あらすじ
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冴島雪乃は、彼の新居で半月以上かけて床の色見本を選んだ。 鏡張りの壁の角度は三度も調整した。 バーの高さも、自分の昔の怪我に合わせて、すべて特注仕様に変えた。 南向きのその練習部屋は、彼女が思い描いていた「これから」の場所だった。 けれど彼が秘書を連れて内見に来た日。 彼は図面を一瞥しただけで言った。 「ここ、客室に変えよう」 「彼女は仕事で遅くなることが多いから、帰るのが大変だろ」 雪乃は何も言わなかった。 ただ静かに答えた。 「……じゃあ、そうしましょう」 その部屋を出た後、彼女は一通のメッセージを送った。 パリでの研修契約。 今日が、最終締切日だった。 彼は、雪乃がただ拗ねているだけだと思っていた。 けれど後になって、彼は劇場の楽屋裏まで駆けつけた。 一年も前から用意していた指輪を取り出し、跪いて言った。 「今すぐ結婚しよう」 雪乃は、その指輪を長い間見つめた。 そして静かに告げた。 「私が東京に残った二十数日間」 「あなたが私と結婚してくれるのを待っていたんじゃない」 「私自身が、この舞台を最後まで踊り切るのを待っていただけ」 彼女は踊り切った。 彼は楽屋の床に跪いたまま。 開いた指輪ケースから、指輪だけが転がり落ちた。 廊下を遠ざかっていく彼女の足音。 それは少しずつ小さくなり―― もう二度と、振り返ることはなかった。 その後。 セーヌ川のほとり。 冬野塁は街灯の下で足を止め、振り返った。 そして彼女を見つめて言った。 「ずっと順番待ちしてきたんだ」 「そろそろ、俺が割り込んでもいい?」 雪乃は「いい」とも言わなかった。 「だめ」とも言わなかった。 ただ、風で乱れた彼のコートの襟を整えて。 小さく笑った。 「行こう」 「風が強すぎるから」 ――ある人は「いつか」を「また今度」に変えた。 ある人は「順番待ち」を、「一緒に前へ進むこと」に変えた。閉じる
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創意工夫ありし者創意工夫ありし者2026-09-10 13:30ネオ・デビューネオ・デビュー2026-09-10 13:30作者のひとりごと作者のひとりごと
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苦しかった彼が泣きながら抱きしめた――「半分の飴が、俺の人生の始まり」早川小春には、誰にも知られてはいけない特殊な体質があった。 善人からは石鹸のような清らかな香りがする。 悪人からは、腐ったような嫌な臭いがする。 けれど、常磐家の現当主・常磐厄だけは違った。 彼の全身から漂っていたのは――苦しさそのものだった。 あの夜のパーティー。 小春は彼の手に金平糖を半分だけ握らせた。 それから三日後。 早川商会へ一通の婚約書が届いた。 父が署名する手は震え、ペン先は紙を破るほど強く押しつけられていた。 --- 常磐家の本邸へ入って初めて、小春は自分の立場を知った。 末席。 入り口に最も近い場所。 主座から最も遠く離れた席。 この家で、彼女はその程度の存在だった。 茶会の席で邦子は微笑みながら尋ねる。 「あなたのお母様、お元気かしら?」 廊下では黒瀧佑礼が彼女を見下ろしながら言った。 「君の父親が署名したもの、本当に読んだのか?」 --- 北棟にある使われなくなった和室。 その床下の隠し場所から、古い病歴を見つけた時。 小春の指先は冷たくなった。 そこに書かれていた一文。 「七歳男児」 「母親からもらった菓子を食べたと本人が証言。胃洗浄処置」 --- あの男は。 二十七年間、自分自身を闇の中に閉じ込めて生きてきた。 そしてこの屋敷の人間たちは今また、同じ手で彼を押し戻そうとしている。 小春にあるのは、たった一粒の金平糖だけだった。 彼女は、それを半分に割った。
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