視界の端でヒーロー三人が吹き飛んでいる中、俺の思考はボーナスの事でいっぱいだった。
───何故、このタイミングで?
ボーナスを貰えると言っても浮かれてはいない。嬉しい事は嬉しいが、どうしても疑念が消えない。
「⋯⋯⋯⋯」
ボーナス───賞与とも呼ばれる会社が従業員に対して、毎月の給与とは別に支給する一時金の事で、俺が組織に加入するきっかけとなった求人にも賞与の事は記入してあった。
記入内容は『年二回、賞与月数5.00ヶ月分』だった筈だ。賞与が高過ぎて怪しさ満点ではあったが、貯金残高が俺から選択肢を奪った。それはまぁいい。
───話と違う。
怪人細胞に完全適合し、マッドサイエンティストに改造された後で俺は改めてボスと対面した。その席で求人はエサではあったが、俺には求人票の記載通りに報酬を───給料を払うと言われ契約した。これに関しては書面としても残してある。
賞与についてもどのタイミングで貰うのが嬉しいかとボスから相談され、一般的には夏季と冬季で払われる事が多いと答えた。
怪人にされた直後だった事もおり、給与も払われないだろうし賞与もないだろうと諦めていたが、普通に給料は払われたし、組織に加入して間もなかったにも関わらず冬季のボーナスが払われた。しかも五ヶ月分。高待遇過ぎて気持ち悪かったのを覚えている。
ボスが俺の意見を参考にしていたのであれば、次のボーナスは夏季───6月下旬から7月上旬頃になる。4月だとすれば随分と前倒しな気もするな。『
以前、マッドサイエンティストが言っていたな。給与であったり、定時であったり、本来『ベーゼ』に存在しなかった労働環境を整えたのは俺の心を得る為だと。
他の怪人同様に操る事が出来ればそんな面倒な手を取らずに済んだだろうが、俺の場合は個が過ぎてボスに心を囚われなかった。操れないと判断したボスは報酬というエサを与える事で、行動を制御した訳だ。
それにしたって高待遇すぎるがな。
話を戻そう。俺が懸念しているのはこのままボーナスを貰い行って大丈夫なのかと言う事だ。
俺の予想通りに夏季に渡すと言われていれば素直に喜んだが、今回に限っていえばタイミングがあまりに悪い。
マッドサイエンティストの口からボスがウルフに嫉妬している、なんて聞かされた後というのも不味いな。なんというか、ウルフに嫉妬してどうにか俺の好感度を稼ごうとボーナスを渡そうとしている、そんな風に映る訳だ。構図が最悪すぎるな。
この際、好感度稼ぎにボーナスを渡されるのは良い。お金はいくらってあってもいいからな。怖いのは
「まぁ、なるようになるか」
所詮は予感だ。そうならない可能性も十分にある。一応、必要かどうかは不明だが保険として『超小型瞬間移動装置』をマッドサイエンティストから受け取っておこう。
一度しか使えず親機にしか飛ぶ事が出来ない装置だが、スーツのポケットに収まるサイズまで小型化に成功している。隠して持っていくにはもってこいだ。
───ん?
