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第34話 夏休みの旅行計画


翌日の夜。


学校から帰宅した俺は、制服のまま、ベッドに身体を投げ出していた。


ここ数日、あまりにも多くの事を知りすぎた。頭が、心が、その情報量に追いついていない。重い疲労感だけが、全身にまとわりついていた。


そんな時、枕元に置いていたスマホが、けたたましい着信音を鳴らした。


画面に表示された名前は、『智哉』。

俺は、気怠げにそれを手に取り、通話ボタンをスライドさせた。


「……はい、もしもし」


『よっ! 輝流、おつかれ〜!』


スマホのスピーカーが割れんばかりの、相変わらず元気な声が鼓膜を叩く。


「……なんか用か?」


『輝流に、最高の提案があるんだ!』


智哉の声が、やけに弾んでいる。


『ここんところさ、気が滅入る事ばっかりだっただろ? それに、もうすぐ夏休みだ。だからさ、四人で旅行に行かないか?』


「……悪くないと思うけどな。四人って、あと一人、誰だよ?」


『実はさ、そんな気の利いた事を考えたのは……燈子とうこなんだよな…』


──燈子。


その名前に、俺は一瞬、思考を停止させた。


そういえば、智哉に妹がいた、という事実さえ、絡みがすっかり無くなっていたせいで忘れかけていた。


ただ、一つだけ、問題があって……。それは、あいつの行動が、常軌を逸しているほど、はちゃめちゃなのだ。本当に、あの物静かな和正さんの娘で、この寺育ちか…?と、疑いたくなるほどに。


「なる…ほどな…」


俺は、なんとも言えない、絶妙な反応しか返せなかった。


『まぁ…そんな反応になるよな…』


智哉が、電話の向こうで苦笑しているのが分かった。


『相変わらず、ぶっ飛んでてさ。つい先日も、朝方にふらっと帰ってきたんだよ。「お前どこ行ってたんだ?」って聞いたらさ、「県外の、割と有名な心霊スポットでキャンプ建てて、泊まり込んできた」って言うんだぜ!?』


「そ、そうか」


『さらによ、「死んだ皆が、寂しくないように」って、線香代わりに花火を持ち出して、夜通し打ち上げてきた、とか』


論理的には、ともかく。その優しさは、本物……なのか?


「お、おう」


『それになんか昨日、通販でヘンなもん頼んだらしくてさ、「それも使いたいし、旅行行こう!」って話だ』


「使いたい…? それで旅行???」


『俺にも、あいつの事がよくわかんねぇんだよな』


「ま、まぁ、話はわかった。今から穂乃果にも電話で聞いてみる」


『おう! 頼んだぜー!』


快活な声と共に、一方的に通話が切れる。


俺は、ため息を一つついてから、穂乃果の電話番号をタップした。

数回のコールの後、聞き慣れた声が聞こえる。


『もしもし?』


「おつかれ」


『輝流から電話なんて、めずらしいね?』


その声音は、数日前の、か細く弱々しいものではなかった。いつもの、明るい穂乃果の声だ。


(……よかった)


雪峰との最後の会話は、ちゃんと、あいつの心を救ってくれたようだ。


「その、かくかくしかじかなんだが…」


俺は、智哉からの破天荒な提案を、要約して穂乃果へと伝えた。


『つまり、夏休みが近いから、みんなで旅行に行こうって話だね!?』


「そうそう」


『いいんじゃない!? とっても素敵だと思う!』


確か、穂乃果は燈子と直接の面識は無いはずだ。

だが、もともとコミュニケーション能力が高い穂乃果だ。特に心配事はないだろう。


「まだ、どこに行くかは決まってないんだが……行くか?」


『うんっ!!!』


スマホの向こうから、心の底から楽しそうな、穂乃果の弾けるような声が聞こえてきた。


それから俺は、通話を終えたスマホを、ぽすりとベッドに放り投げた。


心の底から、良かったと思う。穂乃果の、あの心からの楽しそうな声を聞けたのは、久しぶりに感じられたからだ。


そんな安堵に浸っていた、その時だった。


再び、手元でスマホが短く震える。着信だ。

画面に表示された名前は、今しがた電話を切ったばかりの、『穂乃果』だった。


……なんだ?


俺は、再び通話ボタンをタップする。


『すぐに電話かけ直しちゃって、ごめんね…!』


電話の向こうの穂乃果の声は、さっきとは違う、切迫した響きを帯びていた。


「大丈夫だ。どうした?」


『輝流……おじいちゃんの書斎で見つけちゃったんだ……』


穂乃果の声が、震えている。


『輝流が持ってる、あの黒い石……あれ、呪いの証なんだって……』


ああ、そうか。


穂乃果には、自分が呪われているとは言わなかったが、結果として、彼女自身の力でその真実にたどり着いてしまったようだ。


『輝流……なんか、身体におかしなこととか、ないの…?』


「ああ。今の所、霊が視えるようになったことくらいしか、特にないな」


『そ、そう……』


明らかに、電話の向こうで彼女が安堵と不安の入り混じった息を吐くのが分かった。


「……心配するな、穂乃果。俺は、この呪いに対しても、恐怖は感じてない」


『輝流はそうでも、私は怖いよ……! 輝流に……なにも、起きないよね……?』


その、心からの不安が込められた声に、俺は、ごく穏やかな声音で、こう告げた。


「……ありがとう」


「俺のこと、そんなに心配してくれて、嬉しいよ」


「でも、本当に、心配しなくて大丈夫だ。櫻井さん夫婦が、穂乃果の巫女問題と同時に、俺の問題も解決する方法を、探してくれてるらしいから」


『そっか…。あの人たちなら、きっと助けてくれるよね……!』


「ああ、間違いない」


『あっ、でね! なんだか、その黒い石には、呪い以外にも、何か別の役割があるみたいなの』


「役割?」


『それが何なのか、詳しい事はまだ分からないんだけど……。もう少し、調べてみるね!』


その、健気な姿が目に浮かぶようだった。

俺の口元から、自分でも気づかないうちに、ふっと、柔らかい笑みが零れた。


「ああ、ありがとう。頼りにしてるよ」


電話を切った後も、俺の胸の中には、じんわりと温かいものが、確かに残っていた。





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