奈々未は彼に抱きしめられ、無理やりキスを受けていた。鼻先には、彼の匂いが満ちていた。
熱い手が彼女の体をなぞり、すぐに奈々未は全身の力が抜けてしまった。
どれくらいの時間が経ったのか分からないが、彼は簡単に奈々未を抱き上げ、ベッドへ運んだ。奈々未はベッドに押し倒された。
男のしなやかでたくましい体が彼女を覆い、キスと愛撫が続く。彼の支配的な態度に、逃げ場はなかった。奈々未は目を閉じ、これから起きる現実を受け入れた。
しかし――
いよいよというところで、彼は奈々未を解放した。後ろからきつく抱きしめ、低くしわがれた声で言った。
「今夜はここまでにしておく。でも覚えておけ、これから君に触れるのは俺だけだ。」
奈々未は呆然とした。どういう意味?ずっと彼に縛られるつもりなのか?彼女の心を見透かしたように、男は低く笑った。
「まさか、俺が目をつけた女が他の男と仲良くできると思ってるのか?」
奈々未は勇気を振り絞って尋ねた。「でも、確か『一晩だけ』って言ったじゃないの…」
「君が一晩だけを選ぶのなら、それでも構わない。」彼は答えた。
奈々未は一瞬、その選択をしようとした。だが続けて彼は言った。
「ただし、その一晩で君がどうなるか、誰にも分からない。何人の男に仕えることになるかもな。」
奈々未の全身が凍りついた。
つまり、一晩だけの取り引きなら、彼は自分を徹底的に苦しめるつもりだ。
もしかすると、一生――でも、長く彼の愛人として生きることを選べば、彼一人に尽くせば済む。奈々未は無言で悲しげに笑った。結局、南も彼女に選択肢を与えなかった。
この男も同じだ――
両親が自分を見捨て、姉の沙里だけを連れて行ったあの日も、選択肢なんてなかった。奈々未はいつも、二つの選択肢のうち、捨てられる方を選ばなければならなかった。
涙をこらえ、素直にうなずいた。「分かった、約束する。」
「やっぱり素直だな。」男は満足げに微笑み、奈々未を抱きしめたまま、すぐに眠りについた。
彼はとても疲れているようで、まるで長い間眠っていなかったかのような、深く重い呼吸をしていた。
奈々未は心の中で安堵した。今夜は何とか切り抜けたのだろう。これからのことは、考えたくなかった。どれくらい時間が経ったのか、奈々未は動かずに眠りについた。目を覚ますと、すでに朝だった。
ベッドには彼女一人。男の姿はなかった。奈々未の全身は硬直し、痛みも残っていた。首筋にはいくつもの赤い痕が残っている。
昨夜の男の行為を思い出すと、奈々未の心は恥ずかしさと苦しさでいっぱいだった。どんな女の子でも、こんな出来事は受け入れられないだろう。幸い、彼は最悪のことまではしなかった。最終的に彼女を解放した。
暗い夜がようやく終わった。そのとき、南が勢いよくドアを開けて入ってきた。ベッドの上でぼんやりしている奈々未を見て、急ぎ足で近づき、少し焦った様子で言った。
「奈々未、迎えに来たよ。言っただろ、朝一番に迎えに来るって。」
まるで、自分は本当に彼女を見捨てていなかったことを証明したいかのようだった。その言葉に、奈々未は思わず笑いそうになった。だからといって、感謝しろというのか?
「一晩中、君のことが心配だった。」南は、彼女の感情のない表情に気づき、優しく言った。
奈々未は皮肉に笑った。
本当に心配していたのなら、どうしてすぐに助けに来なかったのだろう。心配だと言いながら、自分の婚約者が他の男に仕えているのをただ見ていただけなのだろう。
「南、私はもう汚れてしまった。」奈々未は彼を見つめ、わざとそう言った。
南は、彼女の首に残るキスマークを見逃さなかった。
乱れた服や髪も――
彼は目をそらし、心のどこかに芽生えた苛立ちを抑えて、ジャケットを脱いで奈々未に羽織らせ、優しく言った。「大丈夫だ。どんな君でも、俺は必ず君を妻にする。奈々未、必ず君に償う、これからも大切にする。」
奈々未はもう堪えきれず、少し笑った。笑いながら、涙が静かにこぼれ落ちた。
償うって?
欲しいのは償いじゃなくて、傷つけられないこと。大切にすると言うけれど、どうして自分の手で地獄へ突き落としたの?
奈々未はようやくわかったーー南は自分を愛したことなんてない。
自分のことなんて、どうでもいいんだ。南にとって、自分は何の価値もない。
奈々未はうつむき、疲れた声で言った。「家に帰りたい。」
「分かった、家に送るよ。」南は彼女が泣いているのを見て、そっと抱き上げ、そのまま連れて出て行った。
あの男は約束を守った、誰にも邪魔されることなく外へ出られた。奈々未は彼に抱かれて別荘を出て、南の車に乗った。だが車のドアが閉まる瞬間、熱い視線が自分に注がれている気がしてならなかった。奈々未は振り返ったが、誰もいなかった。
別荘の二階の窓辺には、二人の男が立っていた。一人は背が高く、仕立ての良い白いシャツを着ている。朝の光が彼を照らし、その端正な顔立ちがくっきりと浮かび上がる。彼は目を細め、鋭いまなざしで奈々未の姿を見つめていた。
その隣にいた佐々木光春が、恭しく尋ねた。「このまま堀さんを連れて行かせてよろしいでしょうか?」
男は冷たく笑いながら言った。「焦るな。まずは彼女の心の中にいるあのクズ男を完全に排除しないとな。そうすれば、あの子は俺だけを信じるようになるだろう。」
……
南は奈々未を自分の家に連れて帰ろうとしたが、奈々未はきっぱりと拒んだ。
「自分の家に帰りたい。」と。
南は彼女を見て、ため息をついた。「分かった。明日は結婚指輪を選びに行こう。君の好きなデザイン、全部試してみよう。」
今さら償おうとしているのだろうか。もう遅すぎるのに――
奈々未は黙ったまま、自分の家に戻った。
南は今日は奈々未の家で、食事を作ろうとしていた。その時、仁美から電話がかかってきた。
「南さん、指をケガしちゃったの!」
その声に、南は慌てた。「どうしたんだ?どうしてケガした?」
仁美は甘えるように言った。「南にご飯を作ってあげようとしたら、うっかり指を切っちゃったの。」
「大丈夫、すぐに戻る。」南は電話を切ると、すぐに家庭医に連絡して仁美の治療を頼んだ。
まるで仁美が重病にでもかかったかのような慌てぶりだった。南はジャケットを手に取り、急いで出て行こうとした。だが玄関で、奈々未の存在を思い出した。戻ってきて彼女に言った。
「奈々未、仁美がケガしたから、ちょっと家に戻る。いい子で待ってて。」
彼が彼女を置いていく時は、いつも「いい子で」と言う。奈々未は何年も言うことを聞いてきた。
でももう、これ以上素直に従いたくなかった。