「シャインレッドが増えている?」
気付かないうちにヒーロー数が四人になっており、先程まで優勢だった戦いが五分五分に、いや僅かだがウルフが押されている。
サンシャインの中で最も強いシャインレッドが加われば戦況が逆転するのはまだ分かるのだが、問題なのはどうやって来たかだ。瞬間移動移動装置の転移先のビルには俺がいた。機械が起動すれば直ぐに分かる。近くにいたのか? それにしては到着が遅かった⋯⋯。
気になる点は多いが、今は記憶に残している程度でいいだろう。
「こちらクロ。交戦中のウルフがヒーローに押されている」
戦況について報告を上げると何故かボスの嬉しそうな声が聞こえた。嫌いな相手な苦境に喜ぶのはいいが、それは心に留めろと強く思う。ゲームのようにボスに対する好感度があるとすれば0を通り過ぎてマイナスに到達しようとしているだろう。
出会った当初はまだ印象は良かったんだがな。接していく内にダメな部分が目立つようになった。
───嫉妬心や独占欲。見た目と同様に子供のように感じる。実年齢はマッドサイエンティストと変わらない筈だが⋯⋯。
「流石に不味いか」
シャインレッド一人が加わるだけでここまでウルフが押されるとは思っていなかったな。俺とマッドサイエンティストの見解ではサンシャインのヒーロー共なら5人くらいまでなら束になっても倒せると思っていた。ヒーローに対する認識が甘かったか。
キーとなっているのはあのヒーロー。
「金持ちサポート!!!」
前線が増えたせいでシャイングリーンにまで攻撃の手が回らず、好きなように動かれている。個としては強くはないが、サポートに回すと面倒なタイプだった訳か。⋯⋯早めに消しておくのが吉か。
「ウルフの加勢に入る」
───ボスに連絡を入れれば、『ウルフの実力なら加勢しなくても問題はない。クロはその場で待機し戦況を報告せよ』と返ってきた。いくら嫌いとはいえ、露骨な嫌がらせに好感度が更に下がる。
「ウルフならヒーローを倒す事も可能でしょうが、万が一はあります。上司として部下を助けるのも務め。加勢の許可を」
『部下の力を信じるのもまた上司の務めだと我は考えている。ウルフを信じてやったらどうだ?』
「ならばボスも上司として、部下の選択を信じて頂きたい」
『だが⋯⋯』
それでも尚食い下がるボスに、何もせずにウルフを失う事になれば自分の事を嫌いになると伝えた上で、辞職をほのめかすと速攻で許可をくれた。面倒な上司だな。
一先ず許可は得た。無駄なやり取りをしているせいで、ウルフはヒーローたちの攻撃で負傷してしまった。不出来な上司ですまないと心の中で謝罪しながら、敵であるヒーローを見定める。
狙いはシャイングリーン、可能ならシャインホワイトまで殺しておきたい。この二人を殺す事が出来ればサンシャインの戦力は大きく減少する。俺自身が現場に出なくても相性次第では怪人だけでサンシャインの相手を出来るようになるだろう。
ウルフに加勢する為に屋上から飛び降り、衝撃を殺す事をせず着地すると大きな音と共に舗装されて道路が割れた。
「あれは!!!」
「先輩!」
この場にいる5人の視線が俺へと釘付けになった。反応は
敵意は感じるが、ヒーローたちからは戦意を感じない。いや、一人だけあるな。
「お前はだけは許せへんのや!!」
シャインイエローからは全身を突き刺すような敵意とぶっ倒してやるという強い思いを感じる。
シャインホワイトが後ろから羽交い締めして、動きを止めていなければ突っ込んできていただろう。
「待つんだ貧乏イエロー!」
「誰が貧乏や!ぼてくりまわすでホンマ!」
止めているのか、バカにしているの判断に困るシャイングリーンの制止にシャインイエローがブチ切れ、そうこうしている間にシャインレッドが加勢し、二人がかりでシャインイエローを担いで逃げていく。
シャインイエローの『離せや!』『変なところ触んな!』という声が遠いのいていく中、一人残されたシャイングリーンに俺とウルフの視線が集中する。
「そこの怪人!お前は『
「誰の事を指している?仮面をつけている者はこの場に二人いるぞ!」
「ややこしくするな貧乏怪人め!とにかく!貴様との交戦は本部から禁止されている!この場は見逃してやるから去るがいい!!」
