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第1話 後編

灰の地の任務を終え、傷を負いながらもアゼルは無事に王国へと戻った。

城の大広間で、王に視察の報告をする。


「灰の地は、魔物の巣窟であった。だが、そこで一人の少女を見つけた」

アゼルは静かに話す。


王はその報告に眉をひそめるが、黙って聞いた。


「彼女を城で預かれ。王直属の騎士、お前の側に置くのだ」


こうして、アゼルとノアは城で共に暮らすこととなった。


城には王と王妃その息子が5人いる。

兄弟たちはノアに興味津々で、彼女を見るたびに近づき話しかけようとするが……


ノアはすぐに怯えて逃げ出す。

その逃げ場は、いつもアゼルの元だった。


アゼルの元にやって来ては、「あの子はどうした?」と訊ねてくる。


ノアは決してアゼルから離れようとしない。


アゼルは黙ってノアの頭を撫で、小さく微笑む。


「俺が守る。誰にも傷つけさせない」



そう決意した彼の目は、かつてないほどに強く輝いていた。









城の広間は、賑やかでありながらも緊張感が漂っていた。

ノアは新しい環境に戸惑いながらも、いつもアゼルの側にいる。


長男のレオンは、凛とした態度でノアに微笑みかける。

「怖がらないでください。私達は貴方を傷つけるつもりはありませんよ」

彼の優しい声に、ノアは少しだけ安心したように目を細めた。


次男のカイルは不器用に壁際からノアを観察している。

時折ぶっきらぼうに話しかけるが、ノアの逃げ足の速さにいつも追いつけない。


三男のエリオは冷静に城の地図を広げながら、遠くで二人の様子を見る。

「ノアのことはアゼルに任せるべきだ」と冷静に分析している。


四男のセリスは中性的な美貌で、ノアに優しく寄り添う。

母性溢れる言葉でノアの緊張をほぐし、少しずつ彼女の心を開かせようとしている。


そして末っ子のリアムは、病弱で体が弱い。少し体調がいい時は窓の外の庭園を眺め、


「いつか外で遊べたらいいな」と、


外の世界に憧れていた。















ノアが訪れて数日が過ぎた夜。



燭燐の火がかすかに揺れ、風にかき消されそうになっていた。


リアムは薄い毛布を肩にかけ、静かに窓辺に腰掛けていた。

彼は、日中は寝ていることが多い。

それでも、こうして夜に外の風を感じるのが好きだった。


「……いつか、俺も外で走れたらな」


そんな呟きのすぐあと。

空を横切る小さな影に、彼は目を奪われた。






——少女が、空を飛んでいた。


ゆっくりと風に乗り、まるで羽があるかのように滑らかに夜空を舞っていた。

それは確かに、ノアだった。


リアムは目を見開き、息を呑む。


ノアは飛びながら、塔の窓にいるリアムに気づいた。

一瞬だけ驚いたように目を見開き、すぐに表情を元に戻した。


リアムは思わず、小さく手を振った。

ノアはふわりと塔の縁へ舞い降りる。



リアムは小さく声を出す。

「……ノア……外、飛べるの……?」


ノアは静かにうなずき、そして彼の目を見つめ、人差し指を口元にもっていった


「……秘密なの?」



ノアはリアムに手を差し伸べた。



「……連れてってくれるの?」



ノアは微笑んだ。









リアムは迷わずその手を取った。

その瞬間、風が舞い上がる。


二人の身体がふわりと浮き、夜の王都の上空へ。


病弱で外の世界を知らなかった少年が、初めて見る空の景色に息を呑む。

魔力の揺らぎと夜風が、彼の体を優しく包み込んだ。





恐怖心と好奇心が溢れ出す









どれくらい時間がたったのだろう?

