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7. 穏やかな時間


(これは、いったい、どういう状況なの!?)


 目が覚めた、セラフィーナは驚愕した。

 身を捩って起き上がろうとしても、セラフィーナは身動き一つとれない。

 なぜなら、隣で、セラフィーナをぎゅうっと強く抱きしめたまま、アルバートが眠っているから。


「でぇ、でぇんか……っ」

「んー?アル、だよ、セフィ」


 ぎゅうっとさらに強い力で、セラフィーナは抱きしめられる。

 絶対寝言だ、絶対に寝ている、とセラフィーナは思った。

 それなのにセラフィーナと会話が成立しているかのような言葉であるのが、憎らしい。


「あるっ」

「なぁに、セフィ」


 お望み通り、愛称で呼べば返事は返ってきた。

 けれど、腕の力は緩まないし、アルバートの目は閉じたままだ。

 やっぱり寝言だし、まだ寝ているのだ、とセラフィーナは思った。


「あるっ、おきて、くだちゃいっ、あるっ」


 舌っ足らずな言葉で、それでもセラフィーナは何度も何度もアルバートに声をかけた。

 もう何度目かわからないほど必死に声をかけ続けた頃、アルバートはようやく目を開けてくれた。




「どうちて、いっちょに、ねてたんでしゅか?」


 ようやくアルバートの腕の中から解放されたセラフィーナは、ようやくその疑問を口にすることができた。


「ああ。最初はセフィだけここに寝かせて、僕は自室に戻ろうと思ったんだけど。夜中にセフィが起きて、また課題を再開しようとしたらいけないと思ってね。監視も兼ねて一緒に寝ることにしたんだ」


 結局、朝までぐっすりだったみたいだから、いらなかったかもね、なんて笑いながらアルバートは言う。

 しかし、セラフィーナからは乾いた笑いしか出てこない。


「着替えを手伝わせるメイドを、連れてくるね。着替えたら、一緒に朝ごはん食べよっか」


 セラフィーナと違って、アルバートはどこまでも楽しそうだった。




 アルバートが手配してくれた王宮のメイドにより、セラフィーナは温かいお風呂に入れてもらって、可愛いワンピースに着替えさせてもらった。

 髪もちゃんと整えてもらった頃に、アルバートが迎えに来て、やっぱりアルバートに抱っこされて食堂に向かう。

 そして、その日はとても機嫌がよさそうなアルバートと2人きりで、朝食を食べた。

 セラフィーナはその後、急いで課題の続きをやろうとした。

 朝のうちに終わらせられれば、もしかしたら、両親の怒りを回避できるかもしれない、と思って。

 しかし、アルバートがそれを阻む。


「だぁめっ、セフィは今日は勉強はお休み」

「しょ、しょんな……っ」


 そんなことが許されるはずがない、必死にセラフィーナはそう訴えたけれど、アルバートは聞き入れてくれない。

 今にも泣きだしそうなセラフィーナの頭を、アルバートは安心させるように撫でた。


「今日のセフィのお仕事は、僕と遊ぶことだよ」

「あ、あしょぶ……?」


 そんな仕事があるはずない、セラフィーナはそう思った。

 だが、セラフィーナの思いはアルバートに届くことはなく、気づけばセラフィーナは王宮の一角にある花畑へと連れて来られていた。


(こんな場所も、王宮にはあったのね)


 セラフィーナは、おそらくはじめて来たと思われるその場所を、まじまじと眺めていた。


「お花、嫌いだった?セフィくらいの女の子は、こういうとこで遊ぶのが好きだと思ったんだけど……」


 ただ、呆然とその場に立ち尽くすだけで、動く様子のないセラフィーナ。

 その様子にしびれを切らしたのか、アルバートがとても不安そうに声をかける。

 セラフィーナはすぐに首を振って否定した。

 別に、花も、花畑も、嫌いなわけではないのだ。

 ただ、セラフィーナは知らないだけ。こんな場所に連れて来られたところで、自分が何をして遊べばいいのかを。


(そういえば、昔、一度だけ、花冠を作ろうとしたことがあったわ……)


 結局、当時のセラフィーナが不器用だったのか、ちゃんと作れずに終わってしまったのだけれど。

 セラフィーナは当時を思い出しながら、花を摘み、花冠を作ろうとした。

 しかしながら、今回も上手くいかず、どうしても花冠の形にならない。

 すると、すぐ傍からくすっと笑う声が聞こえて、セラフィーナの顔は恥ずかしさのあまりあっという間に赤く染まった。


「花冠が作りたいの?」


 そう言うと、アルバートは花を摘んで集め始める。

 セラフィーナと違い、それをきれいに編み込んでいき、あっという間に花冠を作ってしまった。

 アルバートはそれを、ひょいっとセラフィーナの頭にのせる。


「うん、かわいいね」


 セラフィーナには見えないが、アルバートは非常に満足そうだった。


「でぇんかは……」

「アルだよ」


 やはり慣れというものは怖い、セラフィーナはどうしてもまず殿下と呼んでしまう。

 しかし、アルバートもまた、譲らない。必ず訂正してくる。


「あるは……はにゃかんみゅり……とくい、にゃの……?」

「うーん、得意かはわからないけど……昔、花冠を作れない女の子が居て、代わりに作ってあげたくて、練習したんだ」


 セラフィーナは驚いた。

 自分以外に、アルバートが幼い頃から親しくした……といっても、セラフィーナとアルバートも婚約者という関係であるだけで、親しいといえる関係だったかは怪しいのだが、とにかくそういった近しい関係の少女が居たことを、セラフィーナは知らなかった。


(わたくし、殿下のことを何も知らなかったのね……殿下は、もしかしたらその方を……)


 もしかしたら、アルバートはその女の子が好きだったのかもしれない。

 今も、好きで、ずっと想い続けているのかもしれない。

 それでも、アルバートの婚約者がセラフィーナとなってしまった以上、アルバートはその少女を正妃に迎えることはできない。

 なんだかそれがとても申し訳なく感じて、セラフィーナは目を伏せる。


「あれ、誰、だったんだろうな……」


 どうやら、アルバートは女の子のことを、あまり覚えてはいないらしい。

 鮮明に残る記憶ではないことに、セラフィーナはなぜかほっとした。


「ちゅくって、あげたの……?」

「ううん。その後、一緒に花冠を作るような機会もなくてね。僕が練習しただけで、終わっちゃった。でも、こうして今、セフィに作ってあげられるから、練習しておいてよかったね」


 アルバートはそう言って嬉しそうに笑うと、また花を摘み、何か作りはじめる。

 今度出来上がったのは、花冠よりも長い、花の首飾りだった。

 アルバートはそれを、セラフィーナの首にかける。

 次は、セラフィーナの手を取り、花で作った指輪をはめさせる。

 あっという間に花だらけになったセラフィーナを見て、アルバートは満足そうに笑った。


「かわいいね、花の妖精みたい」


 セラフィーナはやっぱり見ることができないので、とてもそうだとは思えなかったけれど。


「後で鏡で見てごらん、すごくかわいいから」


 思えば、今日着せてもらったワンピースも、まるで図ったかのように花をあしらったものである。

 セラフィーナは少しだけ、後で鏡を見るのが楽しみになった。


 その後セラフィーナは、夕方までアルバートとのんびり過ごした。

 昼食には、わざわざサンドイッチを用意してもらって、ピクニックみたいに2人でこの場で食べた。

 たまに、話したり、遊んだり、ただ黙って寝転がったり。

 セラフィーナはにとっては、こんな時間を過ごしたのは生まれてはじめてだと思うほど、穏やかな時間が流れていた。

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