支え手がいないまま昼が近い。
日が傾いたら契約は飛ぶ。今日の稼ぎも、次の依頼も消える。
ロープの端の小さな旗が、金具に当たってカン、カンとうるさい。
人だかりの外から、無口そうな青年が一人だけ歩いてきて、指で棒の向きをほんの少し直した。音が止む。これは……。
「そこのあなた」呼び止める。「今日だけでいい。手を貸してください」
彼は一度だけこちらを見る。麦わらの影で目が読めない。
「……俺、畑に触ると不作になるって言われてて」
「触るのは土じゃなくて私。あなたは足首にそっと。爪は立てない、くすぐらない。あと見つめない、息は下へ」
「息?」
「かけられると笑って転びます」
ほんの少し、彼の口元がゆるむ。
「今日だけ、ですね」
「そう。名前は?」
「サク」
「私はアメリア。向こうの丘でやる前に、ここで十秒だけ試しましょう」
広場の端に土の空き地。いつものように、すそを留め、手袋を外して両手をついた。
「冷たい手は好きじゃないけど、冷たいなら先に触って慣れさせて」
足を差し出すと、サクが気まずそうにうなずき、そっと足首に触れる。背筋がびくっとした。
「……冷たいです。次はもう少し温かく」
「すみません」
深呼吸をひとつ。私は足を上げる。世界がひっくり返って、地面が目の前。
サクは適度な力で触れる。視線は落ちたまま——この格好だと、合いそうで合わない。悪くない。
指先にゆっくり重心を送ると、土の軽さがちょっとだけ重くなる。十まで数えて降りる。
サクは手をパタパタさせて、視線を落としたまま問う。
「どうでした?」
「落ちなかった。それで十分です。あなたでいけそう」
彼は小さくうなずく。麦わらの影で表情は分からないが、嫌ではなさそうだ。
「本番は丘のふち。見学はロープの外。あなたはそっと、息は下へ」
「……分かりました」
歩き出す。サクの足音は小さく、歩幅もちょうどいい。
旗はもう鳴らない。風は同じなのに、広場が少しだけ仕事に向いて見えた。