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第28話 印


「ど、どうしてそれを……」

俺の口から、やっとのことで絞り出されたのは、そんな間抜けな質問だった。

和正さんは、その落ち着いた表情を崩さないまま、静かに説明を始めた。


「君から流れている気配が、普通の人とは違うんだよ。なんて言うのかな…私たち人間には『気』と呼ばれるものが存在していてね。なんとなくではあるが…」


「視える人と視えない人とでは、その雰囲気が違うことが分かるんだ」


和正さんは、そこで一度言葉を切り、ふっと息をついた。


「まぁ……それは本当なんだが、一番の理由は、私の知り合いがね、君と穂乃果ちゃんにこれから起きるであろう出来事を、予測して話してくれたからなんだ」


知り合い…? 俺の頭の中に、疑問符が浮かび上がる。


「ほら、前にさ、秋崎さん? の家の前にいた、男女の二人組が声を掛けてきただろ?」


隣にいた智哉の言葉に、俺ははっとした。


「ああ…! あの不思議な大人たちか」


「ふふ、そうそう。櫻井悠斗さんと櫻井美琴さんというご夫婦でね。あのお二人は、特異な御方なんだ。私らなんかとは比べ物にならんくらいの、霊能力者なんだよ」


その言葉に、すとん、と胸の内で何かが繋がった。


「なるほど……失礼かもしれませんが、何となく、わかりました」


そうか。だからあの二人は、在ったはずの家が消え、無かったはずの家が在ったことに、何の動揺も見せなかったのか。あれは、彼らにとっての日常だったんだ。


「その悠斗さんからの伝言なんだが……驚かないで、聞いてくれるかい?」


和正さんの声が、一段と低くなる。


「はい」


俺は頷いた。今更、何を驚けというのか。この数週間で、これ以上ないほどの異常を、この目で見てきたつもりだ。


「君は、呪われてしまっている」


その言葉を、俺の脳が、意味のある文章として理解するのに、十秒ほどかかってしまった。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ!父ちゃん!」


俺より先に、智哉が声を荒らげた。


「輝流が呪われてるって、どういう事だよ!?」


「悠斗さんが言うには、『輝流君からは、強力な呪いの気配がした』と。……それで、輝流君。これも、隠さずに話して欲しい」


和正さんが、俺の目をまっすぐに射抜く。


「君は……涙型の、黒い石を知っているかい?」


今も、右のポケットに入っている、あの石。


「……はい。今も、持ってます」


俺は、ポケットから小さな巾着袋を取り出し、その中に入っていた黒い石を、和正さんへと差し出した。


和正さんは、それを受け取らず、ただ、悲痛な表情で見つめた。


「……間違いない。それが、呪いの印だ」


「父ちゃん!! 輝流は大丈夫なのか!?」


智哉が、悲鳴のような声を上げる。


「……正直、私にはわからん。だが、悠斗さんは私にこう告げたんだ。『それを見ても、決して焦ってはいけない』と。だからきっと……大丈夫、なのだろう」


そう言う和正さんの声が、僅かに、震えていた。


「私も、悠斗さんから前もって聞いていなければ、今頃、大混乱していただろうね…」


和正さんは、一度目を伏せ、そして、最後の宣告を告げた。


「輝流君。それはね、君が『神の所有物』になってしまったという、印でもあるんだ」


神の……所有物?


和正さんの言葉が、頭の中で意味もなく反響する。俺は、ただぽかんとしてしまった。


「それは、『百貌様』に選ばれた者の印、ということだよ」


その言葉を聞いた直後だった。

今まで感じたことのない種類の、焦燥感にも似た何かが、腹の底から、一気に込み上げてきた。

自分のことなど、どうでもいい。それよりも。


「……! 穂乃果は……!? 穂乃果にも何か起こるって、あの人たちは言ってたんでよね!?」


俺は、思わず身を乗り出していた。


「…………」


和正さんは、痛ましげに、すっと目を伏せた。


「……穂乃果ちゃんは、その百貌様の『巫女』に、選ばれてしまったそうだ」


巫女……?


「そ、それは……一体、どういう…」


「これも今、悠斗さんと美琴さんが君たちを助けようと、解決策を立ててくれているところなんだが……」


和正さんは、ひどく、言いにくそうに続けた。


「要するに、『生贄』ということだよ」


生贄。


その二文字が聞こえた瞬間、俺の頭の中は、真っ白に染まってしまった。


「ま、ま、待ってください……。穂乃果が……穂乃果が、生贄……?」


声が、震える。


「……そうだ。だが、巫女に選ばれてから、完全に巫女となるのには、時間が掛かるらしい」


「それは……どのくらい、なんですか……」


俺は、祈るような気持ちで尋ねた。


「一年だ」


「っ……!!」


その、あまりに短い猶予期間に、俺は言葉を無くした。


「その間に、君と穂乃果ちゃん、どちらとも助ける術を必ず見つけなければいけない、と。悠斗さんたちは、そう言っていた」


「そう……ですか……」


脳裏に、葵の二の舞になる穂乃果の姿が浮かび、全身の血が凍るようだった。


「きっと、そのうちお二人から君に、直接連絡が来るだろう。それまで、決して自暴自棄にならないようにね」


和正さんが、そう釘を刺す。


(自暴自棄、か…)


そもそも、退屈な日常に絶望し、自ら破滅を望んだ結果が、これだというのに。皮肉なものだ。


「話を戻そうか。君が知りたいと言っていた『百貌様』は、あの神鳴山に住まう、荒ぶる神だよ」


和正さんの声が、再び厳かな響きを取り戻す。


「人を攫い、その魂を喰らい、そして、巫女を生贄とする……古来より、この土地で最も恐れられてきた神だ」


そして、和正さんは、最後の、そして、最大の謎を解き明かす一言を、静かに告げた。


「さらに言うと……数年前に、秋崎さんの一家が不審な死を遂げた事件があっただろう。あの命を奪ったのも、百貌様だ」


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