生きるのに疲れた。
毎日、同じことの繰り返し。
仕事をして家に帰るだけの日々。
そこにやり甲斐は、感じない。
気の合わねえ上司の罵倒に耐え忍ぶ。
こんな毎日は、ウンザリだ。
仕事を辞めて、山を買った。
勢いで辞めて来たので、職場は大慌てだったらしい。
まぁそんな事は、もはや俺には関係ない。
だから俺は、ひとり気ままな放浪人。
日本と言う国は、どうやら俺が思っていた以上に腐っていたらしい。
最近ニュースで聞いたが、この国にはヤクザと言う異人が多いんだとか。
何だそれ怖い。
そんな訳で俺は、自分の身分を偽装し、有り金のすべてをはたいてオッサンへと姿を変えた。
前の職場の奴らに名前と身分を知られない為の工夫である。
そして俺は、山を買った。
東京ドーム換算で何十個分もあるだろう。
山一頭、丸々を、だ。
これから俺は、山に引きこもる。
いわゆる山ごもり生活が始まる。
そして道具はーーまぁ山小屋に行けば幾つかはあるだろう。
そんな訳で俺は、俺の購入した山に向けて登山する。
キャンピングカーに全財産を詰め込んで来たので、数年は無収入でも困らない。
悠々自適なスローライフを送るには、それなりの蓄えは必要だ。
「何だあれ?」
途中、登山道をキャンピングカーで走っていると、道端で横たわっていた猫ちゃんを見つけた。
どうやら見たところケガをしている様だったので、運転席から降りて猫ちゃんを回収。
「みゃあ」
と鳴いたので、三毛猫のミャア大佐と名付けた。
何だか、久しぶりのデートみたいだ。
思えば産まれてこの方、仕事ばかりして生きて来たから、恋愛とは遠い位置に居たように思う。
「今日が、初デートと言う訳だ」
気ままな独身のオッサンだ。
猫ぐらい彼女にしたってバチは当たらない。
山に着いてから小屋を探した。
ゴルフ場ぐらいの平たいスペース。
その周囲を雑木林が囲んでいる。
足元をふと見れば、落ち葉や枯れ木がてんこ盛り。
秋のそよ風は、中々に気持ちよく。
厚手のジャケットと手袋越しに、新鮮な山の空気感が伝わって来ている。
「山を買ったとは言っても、あるのは小屋だけだからな」
早速、すぐ近くに小屋らしき物を見つけたので。
埃っぽい屋根の取っ手を開くと、ブワッと道具が散乱した。
ゲホゲホと一人でにむせ返るオッサンの俺。
何か使えそうな道具は無いかと、目をパチパチと凝らして探してみる。
「山で生活を送るからには、まずはログハウスが必要だ」
木材を集めて自分なりのDIY。
大人な趣味にしては、悪くないシチュエーションだが、
「見つかったのは、これだけか」
クワ、スコップ、バケツ。
「どれもキャンピングカーに入ってる」
目ぼしい物は、見つからない。
せめてチェーンソーがあれば、庭木を伐採する事が出来たのに。
ここら一帯は、自分の庭。
山一つ買ったのだから、何をするにも俺の自由。
「けど、家が無いとなると、キャンピングカー生活か」
ベッドは、積んであるけれど。
それでは、気ままな山ぐらしに品が無い。
「ここは、是が非でもログハウスを建てる」
当面の目標を定めて、無理なく作業を再開する。
チェーンソーが無いとなれば、使えそうなのは、ひとまずこれか。
キャンピングカーの荷物置き場から、テントを取り出し設営して行く。
少しでも山の気分を味わおうと言う。
俺なりの粋な計らいだ。
ペグを地面に打ち付け、テントの繊維に骨組みを通す。
「ふぅ……まぁこんな感じか」
出来上がったテントを小屋の隣に設営し、俺は更に荷物置き場から手斧を取り出した。
薪割り用に持ち込んでおいた、手製の斧だ。
これを二つほど持って手頃な伐採に取りかかる。
何故、二つなのか、と疑問に思う?
斧には、切る用と割る用の2種類がある。
横からスイングして木を切るのが、切る用の斧。
そして伐採し終えた木を更に縦からスイングして割る為に必要となるのが、この割る用の斧だ。
早速、俺は横からスイングして、雑木林に生える手頃な大木を切り落とす。
木の根を残すような形で切り込みを入れると、そこに手頃な石を嵌め込んで行く。
「良い感じだ」
グラグラと揺れ始めた木が、嵌め込んだ石のおかげでバランスを崩し始める。
切り込みに対し、自然と逆側に重心が向いて倒れてくれるので。
伐採をする際には、覚えておいて損のないテクニックの一つである。
「倒れた木の高さは、約5メートル前後か」
丸太を背中に乗せる要領で、X字にロープで縛って持ち帰る。
テントのすぐ手前に丸太を集めた。
5mの丸太を細かくする前。
大体のログハウスの設計図を脳内に描く。
思い描いたのは、ペンションだ。
上り框に木製の階段を設営。
そこを登るとウッドデッキの廊下がペンションを囲む。
間取りにして2階建て。
形状は、真四角に三角屋根と言った所だろう。
山での暮らしは、気候が変わりやすい。
山の中腹付近ともなれば、山頂から雪が吹雪く可能性も考えられる。
「三角屋根は、必須だな」
あらかたの脳内イメージを適当に整える。
後は、それに合わせて材料をカットし整えて行く。
ログハウスの支柱になるのは、コンクリートだ。
コンクリートとは、水で溶かしたセメントの粉末を固めた物の事であり、建物の支柱を支える為には、必ず必要な材料になる。
「基礎を作るには、まずは液状のコンクリート作りが必要だが……」
そのコンクリートを流し込む為には、平地を真四角に切り抜く必要性がある。
「重機を使って地面を掘るか」
人の手で地面を掘るには、限界があるので、重機を使って地面を掘った方が、手っ取り早い。
「俺は、油圧ショベルを無免で乗る男」
暴走族とは、違うのである。
「とは言えショベルは、持ってない。
仕方ない。どっかから借りて来るか」
山を降りて市街地に出る。
金を払ってレンタカーを借りるのだ。