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第8話 極道の正体

この言葉には少し皮肉が込められていたが、久司の実力には本当に感心していた。南のようなプライドの高い人間ですら、彼を認めざるを得なかった。


ちょうどその時、個室の扉が静かに開かれ、すらりとした長身の男性が、皆の視線の先に現れた。


まさに噂をすれば影が差す。


彼はオーダーメイドの黒いシャツに、シワ一つない黒のスラックスを合わせていた。腕には無造作にジャケットをかけていた。シャツのボタンは上から二つ外されており、色気のある喉元と美しい鎖骨が覗いていた。


端正で彫りの深い顔立ち、澄んだ瞳は冷静でありながらも、鋭い威厳を放っていた。高い鼻筋は、まるでギリシャ彫刻のような完璧さだった。薄く微笑んでいるものの、誰一人として彼が気安い相手だとは思わなかった。それほど彼の纏うオーラは、圧倒的で鋭かった。


彼が現れると、全員が一瞬動きを止めた。上田は思わず声を上げた。「うわ、なんだよそのイケメンっぷりは!久司、お前ずるいぞ。俺たちより金持ちになっただけじゃなく、顔まで完璧なんてさ」


個室にいた女性たちも、仁美までもが目を奪われていた。この男は本当に格好良すぎる!その高貴な雰囲気に、一目見ただけで心を奪われてしまいそうだった。


久司が中へ進むと、誰かがすぐに椅子を引いて席を用意した。彼は余裕たっぷりに腰を下ろし、場を和ませるように微笑みながら言った。「今日は俺のための集まりだ。皆、気楽にしてくれ。ご馳走は俺が出すよ。」


上田が笑いながら、「帰ってきたばかりのお前に奢らせられないよ。この店は南が仕切ってるから、今日は南にお願いしようぜ」と言った。


久司は南の方に顔を向けて、「へぇ、君がオーナーかい?」と聞いた。南はまさか一目で自分だと気付かれるとは思っていなかった。どうやら彼はまだ自分たちのことを覚えているらしい。


南は笑いながら、「いや、俺がオーナーじゃない」と答えた。


誰かがすかさず、「オーナーは南の婚約者だよ。ここに来るたびに南がおごってくれるんだ」と付け加えた。もちろん、彼らは南が毎回タダで招待していることは知らなかった。奈々未は一度も南から代金を受け取ったことがなかった。


ふと誰かが、「さっき奈々未も来てたみたいだ」と言った。それを聞いた上田は、「じゃあ、彼女も呼ぼうよ。皆でもっと盛り上がろう!」と提案した。これは南へのメッセージで、奈々未に電話して呼んでほしいという意味だった。


しかし、奈々未は今、南に腹を立てている最中だった。南は少し彼女を放っておこうと考え、「彼女を呼んでどうする?久司のことは知らないだろ」と冷たく言った。その場にいた皆は、南の言外の意図を察した。


つまり、奈々未にはこの集まりに参加する資格がない、ということだった。


これはちょっと…どうなんだろう。奈々未は一応、彼の婚約者なのに。彼女がダメなら、仁美なんてもっと無理だろう。しかも、奈々未は皆とも打ち解けていて、上田たちも奈々未の素直さを好んでいた。


すると久司が微笑みながら、「婚約者で、この店のオーナーなら招くのが当然じゃないか。俺もぜひ会ってみたい」と言った。その上、南をからかうように、「どうした?そんなに大事にして、俺たちに取られるのが怖いのか?」と茶化した。


南は笑った。彼が奈々未を取られる心配なんて、ありえない。あの女は彼に夢中なのだ。


仁美が冗談交じりに、「南が呼ばないんじゃなくて、奈々未が最近機嫌を損ねてて、南を無視してるのよ」と言った。


南は上田に目をやり、「呼んでくれ」と言った。ここまで話が進んだら、上田も断れない。携帯を取り出し、奈々未に電話をかけた。「奈々未、こっちに来て一緒に食事しない?」


奈々未はちょうど夏江と食事を始めようとしていた時、上田から電話がかかってきた。上田は、皆がいるから一緒に来ないかと誘った。南と仁美がいることは、言われなくても分かる。


奈々未はやんわりと断った。「上田さん、私は遠慮しておきます。皆さんで楽しんでください。こっちにも用事がありますから。」


「えー、何の用だよ?ちょっと顔を見せるだけだし、すぐ終わるよ。榊原家の御曹司· 久司が帰ってきたんだよ、会ったことないでしょ?久司も、南の婚約者に会いたいって言ってるし。」


久司が隣で微笑みながら、「そう、どんな女が田沼家の御曹司を落としたのか、見てみたいんだ」と言った。


奈々未は上田のスマホ越しに、その声を聞いた瞬間、全身が凍りついた。この声……あの夜の男に、そっくり……まさか本当に本人なのか?そんなはずはない!


上田はなおも、「奈々未ちゃん、頼むよ。皆待ってるから、早く来て」と説得を続けた。


「……分かりました」奈々未は仕方なく承諾した。夏江も電話のやり取りを聞いていて、通話が終わると不満そうに言った。「なんで行くの?彼らも南も同じ立場でしょ、関わらない方がいいわよ。」


奈々未は席を立ち、「夏江、先に食べてて。私、すぐ戻るから」と言った。


「どうしても行くの?」


「うん」奈々未はうなずいた。どうしても本人かどうか確かめたかった。もしそうなら、行かないわけにはいかない。彼もわざわざ呼んでいるのだから……


夏江は箸を置いて、「分かった、私も一緒に行く」と言った。


「ううん、来なくていいよ」と奈々未は夏江の肩を押さえた。「一人で大丈夫だから。」夏江を、これ以上彼らと関わらせたくなかった。この人たちは、誰もが一筋縄ではいかないから……


奈々未は上田たちの個室の前で、深く息を吸い込み、ノックしてドアを開けた。


「奈々未ちゃんが来たぞ!」と上田が嬉しそうに声を上げた。「こっちにおいで。」


だが、奈々未の視線はすぐに、あの高貴な男に向けられた。彼は個室の中で、圧倒的な存在感を放っていた。その姿は一瞬で目を奪った。


奈々未は彼を見た瞬間、顔が一気に青ざめ、その場に立ち尽くし、呆然と彼を見つめてしまった。


あの夜は暗かったはずなのに、奈々未は一目で彼だと分かった。


あの人だ……


間違いなく、あの人だった!


アジア最大の闇組織を束ねる組長、誰もが恐れる極道――


皆も奈々未が久司を見つめる様子に気づいていた。まばたき一つせず、ただじっと見つめていた。


南はまさか奈々未が久司から目を離さないとは思わず、表情が曇った。


「こっちに来い」と不機嫌そうに冷たく命じた。彼の前で、あからさまに他の男を見つめるなど許せなかった。


だが、奈々未はまるでその声が聞こえなかったかのように動かなかった。一瞬、場の空気が凍りついた。


そんな中、久司が穏やかに微笑み、緊張した空気を和らげた。「この方が南の婚約者かな?お名前を聞かせてくれる?」


その声も、まさに彼だった。


奈々未は気絶しそうになりながら、必死に気持ちを落ち着かせようとした。

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