この村の土は眠っている。
雨が落ちても染みこまず、風が吹けば粉になって飛ぶ。去年は畑が丸ごと空振り。だから私が呼ばれた。土を起こす人として。
やり方は見た目がバカみたいに簡単だ。逆立ちしている間だけ、手の下の土が反応する。今日のうちに“目に見える列”を作れ。できなければ前金は返す。次の依頼も飛ぶ。
初任務にしては、要求がハードすぎる。出だしからピンチなのである。
***
広場の板に紙を三枚貼る。
《支え手募集/静かで手が安定/報酬あり/見学可(静かに)》
〈接触は職務〉〈恋はしない〉〈見学は首だけ〉
人だかりは、あっという間にできた。
「何を支えるの?」
「私が逆立ちしているあいだの足首。押さえ込まない。落ちないように止めるだけ」
「逆立ちすると、どうなる?」
「土が反応します。匂いが変わって、芽の出る準備に入る。でも私は、一人では逆立ちができません。だから支え手が必要」
「ほんとに?」と近くのおばさんが疑い顔をする。
「では逆立ちしますので、足首を軽く支えてください。決して押さえつけないで」
私は段取りに入る。巻きスカートの内側のひもを引いて裾をひとまとめにし、七分袖を二つ折り。それから髪を一つに結び直す。
地面に両手を置く。
深呼吸ひとつ。足を上げる。世界がくるっと反転して、地面が顔に近づく。
耳の奥の砂の音が、しんと落ち着いて、手のひらがぽかぽかと温かくなる。
はい、と私は逆立ちを止めて、降りる。
土の匂いが少し濃くなる。周りの空気がちょっと静まる。
これで、だいたい伝わるものだ。
「支えがあれば、続きます。今日中に小さな畑を一つ起こします。そうしなければ、私に明日はありません。どなたか、支え手になってくれる方はいませんか?」
「俺がやろうか」——口の軽そうな兄ちゃんが前へ。
「手、あったかいよ。ずっと握ってても——」
「不合格。接触は職務、恋はしない。今日は仕事」
周りがクスッと笑って、すぐ落ち着く。
続いて、肩幅の広い男が袖をまくる。
「がっちり固定してやる。足首なら、ぎゅっ、だろ?」
「違います。掴むと揺れが移る。止めるだけ。はい、不合格」
「応援に太鼓ならあるが?」と誰か。
「今日は静かなほど勝ちます。音は最後にまとめて」
前に出る人が途切れた。支え手オーディション、受賞者なし。
とりあえず、支え手は現地調達するとしよう。
荷物をまとめると、パンを焼く匂い。
視線の向こうに、白い洗濯物が風で揺れる。からん、と遠くで小さな鐘。静けさは、こちらの味方だ。
「現場は丘のふち。見たい人はロープの外で首だけ前へ。走らない、叫ばない。拍手は最後にまとめて」
必要なのは“掴む手”じゃない。余計な力を乗せない手だ。
その手が、まだ出てこない。——あとは運。待って来なければ、つまんで連れてくるだけ。