灰の地。
焦げた大地の上に黒煙がゆらめき、どこまでも灰色の空が重く垂れ込めていた。
アゼルは剣を握り締め、冷たい風に晒されながら進んでいた。
王国直属の騎士。
その名は血と死と恐怖と共に語られる。
敵はもちろん、味方でさえ怯えるほどの冷酷さを持ち、「血塗れの剣」と呼ばれるその剣は、命じられた通りに命を狩り取ってきた。
彼自身にとっては恐怖も憎悪もどうでもいい。ただ王の命に従い、職務を果たすのみ――。
「魔物の異常な活動……これは王の命令だ。俺が確かめねば」
だが、そんな決意も空しく、突然、闇の中から獰猛な魔物が現れた。
黒煙のような身体がうごめき、鋭い爪が閃く。
アゼルは剣を振るった。
一撃、二撃――だが、数は多く、次々に襲いかかってくる。
「退くな。ここで死ぬわけにはいかぬ」
だが、敵の一体、「灰喰らい」の爪が鎧を貫き、肩に深い傷を負わせた。
痛みが走り、血が流れるのを感じた瞬間、視界が揺らぎ、意識が薄れていく。
ーーどこか遠い、柔らかな光の中。
かすかに聞こえる息遣い。暖かい手。
朦朧とする意識の中で、うっすらと人影が見えた。
少女だった。
少女は言葉を話さない。
けれど、怖がる様子もなく、ただじっとアゼルを見つめている。
彼女はゆっくりと手を差し出し、アゼルの額に触れた。
そして、ふと意識が戻る。
薄暗い廃墟の中。
アゼルは倒れていた。
傍らには、あの少女。
静かに座り、時折小さく首をかしげたり、手を差し伸べたりする。
アゼルはかすれた声で問いかける。
「ここは……?」
口を開かず、ただ見つめていた。
灰の地の廃墟は、静寂と灰色の霧に包まれていた。
アゼルはゆっくりと身体を起こし、まだ鋭い痛みを感じながらも辺りを見回す。
少女はそっとアゼルの傍らに座り、無言のまま水の入った小さな袋を差し出した。
言葉はない。けれど、その優しさは痛み以上に沁みた。
アゼルは小さく頷き、ゆっくりと水を口に含んだ。
「お前……一人で、ここにいるのか?名前は?」
問いかけるが、少女は微かに首を振り、何かを手に取り手のひらを見せる。
その小さな手のひらには傷跡が沢山刻まれているのが見えたそしてノアと書かれたボロボロの紙切れを手にしている。
孤独というものが、そこに詰まっているように感じた。
アゼルは言葉を探したが、何も言えなかった。
ノアはじっとそれを見つめ、初めてゆっくりと小さく微笑んだ。
その笑顔に、アゼルの胸は少しだけ軽くなった。
「俺は王国の騎士だ。命令でここに来た」
言葉は淡々としていたが、どこか不器用な響きがあった。
ノアは首をかしげた。
その時、遠くの廃墟の影が揺れた。
二人は瞬時に顔を見合わせた。
戦いは、まだ終わっていない。
⸻
ノアはすぐに剣を手に取り、アゼルの前に立った。
灰色の空の下、敵が再び現れる気配を敏感に感じ取った。
アゼルも剣を取りノアの姿を見つめた。
言葉を話せない彼女の目は、恐怖や不安よりも「闘うという強い意志」を映していた。
「お前を守る……それが俺の役目だ」
そう呟くと、アゼルはゆっくりと廃墟の闇へと歩みを進めた。
闇の中から、黒煙の魔物が数体現れた。
だが、今回は負けるわけにはいかない。
鋭い刃が火花を散らし、重い鎧が戦場で鳴る。
アゼルの剣は冷酷で、容赦なく敵を斬り伏せていく。
「ノア、離れてろ!」
それでも、ノアは動かなかった。
「……」
アゼルは一瞬目を見開いた。
彼女の瞳に宿る強さに、胸が締めつけられた。
「……わかった。一緒に闘おう」
激しい戦闘の中、二人は確かな絆が生まれていた。
戦いが一段落した灰色の廃墟の中。
アゼルは疲れた身体を支えながら、ノアの方を見た。
言葉はほとんど通じないけれど、心は確かに伝わっている。
アゼルはゆっくりと息を吐き、ノアに声をかけた。
「……このまま、ここにお前を放っておくわけにはいかない」
彼の声は、いつもの冷たさを帯びていなかった。
「一緒に行こう」
ノアはしばらく黙ってアゼルの目をじっと見つめた。
そして、ゆっくりとその手を伸ばし、迷うことなくアゼルの手を握った。
その温もりが、アゼルの胸に深く染み込む。
言葉はなくとも、ノアの答えははっきりしていた。
二人はこれから、共に歩む道を選んだのだ。