を絶った恋人。


そして……両親の、不審な死。


(そうだ、まだ何も解決していない。これらの悲惨な事件には……なにかが隠れているかもしれないんだ)


俺は、窓の外に流れていく、見慣れた町の景色から、目を離さなかった。


***


バス停に降り立った俺たちの肌を、西日が気だるげに撫でていく。

結局、穂乃果と智哉は、何も言わずに俺の後をついてきた。三人分の長い影が、アスファルトの上を滑っていく。

その、どこか重苦しい沈黙に耐えかねたように、俺は、振り返らずに言った。


「お前らまで、本当にこなくていいぞ?」


「心配なんだってば!」


すぐに、穂乃果の少し怒ったような声が返ってくる。

少し遅れて、智哉が、震えを押し殺したような声で続けた。


「…こえーよ。……こえーけど……。置いていかれるのは、もっと辛いって分かったから…。俺も、行く」


その言葉に、俺はただ、「そうか」とだけ短く返した。

もう、何も言うまい。こいつらは、ただの傍観者じゃない。俺と、同じ当事者なんだ。

俺たちは、見慣れた住宅街を抜け、田んぼ道へと続く、あの角を曲がった。

あの、古びた三階建ての家が、あるはずの場所へ。


そして、次の瞬間。


俺と穂乃果は、絶句することになった。


「…………え?」


穂乃果の口から、掠れた声が漏れた。

智哉も、息を呑んで、その場に立ち尽くしている。


家が、ない。


この間まで、確かにそこにあったはずの、秋崎叶の家が。

まるで最初から何もなかったかのように、跡形もなく消えてしまっていた。


そこにあるのは、雑草が生い茂る、ただの空き地だけ。

解体作業の痕跡も、更地になったばかりの土の匂いもない。ただ、昔からずっとこうでした、と言わんばかりの、静かな空き地が、夕日に照らされているだけだった。


「う、そ…でしょ…? なんで…? あったよね、ここに、家…!」


穂乃果が、半ばパニックになりながら、俺の腕を掴んだ。

俺は、その言葉に答えることができなかった。冷静でいようとする意識とは裏腹に、頭の中が、猛烈な速度で回転を始める。


(どういうことだ…? この数日のうちに、建て壊されたのか…?)


(いや…。だとしたら、あまりに綺麗すぎる。重機が入ったような跡もない。それに…)


脳裏に、あの家の感触が蘇る。軋む床、黴の匂い、指先に触れた、冷たいドアノブの感触。


(…それはない。俺たちが入ったあの家は……なんだったんだ?)


幻だったとでも、いうのか。

俺と穂乃果の二人で同時に見た、集団幻覚だと?

俺たちが見て、触れて、探索したあの家は。

あの家は、一体、なんだったんだ…?

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