和人は、結局言われるがままに従いあの神気取りだか道化だか分からない女性の前からは消え、今はといえば傾斜が少しある程度の草むらで目が覚めていた。
これではまるで河川敷の草むらだ。
しかし、そう思わせるほどに現実的で土に触れた感覚もある。
……本当にここはゲームの世界なのだろうか?
「俺、本当に転生……したの、か?! なんじゃこりゃああ!!」
現代日本とそう変わらない感覚を地面に感じながら改めて目の前を見てみると、見たこともないような綺麗でどこか神秘的な建物に木造の民家、空を見ればドラゴンかワイバーンだろうか? 少なくとも鳥と呼ぶにはあまりに大きなものが飛ぶ、非現実的な空間が広がっていた。
もちろん、この街並みを行く者らも耳が長く魅惑の身体を持つエルフや、獣ぽさを残したまま二足歩行で歩く獣人などなど、現実ではまず見ないような光景を目にしてつい声を荒らげてしまう。
「おっといけないいけない。ここに来る時から雲行きが怪しいんだ、変に声を出して存在がバレでもしたら不味い」
「大声税とかむちゃくちゃなこと言われて徴収されるのはゴメンだぞ?」
そう、つい先程も異世界転生で課金の話が出たばかり。
ましてまだルールも何も理解していない状態で目立つようなことをすれば、所持金がなくなりかねない。
そう考え、今目の前に見える街からは一旦離れて、近くの森に身を隠すことに。
「追ってきてる感じはしない……。けど、ずっとここにいる訳にもいけないな」
街の近くとはいえ薄暗く、どこか獣臭さ漂うこの森で、魔物のひとつでも出てきそうだと考える。
実際その考えの通り、ガサガサとなにか音が聞こえてくる。
別にチートスキルがある訳でもなんでもない彼がこれ程勘に鋭いのは、何事も疑い深く、言動を細かく見聞きして真意を確かめる癖があるからだった。
今回だってさっさとクリアして現世に戻りたいという思いと未知の世界故の警戒心が和人の勘を鋭くさせているのだ。
またの名を"偶然"という。
「なにか来るな。よぉし、サブスクなんてなくても……!」
その辺にいくらでもころがってる枝を1本手に取ると、剣士の構えのごとく、それっぽく枝を両手で握る。
当然素人なので、構えも踏み込みも何もかも甘いから重心が取れておらず、視点すら右往左往する始末。
恐怖心から来る緊張感だろうか。
「焦らさずに出てこいよ! 怪物でもなんでも俺が成敗してくれる!」
そう言って虚勢だけ張る和人の前に出てきたのは、人間の両手に収まるほどしかない小さなサイズのスライムだった。
つぶらな瞳にスライムと言えばの透き通るような薄水色、某勇者ゲームに出てきてもおかしくない不定形なその容姿、何度でも言おう誰がどう見ようとスライムだ。
__???が現れたよ!
かと思えばよくあるテロップと同時に一言余計な言葉が紛れ込む。
しかも名前すら表記されていない。
「おいまて! どう見たってスライムじゃねーか! オレこの手のゲームやり込んでたから分かるぞ!! これならLv1相当の雑魚のはず。こういうのは、大体序盤の街のそばにいるしな!」
「あと余計な文字挟むな! しかも強調するな! 無料プランのとこだけ」
まるで現状無課金である自分が悪者じゃないか! と憤慨し各要素にツッコミを入れながら戦闘態勢にはいる。
律儀にもターン制のようで、こちらのターンからの始まりなのが幸運だった。
__???はぷるんとこちらの様子を見ているけど無料プランじゃ勝てないよ
「だーかーらー!! 絶対状況理解して逐一弄りに来るなっての! 」
本当このテロップ一言余計だなと呆れるくらい思いながらウィンドウを確認する。
「ええっとコマンドはと」
・戦える?
・特技ないよ
・アイテムないよ
・さっさと逃げろ
「……!!」
ゲームの割にやたらプレイヤーへの煽りが強いコマンド欄を写している空間に手が出そうになる和人。
耐えろ、耐えるんだ俺……。
そう自身を洗脳するように語りかけながらその場を凌ごうとする。
「戦えるかどうかじゃねぇ! たかが村スライムごとき! 銅の剣がなくても枝ひとつで!!」
「でやぁああ!!」
感覚がフルダイブ型VRMMORPG作品で描写される動きのような違和感を覚える和人は、決死の突撃切りをしようと目標に向け走り出す。
__???は0のダメージ! ???は泣いてしまいました、お前のせいですあーあ
「なんでやぁ!! 木の枝でもラスボス倒せるゲームあったんやぞ! RTAで見たぞ! ふざけんな!!」
どこかで聞いたネットミームに煽られながら、かすり傷ひとつ付いていない???の身体をみて怒りと同時に絶望した。
上手い人はただの木の棒でも強いのにと。
いやそこかよ!