リアムは笑った。小さな声で、けれど心から。


「……ありがとう、ノア」


ノアもまた、小さく笑ってうなずいた。


言葉がなくても、心が通じる。

その日から夜になると2人は空の旅をした。










だがある日からリアムは姿を見せなくなった。

城の空気は、いつもより静かで重かった。


兄たちの顔にも焦りが見え始めていた。

中でも、四男のセリスはずっとリアムの部屋のそばを離れず、時折泣きそうな目をしていた。


「……あの子の体、もう限界かもしれない」

セリスが小声で言った時、ノアはピクリと反応した。


リアムがいない夜が続くたびに、寂しそうに窓辺に座っていた。


そして――その夜。


リアムの容体が急変した。

家族全員が集まる中、医師が静かに首を振った。


「もう……打つ手がありません」


その言葉に、場が凍りつく。

誰もがリアムの小さな命の灯が消えるのを見つめているだけだった。


その時。

扉が静かに開いた。


ノアだった。


リアムの事だけを見つめて歩いてきた。

誰もが止める間もなく、リアムの傍らに膝をついた。


彼女は何も言わず、そっとリアムの手を取り、目を閉じる。




ふわりと風が舞った。









「……っ!」









それは、今まで誰も見たことのない“魔法”だった。


ノアとリアムの周りが光りだす。

静かで、暖かくて、優しい力。


ノアの手がリアムの胸に触れた瞬間、

彼の苦しそうだった呼吸がゆっくりと整っていく。


次第に、彼の顔に血の気が戻ってきた。


皆が息を呑む中、リアムの目がゆっくりと開かれた。


「……ノア……?」


そのかすれた声に、セリスは泣き出し、

レオンは静かに目を閉じたまま天を仰いだ。


王が静かに口を開く。


「あぁ……リアムっ……よかったっ………………この魔法……彼女が……」


アゼルは何も言わず、ノアに近づく。

彼女の肩は小刻みに震えていた。


その小さな背を、アゼルはそっと支えた。





「ありがとう……ノア」




ただリアムの無事を見届けて、小さく笑った。















玉座の間。

リアムの体調も回復しその事について王は口を開いた。


「……あの力。間違いなく、我らの誰も持たぬ“魔法”だ」


レオンが腕を組み、険しい表情を浮かべる。

「陛下、確かにノアの力は未知数です。しかし……あれがなければリアムは命を落としていた。疑いようのない事実です」


カイルが言葉を継いだ。

「けれど、もし外に漏れれば……ノアは“力”として狙われる。利用しようとする者も、恐れて排除しようとする者も現れるでしょう」


セリスは唇を噛みしめ、俯いた。

「そんなの……嫌です。ノアはリアムを救ってくれた。もう“異質な存在”なんかじゃない。あの子は私たちの家族のようなものです」



「……俺も同じ考えだ。

ノアは“力”じゃない。一人の人間だ。誰かに奪わせはしない。」


その言葉に場の空気が張り詰める。

王はゆっくりと玉座から立ち上がり、皆を見渡した。


「……よかろう。ノアは我らの娘だ。王家の一員として、この城で守る。

だが同時に、あの力は未だ得体の知れぬもの……いずれ彼女自身も、真実と向き合わねばならぬだろう」


兄弟たちとアゼルは互いに視線を交わし、静かに頷いた。

こうして――ノアを“守る”という決意が確かなものとなった。





夜更け、人気のない回廊。

アゼルはレオンの部屋を訪れていた。


「入れ」

短い声に従って扉を開けば、蝋燭の炎の中で机に向かうレオンの姿があった。


「……まだ休んでいないのか」

「お前こそな」


互いに苦笑を交わし、アゼルは壁際に背を預ける。

しばし沈黙が落ち、レオンがゆっくりと口を開いた。


「……ノアを守る、と父上は言った。だが現実はそう甘くはない。

底知れぬ力を持つ。

いずれ、外の奴らにも知れ渡るだろう」


アゼルの瞳が静かに揺らぐ。

「わかっている。だからこそ……俺がノアを守る」


レオンは目を伏せ、やがてアゼルを見やった。

「……お前は、昔からそうだな。」


「当然だ。俺はお前の剣であり、盾だ」


「だが……今回は違う」

レオンの声は少しだけ柔らかい。

「アゼル。ノアを守ることは、同時にお前自身を守ることでもある。

……俺は、それを忘れさせはしない」


アゼルは一瞬言葉を失い、そして小さく頷いた。

「……ありがとう、レオン」


蝋燭の火が揺れ、二人の影が重なった。

そこには、血を分けた兄弟以上の絆――王太子とその片腕として育った年月が確かに刻まれていた。


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