ぞくりと背筋が凍る。振り向いても誰もいない。だが、その瞬間、空間がぐにゃりと歪み、再び、あの“別の世界”が姿を現した。
今回は、最初とは違う景色だった。高層ビルが立ち並ぶ未来都市。人々は無表情に歩き、頭上にはドローンの群れが旋回している。ビルの大型モニターには、「第十二次記録改訂完了」のニュースが流れていた。
「次の“削除対象”は、学徒反乱の記録です。該当者の親族は、速やかに“提出”を……」
アナウンサーの声が、まるで天啓のように町に響き渡っていた。そのときだった。幸太郎の目の前を、ひとりの少女が走り抜けた。中学生くらいだろうか。肩に重そうなリュックを背負い、何かを必死に抱えている。
「待って。それ、あなたが持っていちゃっ」
男の声がした。振り向くと、真っ黒な制服をまとった一団が少女を追っていた。顔は無機質な仮面に覆われている。まるで人間の感情を取り去ったような存在。
あれが記録削除者。なぜか直感的にそう分かった。
幸太郎は咄嗟に少女の後を追った。どこかで見た顔だった。いや、あの目……自分の母親に、似ている。
少女は廃墟の裏路地に飛び込み、壁際にうずくまった。背負っていたリュックの中から、分厚い紙束を取り出す。そこには、無数の人名と事件、歴史的事実がびっしりと書かれていた。
「お願い、これだけは消さないで。これは、私のお父さんとお母さんの記録なの!」
彼女の目は真っ直ぐだった。涙をこらえて、燃えかけたページを必死に守ろうとしていた。だが、すぐに記録削除者たちが現れた。仮面の一人が、機械的な声で告げる。
「対象の記憶は違反記録。保持者は即時削除対象」
次の瞬間、少女の背後に黒い影が伸びた。幸太郎は咄嗟に少女を抱えて跳びのいた。だがその直後、世界が閃光とともに弾け……、気づけば、図書館に戻っていた。