なおRTAとはリアルタイムアタックの略で、現実の時間をタイマーとし、いかに早くゲームをクリアできるかという一種の競技である。
この競技ではゲームのバグ使用が認められたりすることもあり、和人のいう話はこれに該当するがそれはまた別の話。
__???の攻撃!
「やべ、回避しな……あれ? 動け……」
__一旦CMでーす。
「おぃいいい!!」
ソシャゲ界隈でよく見かける広告で邪魔しに来るタイプのゲームだこれ……と和人は内心思いながら仕方なく広告を見ることに。
ちなみに流れてるものと言えば、豪華プランの案内やスタータープランの案内、冒険者会員登録プランなど割と基本的な内容の広告が流れている。
なおスキップ不可で180秒、つまり大人しく3分待たなければならない。
しかもその間は一切操作出来ないのがお約束……。
__無料プランのゲストさんは5のダメージ!
__無料プランのゲストさんは10のダメージ!
と受けるダメージが5ずつ増えるのを合計20回は繰り返した。
合計ダメージなんて計算するのも億劫になるくらいただひたすらに殴られ続けていた。
そして自分のステータスすら確認取れず残存HPがどれだけかも分かるわけない和人がどうなったか……。
「やっと広告終わっ……やべ、視界が……」
__無料プランのゲストさんは力尽きてしまいました! パーティ全滅で250カン没収です
そしてこの手のRPGゲームでよくある所持金半減システムが無情にも働き、手持ちが大きく減らされた。
その事がよーく分かるらしく、同じ場所で目が冷めれば腰にいつの間にかあった小型のポーチから、1枚ずつの五芒星が描かれた金色の硬貨が天に消えていく。
目が覚めたその瞬間から減額されるらしい。
なんと鬼畜なシステムだろう。
「なんっっだこのクソゲーはぁあ!! ええいっ! そっちがその気なら俺だって意地でも……!」
「いやまて、プライドに負けていいのか? 今ここでサブスクなんて登録したらズブズブ沼にハマるぞ……。しかも俺学生だったからクレジットカードねぇし……」
楽天カードならば学生でも作れはするのだが、働いてた訳でもない和人にそんな発想は生まれなかった。
「しかし四の五の言ってらんねぇ。生き返る前に干からびて死ぬなんてごめんだぞ」
様々な葛藤と、どう見てもスライムなそれにボコボコにされボロボロになった上着たちを目で見つつ空腹で音がなるお腹をさすりながら街中にはい……ろうとして門番に止められる。
「おめぇ見たことねぇ面だな。この辺のもんじゃねーだろ、 どこの国出身だ?」
「……日本ですが」
「日本? そのような国は聞いた事ないが……まぁいい、我らが知らぬだけで存在する異国なのじゃろう」
「どっちみち入場料100カン、払ってもらうぜ」
「(やっぱり来たよ! こうなると思った!)」
今までの流れを経験した上でこれを言われると"そうですよね知ってた"と内心で言わざるを得ない。
値引き交渉ができるなら試してみたいところだがと色々思考する。
「……わかった。100カンだな?」
正直不本意だが入場料として大人しくお金を払うことにした。
これはサブスクなんかじゃないと言い聞かせながら入場する。
そして風景を楽しむまもなく急いでギルドぽい建物に入室する。
「おや、随分ボロボロで……」
「世間話はあと! 俺を、冒険者に! 」
「冒険者プランに加入しに来てくださったのですね! でしたら初期費用として300カン必要です」
「なっ……」
「しかし、貴方はどうも無料プランの異世界チケットを使用してこちらに来訪いただいてるようですので……今ある所持金全てで構いませんよ」
受付に立つのは、もはやギルドの華としてずっと定番で居座るギルド受付嬢。
少々都合のいい展開が続くのは、この無料プランのおかげなのだろうか?
無課金に優しくねぇ!とは思いつつも、融通は一応聞くらしい。
……ここに来るまでに見た人らはきっと全て多額の金をつぎ込んだに違いない。
そう思いながら……。
「衣食住や装備などが付くならそれで!」
「まぁ……一応つきますが、期待はしないでくださいね?」
なんて温和な雰囲気を出す受付嬢を見つつ、控えめな胸に少し視線が向く和人。
「(美人なのは間違いないけど、貧乳なんだな……)」
ギルド受付嬢と言えば巨乳! そんな固定観念に囚われていた和人は、逆に珍しくてついずっと見てしまう。
「言っときますけど、あたしは冒険者プランに付属してませんからね? それに、
「あはは、そんなつもりじゃないですよ」
「男性の下心は丸わかりです!」
種族は天使……なのだろうか、頭部の上に輪っかのようなものが見え背中には白い羽根が1組2対生えている。
そんな彼女がムスッと頬を膨らませながら契約用の紙を和人の前に差し出す。
「では、ここに会員登録のサインを……。生前のお名前、もしくは新たに名乗られるお名前を記入してくださいね」
「会員登録……。もう何度聴いたかなその言葉。名前は……どうしようかな」
どうも新規で名前を名乗れるらしい。
ゲームではよくある事だが……。
とりあえずは名前以外の欄は埋めておく。
と言っても手形を取るだけだったが。
「俺の、俺の名前は……」
「アストロ、アストロ・エヴィンだ! 今日からそう名乗らせてもらおう」
特に名前に深い意味なんてないーーそう考えながら適当に思いついた単語を記した。
「分かりましたアストロさん。ではあなたは今日から駆け出し冒険者です。あっもちろんお金はいただきますよ」
なんて言うと、さっき死んだ時みたいにまた勝手にポーチから出てきて、受付嬢の元へ吸い込まれるように移動する。
そのまま貨入れに綺麗に納まっていった。
「ようこそ! 我が異世界、
本当にこんな世界で無事クリアできるのだろうか?
先行きが不安になる展開の嵐で正直胃もたれしそうな和人あらためアストロは、しばらくその場で呆けていた。
なぜなら、あまりに急展開過ぎて会員登録後直ぐに立ったまま気絶してたからである。
こんなことで大丈夫か、アストロ!
「ちなみに来月から定額1000カンの支払いがありますのでよろしくお願いいたしますね!……って聞いてないか。アストロさんの新居に運んで行ってあげてー」