カーン「それで、壁を魔法で壊したと?」
そんな彼の感情とは裏腹に、目の前ではこの魔法学園の講師の中で最も古株と言える天災魔導士と呼ばれるカーンに困惑した目で見られていた。
「はい・・・」
と一言。どうやらやってはいけない事をしてしまったという自覚があるようだった。「また俺なんかやっちゃいました?」っていう感じにどこかニヘッとして責任を感じてないこれまでの方々よりかはまぁマシだろう。どっちもどっちでやったことには変わりないがね?
カーン「あの~・・・ね?まあ壁を破壊っていうのは私も若い頃やったことありますからまあ分からなくも無いですけど、これ以上自分自身で自分の居場所をさらすのはおやめください。自身の身上を考えた上で計画して、あまり頭角や違和感、そして派手さを避けて授業をやってくださいね?お願いしますね?それと魔法での実験は野外で・・・ね?
ねえマエハラサトルさん」
その男の顔が露わとなる。それはかつて、かつて西の方に存在する残虐、そして狡猾と恐れられていた魔王を倒した男、その名も前原悟であった。しかしそんな魔王を討伐した者などもうそんな物過去の遺物だと言うほど、肩書きすらも廃れたように見えるほど今の彼は惨めな姿だった。髪はやつれ、髭は無精髭のようにポツポツと黒い点が生え、目の下にクマを飼っている。
前原「はい、今度からもうしません・・・もう絶対に「いや絶対にっていうわけではないのですよ?そういった実験場がちゃんとありますのでそちらを使っていただければ」わかりゃした。カーンさん」
そんな心配する目を目の前にいる前原悟、かつての輝きを失った目を添えた者に向ける。その男は学園内の講師と生徒を判別するための頭被りが付いて黒を基調とした、袖口や首回りに黄色が入っているローブを着ており、それは彼の足元まで垂れている。彼の身分を隠すために急遽用意したものは、その身分以上に大きく覆いかぶさっていた。少し丈が大きい様に感じる、3年前に彼が来た頃からつけ始めたそのローブは。
カーン「・・・それにしても懐かしいですね。もう3年の時が経つとは」
~3年前~
前原「ごめんね」
波打つ崖の上から、自分の身を投げ出す。まるで一人の少女を殺めてしまった罪を一身にかけ、処刑台から地面が開いて落ちていくように。
もうこれで良かったんだ。これでいいんだ、そんな安心感が海に飛び込むまで自然と沸き上がった。そして水面と距離が近くなっていく。
バッシャーン!!
水の柱が大きな水音と共に上がる。上を見ればヴィトが、そして何か彼女にしがみついた凌雨華と目が合った。でもそれも水の中に流れていく。そんな中、僕は意識を失った。
一方その頃、西の海のとある船内では、皆酒瓶を持って各自駄弁ったり飲んだり食ったりしている。そんな中、この世の終わりみたいな地獄のコールが船の中で響いていた。
「「いっきっき〜の~き~w\アイアイアイ/ いっきっき〜の~き~w\アイアイアイ/
いっきっき〜の~き~w(オ○○〇?)\アイアイアイ/ いっきっき〜の~き~w(オ○○〇?)\アイアイアイ/いっきっき〜の~き~w(オ○○〇?) いっきっき〜の~き~w(オ○○〇?)」」
一人の男がそのように鳴くと、周りも共鳴し始める。その男、いや女数人を含めた集団がテーブルを囲んで、一人が薄緑色の液体が入ったジョッキを持っている女に注目してその雑言を浴びせる。この様子がもしSNSに投稿されでもしたら一瞬のうちに特定されて、晒上げられて、挙句の果てには逮捕か内定取消かの2択だろう。されどここは異世界、そんなSNSなんて物は存在せず、あるのは前原悟という名の男が作ったアルファ掲示板、しかも使える人間も限られているような代物だけだ。
そんな掲示板の持ち主の一人が、その船の外で海にぷかぷかと浮きながら近付いていた。
「もうヤバい」
そうやって先ほどまで一気飲みしていたジョッキを振り解き、そうやっていかにも弱ってそうな言葉を吐いては、その吐しゃ物を吐きそうになって口を押えている様子であった。しかし彼らの攻撃、いやサイレンは鳴りやまない。
「セイレーン、呑んでなくない?ウォウ ウォウ⤴セイレーン、呑んでなくない?ウォウ ウォウ⤴」
しかしそのサイレンは、本当の地獄の始まりであった。
「おっ○○ま〇〇ま〇〇ち〇〇アイ おっ〇〇ま〇〇ま〇〇ち〇〇
おっ〇〇ま〇〇ま〇〇ち〇〇 おっ〇〇ま〇〇ま〇〇ち〇〇」
いきなりOMMC姉貴のように男と女の恥部の名前を交互に連呼し始めたのだ。これにはもう周りもその集団にドン引きして、軽蔑の視線を送らざるを得ないような状況となっている。節度を持って、SNSにそんな物を挙げない事を以てお酒を楽しむのが一番だっていうのに、やはり酒は人を狂わせる。でも酒っ!飲まずにはいられない!こんな何もない船旅にはこの世の終わりみたいなコールこそ最高の肴であった。
「もう良いよぉ!トイレ行ってくる・・・」
そんな酔っぱらっている一人の男が、よろけながらその船の外へ向かっていく。辺りはもうすでに完全に真っ暗な夜。一寸先も、それどころ自分の数センチ先どころか何も見えない。そんな暗闇と、よろける船の中で、酔っている頭でも危険を感じたその魔法学園の生徒は、酔いつぶれそうな中でなんとか、いやとある魔法学園の講師にとっては必要ないと考えられているであろう呪文を言う。さすがは魔法学園の生徒、酔っぱらっている中でもちゃんと魔法を発現する事が出来るのはその学徒、魔法学園に付きという事であろう。しかしそれは吐しゃ物も含めた物だった。
