(これは、いったい、どういう状況なの!?)
目が覚めた、セラフィーナは驚愕した。
身を捩って起き上がろうとしても、セラフィーナは身動き一つとれない。
なぜなら、隣で、セラフィーナをぎゅうっと強く抱きしめたまま、アルバートが眠っているから。
「でぇ、でぇんか……っ」
「んー?アル、だよ、セフィ」
ぎゅうっとさらに強い力で、セラフィーナは抱きしめられる。
絶対寝言だ、絶対に寝ている、とセラフィーナは思った。
それなのにセラフィーナと会話が成立しているかのような言葉であるのが、憎らしい。
「あるっ」
「なぁに、セフィ」
お望み通り、愛称で呼べば返事は返ってきた。
けれど、腕の力は緩まないし、アルバートの目は閉じたままだ。
やっぱり寝言だし、まだ寝ているのだ、とセラフィーナは思った。
「あるっ、おきて、くだちゃいっ、あるっ」
舌っ足らずな言葉で、それでもセラフィーナは何度も何度もアルバートに声をかけた。
もう何度目かわからないほど必死に声をかけ続けた頃、アルバートはようやく目を開けてくれた。
「どうちて、いっちょに、ねてたんでしゅか?」
ようやくアルバートの腕の中から解放されたセラフィーナは、ようやくその疑問を口にすることができた。
「ああ。最初はセフィだけここに寝かせて、僕は自室に戻ろうと思ったんだけど。夜中にセフィが起きて、また課題を再開しようとしたらいけないと思ってね。監視も兼ねて一緒に寝ることにしたんだ」
結局、朝までぐっすりだったみたいだから、いらなかったかもね、なんて笑いながらアルバートは言う。
しかし、セラフィーナからは乾いた笑いしか出てこない。
「着替えを手伝わせるメイドを、連れてくるね。着替えたら、一緒に朝ごはん食べよっか」
セラフィーナと違って、アルバートはどこまでも楽しそうだった。
アルバートが手配してくれた王宮のメイドにより、セラフィーナは温かいお風呂に入れてもらって、可愛いワンピースに着替えさせてもらった。
髪もちゃんと整えてもらった頃に、アルバートが迎えに来て、やっぱりアルバートに抱っこされて食堂に向かう。
そして、その日はとても機嫌がよさそうなアルバートと2人きりで、朝食を食べた。
セラフィーナはその後、急いで課題の続きをやろうとした。
朝のうちに終わらせられれば、もしかしたら、両親の怒りを回避できるかもしれない、と思って。
しかし、アルバートがそれを阻む。
「だぁめっ、セフィは今日は勉強はお休み」
「しょ、しょんな……っ」
そんなことが許されるはずがない、必死にセラフィーナはそう訴えたけれど、アルバートは聞き入れてくれない。
今にも泣きだしそうなセラフィーナの頭を、アルバートは安心させるように撫でた。
「今日のセフィのお仕事は、僕と遊ぶことだよ」
「あ、あしょぶ……?」
そんな仕事があるはずない、セラフィーナはそう思った。
だが、セラフィーナの思いはアルバートに届くことはなく、気づけばセラフィーナは王宮の一角にある花畑へと連れて来られていた。
(こんな場所も、王宮にはあったのね)
セラフィーナは、おそらくはじめて来たと思われるその場所を、まじまじと眺めていた。
「お花、嫌いだった?セフィくらいの女の子は、こういうとこで遊ぶのが好きだと思ったんだけど……」
ただ、呆然とその場に立ち尽くすだけで、動く様子のないセラフィーナ。
その様子にしびれを切らしたのか、アルバートがとても不安そうに声をかける。
セラフィーナはすぐに首を振って否定した。
別に、花も、花畑も、嫌いなわけではないのだ。
ただ、セラフィーナは知らないだけ。こんな場所に連れて来られたところで、自分が何をして遊べばいいのかを。
(そういえば、昔、一度だけ、花冠を作ろうとしたことがあったわ……)
結局、当時のセラフィーナが不器用だったのか、ちゃんと作れずに終わってしまったのだけれど。
セラフィーナは当時を思い出しながら、花を摘み、花冠を作ろうとした。
しかしながら、今回も上手くいかず、どうしても花冠の形にならない。
すると、すぐ傍からくすっと笑う声が聞こえて、セラフィーナの顔は恥ずかしさのあまりあっという間に赤く染まった。
「花冠が作りたいの?」
そう言うと、アルバートは花を摘んで集め始める。
セラフィーナと違い、それをきれいに編み込んでいき、あっという間に花冠を作ってしまった。
アルバートはそれを、ひょいっとセラフィーナの頭にのせる。
「うん、かわいいね」
セラフィーナには見えないが、アルバートは非常に満足そうだった。
「でぇんかは……」
「アルだよ」
やはり慣れというものは怖い、セラフィーナはどうしてもまず殿下と呼んでしまう。
しかし、アルバートもまた、譲らない。必ず訂正してくる。
「あるは……はにゃかんみゅり……とくい、にゃの……?」
「うーん、得意かはわからないけど……昔、花冠を作れない女の子が居て、代わりに作ってあげたくて、練習したんだ」
セラフィーナは驚いた。
自分以外に、アルバートが幼い頃から親しくした……といっても、セラフィーナとアルバートも婚約者という関係であるだけで、親しいといえる関係だったかは怪しいのだが、とにかくそういった近しい関係の少女が居たことを、セラフィーナは知らなかった。
(わたくし、殿下のことを何も知らなかったのね……殿下は、もしかしたらその方を……)
もしかしたら、アルバートはその女の子が好きだったのかもしれない。
今も、好きで、ずっと想い続けているのかもしれない。
それでも、アルバートの婚約者がセラフィーナとなってしまった以上、アルバートはその少女を正妃に迎えることはできない。
なんだかそれがとても申し訳なく感じて、セラフィーナは目を伏せる。
「あれ、誰、だったんだろうな……」
どうやら、アルバートは女の子のことを、あまり覚えてはいないらしい。
鮮明に残る記憶ではないことに、セラフィーナはなぜかほっとした。
「ちゅくって、あげたの……?」
「ううん。その後、一緒に花冠を作るような機会もなくてね。僕が練習しただけで、終わっちゃった。でも、こうして今、セフィに作ってあげられるから、練習しておいてよかったね」
アルバートはそう言って嬉しそうに笑うと、また花を摘み、何か作りはじめる。
今度出来上がったのは、花冠よりも長い、花の首飾りだった。
アルバートはそれを、セラフィーナの首にかける。
次は、セラフィーナの手を取り、花で作った指輪をはめさせる。
あっという間に花だらけになったセラフィーナを見て、アルバートは満足そうに笑った。
「かわいいね、花の妖精みたい」
セラフィーナはやっぱり見ることができないので、とてもそうだとは思えなかったけれど。
「後で鏡で見てごらん、すごくかわいいから」
思えば、今日着せてもらったワンピースも、まるで図ったかのように花をあしらったものである。
セラフィーナは少しだけ、後で鏡を見るのが楽しみになった。
その後セラフィーナは、夕方までアルバートとのんびり過ごした。
昼食には、わざわざサンドイッチを用意してもらって、ピクニックみたいに2人でこの場で食べた。
たまに、話したり、遊んだり、ただ黙って寝転がったり。
セラフィーナはにとっては、こんな時間を過ごしたのは生まれてはじめてだと思うほど、穏やかな時間が流れていた。