ウルフが怪人になったのは今日だ。『ヴレイヴ』の本部もまだ認知していないだろう。必然的にシャイングリーンが刺す『
それはまぁいい。ヒーローを殺し過ぎて異名か何かがついたんだんだろう。重要なのはサンシャインが俺との交戦を禁じられているという事。
日本にいるヒーローはサンシャインだけだ。彼らに戦闘を禁止にすれば俺を自由にするのと同じだ。俺の対処をする為に他国からヒーローが派遣される可能性がある。
「てめぇ、立場が分かってねぇのか!!」
思考を巡らせていると、不利な状況にも関わらず上から目線のシャイングリーンにウルフがキレていた。実力差は明白。一人取り残され、俺とウルフを二人同時に相手にする事は自殺行為に等しい。逃げるつもりか?それを許すほど俺たちは甘くないが。
「立ち去らないのであれば!金持ちである私が金にモノを言わせて帰還する!!」
アレは『超小型瞬間移動装置』か。
「一つ10億もするコレを容易に使えるのは私だけだ。さらばだ、貧乏怪人ども!」
ウルフが殴りかかろうとしたが止める。シャイングリーンが機械を起動する方が早いと判断したからだ。その判断が間違っていないと証明するように、既にこの場にはいない。
シャイングリーンが残した捨て台詞⋯⋯、アレ10億もするのか。値段を聞いて少し震える。マッドサイエンティストに幾つか貰って何も考えずに使っていたぞ。
聞くんじゃなかったな、これから使う度に10億という単語が頭を過ぎる事になるじゃないか。⋯⋯思わずため息が出た。
「ウルフ」
「はい!」
「最低限の仕事は完了している。ヒーロー相手に実戦を生き延び、実力を示した。初陣としては十分だ」
怪人の多くはヒーローとの戦いで敗れて殉職する。マンティスのように俺が介入しなければ生きて帰れない者の方が多い。中にはヒーローを倒して帰還する怪人もいるが、それも極わずかだ。
ヒーロー相手に、それも四対一という不利的状況でも生き延びた。それは評価してもいい。
初陣でこれなら実戦経験を積んでいけば十分すぎる戦力になるだろう。これから先に期待だな。
「先輩に褒められると悪い気がしないな。けど、次はヒーローを倒して見せるか期待して待っていてくれ!」
「そうか、なら次に期待しておこう。アジトに帰るぞ」
怪人用の素体として拉致した人間は27人。その内5人が悪人であり、怪人に変異する可能性が高いのはその五人だ。次の作戦は怪人を多く使う。
連れ帰った素体が怪人化する事を祈るとしよう。
───時刻は19時を回っており、定時通りアジトを退社した俺は馴染になっている『居酒屋立花』で食事を楽しんでいた。
「黒月さん、今日はやけに機嫌がいいね。何かあったかい?」
「部下が一人増えましてね。中々に優秀で」
「それは良かった!また職場の人が退職したとかで負担が増えていたと言っていたからね!優秀な人材が増えて黒月さんが楽を出来るといいね」
「そうですね。ただ仕事がキツイのか (人生の) 退職者が多くて。入ってきた部下が長く務めてくれる事を祈ります」
カウンター席で一人お酒を飲んでいると、店主であるバナさんが話しかけてきた。人当たりの良い笑顔に加えて、声もいい。本名は店名にもなっている立場さんという。常連客からはバナさんの愛称で呼ばれるイケおじである。
俺がこの店に良く訪れるのは料理が美味しいのもあるが、バナさんの人柄も大きいだろう。
それからしばらくバナさんとの会話を肴にお酒を楽しんでいると、レジの方が急に騒がしくなった。
バナさんの奥さんがお客さんの対応をしているようだが、何やら揉めているみたいだ。バナさんがこちらに断りを入れてからレジの方へ向かったので直ぐに騒ぎは治まるだろう。
と思っていたが。
「ええい!金持ちである私が食い逃げをすると思っているのか!支払いならカードですると言っているだろう!」
「申し訳ございません。先程から申している通り、うちの支払いは現金だけでして。お客さんが勘違いしないように店の入口にも大きく書いてあるのですが⋯⋯」
「それは貧乏人の都合だろう!金持ちである私がカードで払うと言っているのだ!どうにかしろ」
───どうやら面倒な客が来店していたようだ。声は違うが聞き覚えのある口調だな。