「ぅう~・・・我の指のもとぉに・・・光うぉ・・・うっオロロロロロ・・・!うぇっぷ・・・放てぇ・・・ひぇっひぇっひぇっひえっひえっ」
するとよろけている指の先から一粒の光が出て、その甲板と少しの海を照らす。半径3メートルの光、たとえ小さな光でも大きな命綱というわけだ。
その少し照らされた海の中、何か変な影が見えた。この荒波、流木や何かの残骸がぷかぷか浮いていても何の造作もない。しかしそれは、目を疑う物であった。
「あれ?人?」
そのぐらぐらと揺れる眼を萎めて見る。するとそれは黒に肌色の、人間の頭。
その瞬間、酒に酔っぱらった魔法学園の生徒はすぐさまそのおかげで素面に戻り、一瞬で状況を理解した。助けねば、と。
「まずい、助けないと!何か・・・あ、あれだ!」
その男はすぐさま自分たちが乗っている船にあった縄を掴み、その首を引っかけてこっちに持っていこうする。
「我が縄の元に鋼鉄なる硬さを。そして目の前の者に触りし時巻き付け給え」
その瞬間彼の縄がいきなり鉄骨のようにして長く、そして硬くなってその溺れている元に届いていく。そして何か触れた瞬間先ほどの縄のようにそれはしなって、溺れかけている首元に届いた。
瞬間、首吊りのように引きずられてその溺れた人間が船へと近くなっていく。しかしその男は失っていた意識をその首絞めで取り戻した。まさに奇跡と言えるだろう。
前原「もがっ・・・!かはっ・・・!」
されどそれは其処に浮かんでいる男にひしゃげた顔をさせて苦しめることになる。しかし、まるで一本釣りのようにして打ち上げられた男、その名も前原悟はすぐに目をカッと睨むように見開き、その縄の男に向かって急降下していく。
「ひっ・・・!」
その眼に睨まれた学生はガクブルと身を震わせ、自分の掴んでいた縄をすぐさま自分の首に巻いて、このまま死のうとしたところ、甲板に打ち上げられた前原悟がそれを止めに入った。されど彼はなにか切れる物を持っていなかった。歩くシュール製造機に縄を掴まれて、そのとある魔法使いの金の卵の死は避けられた。
「え?」
一瞬そんな状況を理解していないのかへっぴり顔。
前原「生きろお前。死んだらこれからの未来が全ておじゃんティだぞこの野郎」
さっき死にかけてたお前が言うな。これからの未来を捨ててかかる勢いで崖から落ちたお前が言うな。
「・・・かっけえ・・・っすね」
なにこやつもかっこいいとか言ってんだ。目の前にいるのは生きるのと逆のことやってた奴だぞ?一番生きるっていう言葉を使えないような奴だぞ。
前原「それで、ここは三途の川かい?」
~~~~~
カーン「それで、あの打ち上げられた後どうなってたんですか?私は魔法学園であなたを介抱していただけですし、勿論そこに居た生徒に聞いても口を閉ざすばかりで、なにも知らないばかりですが笑」
そんな船に乗ってやって来た前原悟の同僚、天災魔導士カーンは少し笑いながら、その真実を聞き出そうとする。
前原「え?打ち上げられた後は~・・・」
~~~~~
実際あの後は特にシリアスな展開は全然無しでしたね。しかもあの後なぜかいきなり「来ます?」とか言われて最初は若干良いよ良いよみたいな雰囲気だったけど異世界人の気迫になんか押されて船の中に着いて行ってみたらその付いて行った子と同じような顔ぶれ、まあ?僕よりは幼いぐらいの子達が酒をカバっカバっ飲んでバクバク食べてる様子が目に入って来たんですわ。まあそりゃあこっちもこっちで一日中食べても飲んでもないもんだから変に気合入ってその集団に入っていったんですわ。
「なぁ~に持ってんの~?なぁ~に持ってんの~?飲みたりないから持ってんの!
はいドドスコスコスコドドスコスコスコドドスコスコスコおいしいよ♪」
「お~さ~け~お~さ~け~♪お~さ~けぇ~が飲める~♪それが運命(さだめ)よ~男~♪」
まぁコール、というか相手を飲ませるための掛け声みたいなやつでまあ何杯飲まされたことか・・・それで4杯目ぐらいにまあ無理で潰れたわけですわ。
~アバドン生命の樹魔法学園~
そうやって船が目的地に着いたとき、アバドン生命の樹魔法学園に着いたとき、類いまれも無い程のお酒と吐しゃ物による異臭を放っておりましたからな。しかも船の外からすごく。
カーン「くっさ!何なんだこの臭いは!?」
その船の中に入るとね、まああなたが居たわけでおりまして。
「その・・・全部彼が飲んだらしいのですが・・・」
仰向けで天井に向かったまま机の上に眠っているあなたが降りまして。
~~~~~
カーン「そんな事があったのですねぇ・・・まあ私の生徒ですから十分にちゅ「いやいやいや!全然お気になさらず!」あぁ、そうですかそうですか・・・まあ今回の壁が壊れた件に関しては・・・まあ物体浮遊の魔法でも使って直しておきましょう。何も問題はございません・・・ね?」
前原「ありゃぁとうございま~す!」
そんな二人のいる一室で、その二人による密かな協定が行われた。その二人以外誰も居ない密室で。