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逆さの庭で、世界は息をする ~逆立ちで領地開拓してみた
逆さの庭で、世界は息をする ~逆立ちで領地開拓してみた
彗星愛
異世界恋愛ロマファン
2025年08月18日
公開日
5,294字
連載中
逆立ちしているあいだだけ土が目を覚ます。足首を支える“相棒”と一緒に、眠った土地と人の気持ちを起こして歩く旅。笑いは少し、温度は多め。恋はしない——はず、の異世界スロー。 <あらすじ詳細> 土に手をつき、逆立ちしている間だけ地面が反応する——奇妙な技を持つアメリアは、各地の“眠った土地”を起こす仕事人。 条件はひとつ、足首をそっと支える相棒(支え手)が必要なこと。見物人、臆病者、偏見持ち、そして過去を抱えた誰か。毎回ちがう支え手と向き合いながら、点だった芽を線に、線だった日々を面に広げていく。派手な戦いはない。ただ、逆さにした世界で見える真実と、人が少し前を向く瞬間がある。 恋はアクセント。約束は「静かに、まっすぐ」

逆立ちで領地開拓してみた

第1話 本日の求人:足首を支える人

 この村の土は眠っている。

 雨が落ちても染みこまず、風が吹けば粉になって飛ぶ。去年は畑が丸ごと空振り。だから私が呼ばれた。土を起こす人として。


 やり方は見た目がバカみたいに簡単だ。逆立ちしている間だけ、手の下の土が反応する。今日のうちに“目に見える列”を作れ。できなければ前金は返す。次の依頼も飛ぶ。

 初任務にしては、要求がハードすぎる。出だしからピンチなのである。


***


 広場の板に紙を三枚貼る。

《支え手募集/静かで手が安定/報酬あり/見学可(静かに)》

〈接触は職務〉〈恋はしない〉〈見学は首だけ〉


 人だかりは、あっという間にできた。


「何を支えるの?」

「私が逆立ちしているあいだの足首。押さえ込まない。落ちないように止めるだけ」

「逆立ちすると、どうなる?」

「土が反応します。匂いが変わって、芽の出る準備に入る。でも私は、一人では逆立ちができません。だから支え手が必要」


「ほんとに?」と近くのおばさんが疑い顔をする。

「では逆立ちしますので、足首を軽く支えてください。決して押さえつけないで」


 私は段取りに入る。巻きスカートの内側のひもを引いて裾をひとまとめにし、七分袖を二つ折り。それから髪を一つに結び直す。


 地面に両手を置く。

 深呼吸ひとつ。足を上げる。世界がくるっと反転して、地面が顔に近づく。

 耳の奥の砂の音が、しんと落ち着いて、手のひらがぽかぽかと温かくなる。


 はい、と私は逆立ちを止めて、降りる。

 土の匂いが少し濃くなる。周りの空気がちょっと静まる。

これで、だいたい伝わるものだ。


「支えがあれば、続きます。今日中に小さな畑を一つ起こします。そうしなければ、私に明日はありません。どなたか、支え手になってくれる方はいませんか?」


「俺がやろうか」——口の軽そうな兄ちゃんが前へ。

「手、あったかいよ。ずっと握ってても——」

「不合格。接触は職務、恋はしない。今日は仕事」


 周りがクスッと笑って、すぐ落ち着く。

 続いて、肩幅の広い男が袖をまくる。


「がっちり固定してやる。足首なら、ぎゅっ、だろ?」

「違います。掴むと揺れが移る。止めるだけ。はい、不合格」


「応援に太鼓ならあるが?」と誰か。

「今日は静かなほど勝ちます。音は最後にまとめて」


 前に出る人が途切れた。支え手オーディション、受賞者なし。


 とりあえず、支え手は現地調達するとしよう。

 荷物をまとめると、パンを焼く匂い。

 視線の向こうに、白い洗濯物が風で揺れる。からん、と遠くで小さな鐘。静けさは、こちらの味方だ。


「現場は丘のふち。見たい人はロープの外で首だけ前へ。走らない、叫ばない。拍手は最後にまとめて」


 必要なのは“掴む手”じゃない。余計な力を乗せない手だ。

 その手が、まだ出てこない。——あとは運。待って来なければ、つまんで連れてくるだけ。

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