目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第4話……人型魔動機と暖炉

 老男爵はゆっくりと扉を開け、私を屋敷の一角にある格納庫へと招き入れた。

 重厚な銅製の扉が軋む音とともに開かれると、中から冷たい空気と共に機械油の香りが漂ってきた。格納庫の中には、巨大な鋼鉄の人型魔動機が鎮座していた。

 それはロボットというには不格好で鈍重なものであったが、えもいわれぬ威圧的な存在感を放っていた。全高6メートルにも及ぶその巨体は、強固な鋼鉄の装甲で覆われ、所々に刻まれた傷やへこみがその激しい戦歴を物語っていた。


 彼は兵器の前で立ち止まり、重厚な装甲の中にある操縦席をみせてくれた。

 私はその兵器の操縦席に驚く。この世界の技術レベルではありえないであろう装備が並んでいたのだ。複数の光学センサーを制御するためのモニターやレバーなどのデザインは洗練され、外観とのギャップが凄まじい。


「この兵器の中枢部はこの世界で作られたものなのですか?」


 私のこの問いに、彼は静かに首を振った。


「これの重要な部分は、地中から発掘したものじゃよ」


 彼が説明するところによると、この世界の地中深くには、古に滅びた文明の遺産が埋もれていることがあるらしい。そしてその遺産を作動させるには生体照合らしきものがあり、それに適合できるものが魔導士と呼ばれるらしいのだ。


「この部位に手をかざすとな……」


 彼の無数の細かい皺が刻み込まれている手をモニターにかざすと、操縦席全体にスイッチが入った状態になった。そして操縦者適合率が26%という表示が現れる。そして今度は手を離すとスイッチが切れ、彼は得意げに笑って見せた。

 ちなみに彼が若いころは適合率が32%もあったらしいのだ。また、一般人が手をかざしても適合率は0%のため、一切動かないとのことだった。


「私もやってみていいですか?」


「構わんよ」


 私が手をかざすと、老男爵のときと同じように操縦席全体にスイッチが入った。これには私も彼もびっくり仰天。しかも表示された適合率は97%に達している。


「お前さん、何者じゃ!? しかも97%じゃと?」


 目の前の光景に驚いた彼が、唖然とした表情で私のほうに振りかえる。


「いや、その……、私もさっぱり……」


 そのあと場所を変え、私は老男爵にいろいろと質問攻めにされたのだった。




◇◇◇◇◇


「ほう、ではお前さんはこの世界の人間ではないと?」


「はい、多分そうです」


 今まで見てきた景色を総合すると、この世界は地球でいう19世紀といったところであろう。そのことを踏まえ、私はスマホの電源を入れてみた。

 相変わらず圏外という表示のままだが、この世界にはありえない情景を映し出して見せることはできたのだ。

 その液晶が映し出す景色に老男爵は驚愕する。


「……な、なんという話だ。しかし、そんな話は聞いたことがない。だが、信じないわけにもいかぬであろうな。だが……」


 彼は、私がいままで話したことを内緒にするべきだと言ってきた。そんな話をすれば軍や警察が聞きつけ、もっとややこしい話になるはずだと。

 それより、真実を内緒にし、私にこの世界の住人として新しい人生を歩くことを勧めてきたのだった。


「わかりました。そうすることにします」


「そうじゃ、それでいい。素性さえ隠せばお主の才と知識は、この世界で大いに生かされようものじゃ」


 私は彼と相談し、嵐で沈没した商船の生き残りということにした。昔の記憶は忘れ、呆然としているところを、偶然に海岸を散歩していた彼に助けてもらったという設定だ。


「あと、その名前はどうかのう……、もう少しこの国の名前らしいほうがいいと思うが……」


 私の名前はともかく、どうやら名字がまずいらしい。とりあえず、名字は適当に辞書をめくり出てきた「フォーク」を名乗ることにした。マサカゲ=フォークだ。意外とカッコイイかもしれない。


 そして、私はこの世界で帰る家がなかったが、彼の好意でこのお屋敷に住み込みの客人扱いとしてもらうことになったのだった。




◇◇◇◇◇


 私がこの館に住むようになって三日後。

 最低限の私物を買い集めたものの、与えられた部屋は広く、ガランとした感じである。


 私は昼食後、部屋の大きな窓から冬の庭を眺めていた。

 そのとき、ドアを軽く叩く音が聞こえた。


「どうぞ、お入りください」


 と私は言った。ドアが開き、優雅な身のこなしでミンレイが入ってきた。

 彼女は一瞬躊躇しながらも、私のもとへ歩み寄り、深く頭を下げた。


「フォークさん、先日は本当にありがとうアル。先日は気が動転していて、ちゃんとお礼ができてなくて……」


 その声は小さく、オドオドしながらも、すごく丁寧なものであった。


「どういたしまして、お嬢様。私は当たり前のことをしただけですよ」


 と、私は優しく答えた。

 彼女は再び頭を下げ、手作りであろう焼き菓子を私に差し出す。


「あの日、あなたがいてくださらなければ、私はどうなっていたか分からないアル。本当に感謝してるアル」


 と、彼女は震えながらに言った。

 人さらいにあったのだ。その体験を思い出すことはきっと怖いに違いない。


「おかげで、私は住む部屋と三度の食事を手にしました。お礼を言いたいのはこちらのほうですよ」


 そう私は笑いながらにそう言った。

 暖炉の火がゆらめく音だけが響く中、彼女は微笑みをゆっくりと取り戻したのであった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?