目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第8話

「タイトルはついてなかった。でも中身は国家の記録改ざん。特別優生管理法。存在しない親族の証言。そして、最後のページに、八坂幸太郎の名前があった」

 息をのむ幸太郎。

「君も見たんだな」

 二人は静かに目を見つめあった。それは理解の共有というよりも、記憶の共犯としての連帯だった。

 さやかは、ノートパソコンを開いた。そこには、自分で記録した無数のメモと引用があった。

「この世界、まだ書かれていないことが多すぎる。だけど、消されたものの中には、今でも確かに息づいてる記憶がある。それを掘り起こしていく――それが私たちの役割なのかもしれない」

「検索者って呼ばれてたよ、図書館で。俺は。過去を掘り返す者。未来に橋を架ける者」

「いい名前じゃない」

 二人はその日から、キャンパスの片隅で「記録の修復作業」を始めた。

無名のノートに、彼らの手で記憶を写し取り、ファイルし、そして匿名の本棚へと戻していく。

 やがて、ネットの片隅に、ある噂が立つようになった。

「絶版書を集めた“幽霊図書館”があるらしい」

「そこに、自分の記憶に“ないはずのこと”が書いてあった」

「一度読んだら、もう戻れない。でも、知ってしまったら、戻りたくない」

 それはまるで、感染する記憶のように静かに広がりはじめていた。


 数ヶ月後。

 あの図書館の書棚には、またひとつ、新しい本が加わっていた。

『記録修復者の日記』

著者:秋津さやか

内容:消去された優生政策と記憶の空白。自主調査報告書。

 隣には、八坂のノートもある。それらはもう、誰が置いたのか分からなくなっていた。だが、確かに誰かが読み、誰かがまた記憶を取り戻していた。

 それは静かで、地を這うような革命だった。火炎も銃声もない。だが、人の心の奥を確実に焼いていく。図書館の奥、あの封印書庫の入口には、古びた銘板が取り付けられていた。

「記録を継ぐ者たちへ」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?