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第3話……男爵のお屋敷

「こっちアルヨ」


 彼女の家を目指すといっても、私にはこの地での地理感がない。

 結局、彼女の案内で街を歩いていたのだ。


 彼女が案内した地には、一風変わった世界が広がっていた。

 巨大な歯車や青銅のパイプが入り組み、蒸気が絶えず噴き出す駅が目の前に現れたのだ。駅舎は重厚な銅板で覆われ、その上には時計塔がそびえ立つ。


「本当に送ってもらっていいアル?」


「ええ、とくにやることないので……」


 私たちは駅舎の中に入り、誘拐犯が落としていった財布から運賃を払う。そして駅員さんから厚手の紙でできた切符を受け取った。


 私たちは蒸気機関車のプラットフォームへと足を運んだ。駅のホームには、分厚い蒸気が漂い、かすかに油の香りが漂う。

 巨大な黒い機関車は、車輪の一つ一つが銀色に輝き、古風な車体には年月を感じさせる装飾が施されていた。

 私は蒸気機関車に乗るのは初めてで、そのレトロな様式に胸が高鳴る。


 重い木製の扉を引いて客室に入ると、室内には、レトロなランプが柔らかな光を放ち、座席は赤いビロードで覆われていた。

 窓際に座ると列車がゆっくりと動き出す。車輪がレールを叩きリズミカルな音が心地よく響き渡った。



「申し遅れたアル。私の名前はミンレイ=ユンカースというアル。あなたの名前は?」


 車内で少し落ち着いた彼女に聞かれ、私は「マサカゲ=キノシタ」と名乗った。違う世界に来たので違うカッコよい名前を名乗りたかったが、思いつかなかったのだ。

 そして、少しずつ私が違う世界から来たことを伝えてみた。


 彼女の眉が微かに寄せられ、青い瞳は一瞬動きを止める。その表情には理解しがたいことに直面したときの戸惑いがありありと表れていた。


「信じられないアル!」


 ……そうだよなぁ。素直に信じるほうがおかしいよね。

 しかし、彼女の様子は時間が経つに従い落ち着く。どうやら私は、記憶障害を起こした風に思われているらしかった。

 ガタゴト揺れる列車の席で、彼女にこの世界のことを少しずつ教えてもらった。地理や風習、政治形態や身分制度について軽く説明を受けた。

 不思議なことに、私はこの世界の簡単な言葉を理解できたが、表現がむつかしい表現は理解できず、身振り手振りを交えて教えてもらったのだった。ちなみに彼女はとある地方貴族の養女であるとのことらしい。


 彼女が目指す駅は終着駅であった。6時間の旅路を経た列車がゆっくりと駅に滑り込む。車輪がレールを叩くリズミカルな音が次第に静まり、やがて停車した。

 私は彼女とともに重い木製の扉を開けてプラットフォームに降り立った。

 ステップを下りると、冷たい空気が頬を撫で、背後では巨大な機関車から蒸気がシューッと音を立てて吹き出す。周囲の乗客たちは散らばり、各々の目的地に向かって歩き出していった。


「こっちアル」


 彼女の導くままに駅を出て、今度は定時運航の駅馬車に乗り込む。

 馬車は石造りの市街地を抜け、のどかな田園風景が広がる地域を巡っていく。

 2時間半くらい経ったであろうか。彼女とともに目的地で馬車を降りた頃には夕方になっていた。さらに少し歩いたところに、彼女の家である立派なお屋敷が姿を現したのだった。


 ……すごい家だなぁ

 それは遠くからでも一目でそれとわかる、壮麗な建物だった。高くそびえる門柱が入り口を守り、その奥には広々とした庭園が広がっている。

 お屋敷の正面には、大きな扉が堂々と構えており、年月を重ねた威厳を漂わせている。


 お屋敷の正門をくぐると、上品な老執事が迎えてくれた。白い手袋をはめた手を前に組み、優雅に一礼。まるで映画の1シーンのようである。


「お嬢様、お帰りなさいませ」


「ただいまアル!」


 彼は我々の荷物を手際よく受け取り、彼女と歓談。そしてお屋敷の中へと案内してくれたのだった。


 大理石の床が靴音を響かせる。壁には美しい絵画が掛けられ、シャンデリアの光が柔らかに反射していた。

 老執事に案内され、長い廊下を進むと、目の前に一際立派なドアが現れた。執事は静かにノックをし、ドアを開けてくれた。広間には豪華な家具が並び、暖炉には火がゆらゆらと燃えている。


 その中央に、助けた女性の養父が座っていた。

 彼は立ち上がり、私に向って一礼する。


「お越しいただきありがとうございます。この度は娘の危機を救っていただき、感謝の言葉もございません」


 彼は老いた瘦身の貴族で、名前をレオポルド=ユンカース男爵という。髪は銀色に輝き、顔には深いしわが刻まれていた。


 私は、疲れが出たミンレイと別れ、老男爵に別室での昼食に誘われる。

 長い廊下を進み、重厚なダイニングルームに足を踏み入れると、燭台の温かな光がテーブルを照らしていた。豪華な食器や繊細なカトラリーが並べられたテーブルの中央には、豊かな食事が並んでいる。

 老男爵はテーブルの一端に座り、優雅な手つきでワイングラスを持ち上げた。


「どうぞ、お座りください」


 食事は一品ずつ、丁寧に運ばれてきた。前菜のフレッシュなサラダから始まり、メインディッシュの香ばしいローストビーフ、そしてデザートの甘いタルトまで、どれも美しくかつ美味しかった。

 私はお酒を交えて老男爵と談笑。話は彼の若いころの武勇談となった。

 彼は元魔導士で、蒸気で動く魔導兵器で戦場を駆け巡っていたころを懐かしく語った。ちなみに魔導士とは魔導兵器を動かすことのできる特殊な能力者で、世界でも稀有な存在らしい。


「ご興味がおありなら、一度見てみますかな?」


「よろしいのですか?」


 私が魔導兵器に興味があると知るや、彼は秘蔵の魔導兵器を見せてくれることになったのだった。

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