翌朝、幸太郎は図書館の一角に、自分の手で書いたノートを差し込んだ。
『八坂幸太郎記録/閲覧自由/転写推奨』
中には、あの図書館で見たこと、少女の言葉、母の証言、そして忘れてはいけない歴史の断片がすべて記されていた。
棚に差し込むと、不思議なことに、ノートの背にタイトルが刻まれた。
個人記録:不適格者の血を引く者
まるで、図書館がそれを正式な記録として受け入れたかのようだった。振り返ると、もう彼女はいなかった。だが、幸太郎にはわかっていた。これが始まりなのだ。誰もが記憶を取り戻すまでの、長い長い戦いの……
「検索者」としての旅が。
その図書館には、奇妙なうわさがあった。
「絶版された本を読むと、自分の歴史認識が書き換わる」
それは、まことしやかな風のように都市に流れていた。そして今、そのうわさは、現実の顔を持ちはじめていた。
八坂幸太郎が「忘却図書館」の最奥で出会った、封印された記録。幸太郎はその一部を自分の手で書き写し、再び書棚に戻した。あれから一週間、大学の講義を受けながらも、幸太郎の頭はあの図書館のことばかりだった。だが、ある日。ゼミ室に顔を出すと、いつもクールな女子学生、
「八坂くん。ねえ、あの図書館、行った?」
「なんで、知ってる?」
さやかは目を伏せ、小さく笑った。
「私もね、小さい頃から変な夢を見てたの。天井まで続く本棚の中で、誰かが私の名前を呼ぶの。
最近、その夢がリアルになってきてて、ついこの前、たまたま入った図書館で、あの本を読んだのよ。背表紙もない、名前も著者も書かれてないやつ」
「それ、どんな本だった?」