その大きな部屋に入ったその時、先ほど皿やカトラリーを配膳していたゴブリン以外にも色々な種族が居た。体格の大きいことで目立つゴブリン、いやオークの・・・王らしき者がまた王冠を被ったゴブリンの王と会話していたり、もう他方を見ればドラゴン族のリザードマン、いや見るからにウーマンとフラワーエルフが、茶を飲みながら会話に舌鼓を打っていたりと、色々な種族がそのパーティ会場にいた。特にフラワーエルフとドラゴンからは、“いい男”とか偶に“麗しい”だとか言っていた。正直言って異種系はエルフを除いてあまり好まないが。
アルティノ「これがさっき言ってた現状、いわゆる議会体制ね。ここでは複数の種族における首領、いわゆる各種族の代表をここに呼んで話し合って方針を決める会場ってことよ」
彼女はそう言いながら僕をとても長い長方形の一端にある椅子に座らせて、それを合図に他の代表たちもそれぞれ席に戻る。そして魔王が一番奥にある席に座った瞬間、皆席から立ち上ろうとするが、
アルティノ「崩してよい崩してよい。座って」
と彼女が言った途端になあなあと座っていく。そして皆の視線は前原悟に集まっていった。
僕を見る、いや釘付けになっているドラゴンの黄金色の目、自分の髪の毛についている花をいじりながら横目で見るフラワーエルフの目、石のような目で見ているオーク、そしてゴブリンの目、これらは完全に敵対していると恐らく考えられる。それ以外には口がイカ、いやタコになっている者や、色白の肌の男が居た。
丁度その時、魔王側の方にある窓から朝焼けの光が差し込んで、病人のような色白の肌をした男がいきなり数百匹のコウモリに変化して、上に集団で飛び上がって行く。そして魔王は立ち上がって、後ろにある両窓のカーテンを閉める。するとまたコウモリの大群が降りて来て、次第にそれは形を成して行った。その顔は目が髪で隠れており、その素顔は分からなかった。
「すいません・・・お騒がせしてしまい・・・」
そのか細い声は、僕にとっては余り聞こえなかった。
アルティノ「その~・・・彼はサキュバス=インキュバスの代表のサインよ。まあさっき見た通り日光を浴びると灰になるから気を付けてね?」
ドラキュラか何かと勘違いしてません?その設定。
サイン「ど、どうも~・・・」
もうなんか生命的に危ない綱渡りをしているのではないかと思う程に白いその肌を持つ男が吐息交じりにそう言った。
「ふん!ニンゲンなどしんじれるものか!」
「そうですよクボウ殿!私タイロウも同じ意見でございます。こんなニンゲン風情をこの我が魔王城に入れるなぞ言語道断!むしろ回れ右して帰って実家の農業を継いで私の同族に奪われてしまえばよいのです!」
なんか一人はやけに詳しいが。
「魔王様!なぜ彼がここに座っているのです?早くここからつまみ出してはどうでしょうか!」
そんな腰巾着みたいなゴブリンが、机を叩きながら魔王にそう言う。しかし彼女はそれに対して少し、いや完全に腕を組んで見ていた。すると彼女は立ち上がり、僕の方にやって来る・・・と思ったが、そのゴブリンの代表であるタイロウの元にいた。その僕から見て左側の方に座っているタイロウの首に手を手刀のようにやって、ヒュンッと音を超える速さで手で空を切った。
タイロウ「ま、おうさ・・・ま・・・?」
その“ま”を言う間もなく、ゴブリンのタイロウは肩甲骨の上辺りにうっすらと細い線が出て、首から上の頭が体の上からドサッと落ちる。まるで打ち首の処刑で首がすっ飛ぶように。その首が飛んでからもついているそのギョロリとした目はこちらを向いていて、まるで僕を呪い殺さんとしようとしている感じだともとらえられた。でももっとも驚いていたのはこっちが何も動じなくなっていた事だ。三日もこの世界に居たら自然と慣れるのだろうか。いやそんなはずない、ただ自分の感覚が鈍っているだけに違いないとそう言い聞かせた。
アルティノ「私に指図をするのなら、私を倒しなさい」
そう何もうんともすんとも言わないゴブリンの体と頭にそう言う。しかし、同じくして何も答えない。
