「ど、どうしてそれを……」
俺の口から、やっとのことで絞り出されたのは、そんな間抜けな質問だった。
和正さんは、その落ち着いた表情を崩さないまま、静かに説明を始めた。
「君から流れている気配が、普通の人とは違うんだよ。なんて言うのかな…私たち人間には『気』と呼ばれるものが存在していてね。なんとなくではあるが…」
「視える人と視えない人とでは、その雰囲気が違うことが分かるんだ」
和正さんは、そこで一度言葉を切り、ふっと息をついた。
「まぁ……それは本当なんだが、一番の理由は、私の知り合いがね、君と穂乃果ちゃんにこれから起きるであろう出来事を、予測して話してくれたからなんだ」
知り合い…? 俺の頭の中に、疑問符が浮かび上がる。
「ほら、前にさ、秋崎さん? の家の前にいた、男女の二人組が声を掛けてきただろ?」
隣にいた智哉の言葉に、俺ははっとした。
「ああ…! あの不思議な大人たちか」
「ふふ、そうそう。櫻井悠斗さんと櫻井美琴さんというご夫婦でね。あのお二人は、特異な御方なんだ。私らなんかとは比べ物にならんくらいの、霊能力者なんだよ」
その言葉に、すとん、と胸の内で何かが繋がった。
「なるほど……失礼かもしれませんが、何となく、わかりました」
そうか。だからあの二人は、在ったはずの家が消え、無かったはずの家が在ったことに、何の動揺も見せなかったのか。あれは、彼らにとっての日常だったんだ。
「その悠斗さんからの伝言なんだが……驚かないで、聞いてくれるかい?」
和正さんの声が、一段と低くなる。
「はい」
俺は頷いた。今更、何を驚けというのか。この数週間で、これ以上ないほどの異常を、この目で見てきたつもりだ。
「君は、呪われてしまっている」
その言葉を、俺の脳が、意味のある文章として理解するのに、十秒ほどかかってしまった。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!父ちゃん!」
俺より先に、智哉が声を荒らげた。
「輝流が呪われてるって、どういう事だよ!?」
「悠斗さんが言うには、『輝流君からは、強力な呪いの気配がした』と。……それで、輝流君。これも、隠さずに話して欲しい」
和正さんが、俺の目をまっすぐに射抜く。
「君は……涙型の、黒い石を知っているかい?」
今も、右のポケットに入っている、あの石。
「……はい。今も、持ってます」
俺は、ポケットから小さな巾着袋を取り出し、その中に入っていた黒い石を、和正さんへと差し出した。
和正さんは、それを受け取らず、ただ、悲痛な表情で見つめた。
「……間違いない。それが、呪いの印だ」
「父ちゃん!! 輝流は大丈夫なのか!?」
智哉が、悲鳴のような声を上げる。
「……正直、私にはわからん。だが、悠斗さんは私にこう告げたんだ。『それを見ても、決して焦ってはいけない』と。だからきっと……大丈夫、なのだろう」
そう言う和正さんの声が、僅かに、震えていた。
「私も、悠斗さんから前もって聞いていなければ、今頃、大混乱していただろうね…」
和正さんは、一度目を伏せ、そして、最後の宣告を告げた。
「輝流君。それはね、君が『神の所有物』になってしまったという、印でもあるんだ」
神の……所有物?
和正さんの言葉が、頭の中で意味もなく反響する。俺は、ただぽかんとしてしまった。
「それは、『百貌様』に選ばれた者の印、ということだよ」
その言葉を聞いた直後だった。
今まで感じたことのない種類の、焦燥感にも似た何かが、腹の底から、一気に込み上げてきた。
自分のことなど、どうでもいい。それよりも。
「……! 穂乃果は……!? 穂乃果にも何か起こるって、あの人たちは言ってたんでよね!?」
俺は、思わず身を乗り出していた。
「…………」
和正さんは、痛ましげに、すっと目を伏せた。
「……穂乃果ちゃんは、その百貌様の『巫女』に、選ばれてしまったそうだ」
巫女……?
「そ、それは……一体、どういう…」
「これも今、悠斗さんと美琴さんが君たちを助けようと、解決策を立ててくれているところなんだが……」
和正さんは、ひどく、言いにくそうに続けた。
「要するに、『生贄』ということだよ」
生贄。
その二文字が聞こえた瞬間、俺の頭の中は、真っ白に染まってしまった。
「ま、ま、待ってください……。穂乃果が……穂乃果が、生贄……?」
声が、震える。
「……そうだ。だが、巫女に選ばれてから、完全に巫女となるのには、時間が掛かるらしい」
「それは……どのくらい、なんですか……」
俺は、祈るような気持ちで尋ねた。
「一年だ」
「っ……!!」
その、あまりに短い猶予期間に、俺は言葉を無くした。
「その間に、君と穂乃果ちゃん、どちらとも助ける術を必ず見つけなければいけない、と。悠斗さんたちは、そう言っていた」
「そう……ですか……」
脳裏に、葵の二の舞になる穂乃果の姿が浮かび、全身の血が凍るようだった。
「きっと、そのうちお二人から君に、直接連絡が来るだろう。それまで、決して自暴自棄にならないようにね」
和正さんが、そう釘を刺す。
(自暴自棄、か…)
そもそも、退屈な日常に絶望し、自ら破滅を望んだ結果が、これだというのに。皮肉なものだ。
「話を戻そうか。君が知りたいと言っていた『百貌様』は、あの神鳴山に住まう、荒ぶる神だよ」
和正さんの声が、再び厳かな響きを取り戻す。
「人を攫い、その魂を喰らい、そして、巫女を生贄とする……古来より、この土地で最も恐れられてきた神だ」
そして、和正さんは、最後の、そして、最大の謎を解き明かす一言を、静かに告げた。
「さらに言うと……数年前に、秋崎さんの一家が不審な死を遂げた事件があっただろう。あの命を奪ったのも、百貌様だ」