「秋崎さんたちの命を奪ったのも……百貌様……」
俺は、和正さんの言葉を、ただ繰り返すことしかできなかった。
「そうだ。百貌様を見たもの、選ばれたものは、例外なく死ぬ」
その言葉が、俺の記憶の引き金を引いた。踏切で、絶望に濡れた瞳で俺を見ていた、秋崎叶さんの姿。彼女が遺した、悲痛な叫び。
『なんで……私が……』
あの言葉の意味が、今、ようやく分かった。
叶さんは、自ら望んで踏切に飛び込んだんじゃない。百貌様という悪神に唆され……あるいは、抗えぬ力で、自殺させられたんだ。
その、あまりにも理不尽な答えを知った瞬間、俺の頭を埋め尽くしたのは、一人の少女の顔だった。
「っ……穂乃果……!」
そうだ、穂乃果も、選ばれてしまった。
俺の焦りを読み取ったように、和正さんが重い口を開く。
「……悠斗さん曰く、そのうち穂乃果ちゃんにも、死んだものたちが見えるようになるはずだ、と。そこから、一年間が、巫女としての刻限だそうだ」
「……それを止めるには、どうすれば?」
「すまない……それは、まだ私にも分からんのだ。」
「だが、必ず悠斗さんと美琴さんが、君たちを助ける手立てを見つけてくれるはずだ。なんといっても、彼らは『結び屋』という、その世界ではかなり有名な霊能力者だからね」
『結び屋』。
その言葉に、ほんの少しだけ、俺は胸を撫で下ろした。
だが、それと同時に、腹の底から、新たな決意が湧き上がってくる。
(でも……俺にも、出来ることがあるはずだ。あの人たちに、頼ってばかりではいられない)
「さて、私から話せるのは、これくらいだ。なにせ、百貌様という神については、情報があまりにも少なすぎる」
「そうだ……和正さん、『山坐神(やますわるのかみ)』って、ご存知ですか?」
「山坐神? それはまた、どこで知ったんだい?」
「秋崎さんの家で見つけた、古い手記に」
「なるほど……山坐神、か」
和正さんは、少し考えるように天井を見上げた。
「確か……慈悲深い神だと、言い伝えられていたみたいです」
「ふむ。神鳴山には、もともと人を守る神がいた、とされている。だが、それはあくまで御伽噺だ。私がより信用している古文書には、あの山の神は、もともと酷く荒ぶる神だったと記されている。だから、その山坐神自体が、後世の人間が作り出した、願望の産物……つまり、作り話である可能性も否めないね」
「なるほど……。わかりました、ありがとうございます」
これ以上の情報を得ることは、難しそうだ。
「それじゃあ、そろそろ葬式の時間なので……」
俺が、痺れた足に活を入れ、正座から立ち上がると、和正さんへ深くお辞儀をした。
「教えて下さり、ありがとうございました」
「力になれず、すまない……。だが、君たちの無事を、私は心から祈っているよ」
和正さんは、そう言うと、逆に深々と頭を下げた。
「これからも、智哉をよろしく頼むね」
「はい」
「じゃあ、行こうぜ、輝流!」
重くなった空気を振り払うように、智哉が俺の背中を押し、俺たちはその部屋を後にした。
***
俺たちは、無事に葬儀場へと到着した。
重たい扉を開けると、むせ返るような線香と菊の花の匂いが、俺たちを出迎えた。
智哉と連れ立って足を踏み入れた先、葬儀場は、悲しみを体現したかのような黒と白の色で満ちていた。静かに嗚咽を漏らす大人たち、俯いたままのクラスメイトたち。その中で俺は、同じように礼服に身を包み、ぽつんと佇んでいる穂乃果の姿を見つけた。
俺は、彼女の隣に、静かに立つ。
「……大丈夫か」
「うん……。心配してくれて、ありがと……」
赤く腫れた目で、穂乃果は弱々しく微笑んだ。だが、その笑顔は、今にも壊れてしまいそうなくらい、儚かった。
そんな、簡単な会話を済ませると、俺たちの視線は、自然と祭壇の中央へと吸い寄せられる。
棺の中には、安らかな、とは到底言えない、真っ白な布で覆われた、雪峰の姿があった。クラスメイトたちの話では、彼女の亡骸は、家族の意向で、誰にも顔を見せられない状態なのだという。
Nothi
やがて、俺たちの番が来る。
葬式の作法に則り、静かに前へ進み、香炉の前に座る。抹香を指でつまみ、静かに炭の上へ落とす。立ち上る紫の煙に、俺は、ただ葵の冥福を祈ることしかできなかった。
俺が静かにお香をあげ、自分の席に戻った、その時だった。
『なんで……なんで、こんな事になったの……』
凛と張り詰めた葬儀場の空気の中を、鈴が鳴るような、か細い声が滑り抜けていった。
それは、マイクも通していないのに、鼓膜の奥で直接反響するような、奇妙な声だった。
俺は、ばっと、声がした方角……部屋の隅にある、大きな窓の方を見た。
他の誰も、気づいていない。
すると、そこには。
窓ガラスの向こう側から、俺たちのいる室内を、じっと覗き込んでいる、雪峰の姿があった。
制服はズタズタに引き裂かれ、肌も、髪も、その全身が、川の水で濡れそぼった、どす黒い血でまみれていた。
その瞳は、ただ、悲しそうに揺れていた。