その横にいたオークの代表、クボウはそいつの重く、大きい顔が見てわかる程その隣にいる、先ほどまで慕っていた子分のような物が子分だった物になっていた事に驚きと動揺を隠せなくなっており、それが顔に出て、体も小刻みに震えていた。
アルティノ「それで、私がこれから言う事に拒否するという事は無いわね?拒否するというんだったら・・・これからどうなるか分かるわよね?」
そんな彼女は少し、いや十分に怒ったような顔でそう言った。あれは分かる、まるであの時に居た、初めて会ったときのあの顔よりも怒りに満ちていた。そんな彼女はその顔をのままで玉座に座る。
前原「!」
僕はそんな状況に固唾を飲んでいた。むしろ今度は僕なんじゃないかと思って、実は彼女を倒す勇者になる、魔王になるという事を口実に、魔王城に呼んで自分を惨殺するのかもしれないんじゃないか。それともこれも僕の魔王に対する復讐心、いや対抗心を燃やすためのプログラムなのか?そう言えば、プログラムと言う言葉で思い出したのだが、この世界が僕の作っていたゲームなら、明らかにプロットと大きくかけ離れていたはずだ。しかも自分にかなり寄せたキャラをプレイアブルにして。もしかしたら僕は今、元のプロット、いわゆるあの書斎で見た勇者がドラゴンを倒す話とは違うプロット、それには無かった違う選択肢と分岐点を選んだことによって全く別ルート裏エンドが発生しているという事か?なんだろう、タイムスリップ系によくあるあの~・・・なんだっけ、幼馴染の死を回避するために違う選択を選び続けてたら、いつの間にか自分がその愛する人を殺してた結果しか残ってないみたいな。某ゲーム原作のアニメの展開みたいな。
そんな目の前にいる状況に何とか言い訳を考えながら、ゲームだからと現実逃避しながらその惨状を何とかやり過ごす。
アルティノ「それで、さっきから中央に座ってるそのマエハラサトルっていうニンゲンなのだけど、誰だか分かる?」
直線状にいる魔王が腕を組みながら、足を組みながら周りに聞く。すると、右にいるフラワーエルフと言う種族の代表が、一度口を開こうとしたが、魔王によって被せられた。
「星n「次期魔王になるニンゲンよ」
その事が宣言された瞬間、残りの周囲はザワザワとして、「信じられない」だの「殺す」だのと、皆考えが追い付いていなかった。オークの男は、少しニヤリと笑って、
クボウ「わらえるものだ。貴様が?魔王になる?ニンゲン如きの虫けら以下が魔王に成れる物か」
そう僕の事をカッとして揶揄う。恐らく僕が見た魔王が人間だったという事を知らないようだ。というかあの書斎は多分魔王の秘密の部屋という事になっているかもしれないが。
アルティノ「残念ね。私の後になるべき人物というのに」
彼女はどこか残念そうな顔でこちらを笑っている。そしてインキュバスの三角関数ことy座標ことサインは少し愛想笑いをしている。
だけどどうしても僕の怒りが、湧くことは無かった。おかしいのだ、変に怒りが湧かないのだ。むしろここで怒るのは何か違う感があった。いや怒りという感情を、キレるというアクションをここ数日の過労で落としてしまったのだ。
クボウ「なぜ貴様は怒らない?吾輩を舐めているのか?」
いや違う。このゲームにおいて感情という変数を設定していないのかもしれない。なぜならこのゲームはあくまでアドベンチャーであって、デトロ!開けロイト市警だ!のようなものじゃない。だから目の前の奴に対して怒る事が出来ないのかもしれない、そして玉座に座っている魔王にも。もしかしたらどちらもあり得るのかもしれない。
クボウ「人形のように脆きニンゲンよ。答えろ、吾輩を無視しておいて生きて帰った物はいない。答えろっ!!!」
その大きな図体に見合った大きな声が耳を掠り、衝撃波をブワワァッと僕に当てようが、感情を揺れ動かす物にはならなかった。そして僕は宙を飛ぶことになる。胸倉を掴まれて、今殴られそうになっているのだ。少し怖いという物があるが、それでも目の前の奴にそれほど怒りはわかない。