首を締めるネクタイを解き、投げ捨てる。灼熱の蒼いバーニアがブースターから噴き出し、瞬く間にダナンとの距離を詰めた始末屋は、強化外骨格を唸らせ黒鉄に包まれた右腕部装甲を振り上げパイルバンカーの杭を火薬の炸裂と共に射出した。
宙に舞う空薬莢とダナンの頭を貫き潰すべく撃ち放たれた鋼の杭。脅威的な反射神経……もとい危機察知能力で頬を焼き焦がされながら躱したダナンは超振動ブレードを振るい、黒鉄の装甲を薄く斬りつけ「グローリア‼ お前は逃げろ‼」と叫ぶ。
「ダナン―――」
「邪魔だ‼ 死にたいのかッ⁉」
迷うグローリアを蹴り飛ばし、続けざまに撃ち放たれたチェーンガンの弾丸をバーカウンターの影に身を隠しやり過ごす。始末屋の狙いはダナンただ一人。黒き蛇と揶揄する下層街の遺跡発掘者を殺し、存在そのものを抹消する為に上層街の始末屋は戦闘用強化外骨格を駆り無尽蔵の暴力を振るうのだ。頭部装甲に位置する真紅の単眼を動かし、グローリアから視線を外した始末屋はカウンターを粉砕しながらダナンを追い詰め、機銃を回す。
悪なる蛇は殺さねばならぬ。片翼の聖天使を誑かし、救世主……白の君の救いを妨げる黒蛇の細胞など一片たりとも残してやるものか。故に、これを使う。左腕部装甲が機械の駆動音を発し、歯車が回る。一発の弾丸が弾倉に込められ、左腕部装甲の隙間から銃身が伸び、ダナンの心臓へ狙いを定める。
ALBを使う。奴の心臓に巣食うルミナの蟲…細胞融合型万能ナノマシンの活動を停止させる特殊弾頭を撃ち込み一気に殺す。同じ轍は踏まない。これが彼女の為になるのであれば、躊躇う必要は無し。神経接続型脳波コントロールによる引き金を引こうとした始末屋は、ダナンの身体を覆う鋼の表皮を視認するとチェーンガンを乱射し、次の炸裂薬莢をパイルバンカーの薬室へ装填する。
「黒蛇が……ッ!!」
「黙れよ……始末屋ッ!!」
生体融合金属を起動したダナンは「ネフティス、武器を探せ‼ 何でもいい‼」と戦闘支援AIへ指示を下す。
『システム復帰。武器武装を探査……完了。ダナン、微弱なプラント反応を検知しました。誘導しても宜しいでしょうか?』
「早く‼」
『了解、誘導開始。角膜と融合したルミナを用いてナビゲーション・システムを実行。敵戦闘用強化外骨格……訂正、始末屋からALBを検知。銃撃に注意して下さい』
無機質で抑揚の無い声が返ってダナンに安心感を与えた。額に流れる汗を拭う暇なく視界に表示された矢印を辿って駆け出したダナンは、振り向きざまに無駄だと分かっていながらショットガンの引き金を引き、散弾を撃つ。強化外骨格の装甲は堅牢で強固な城そのものだ。現に散弾は黒鉄の装甲に僅かな傷を刻むだけで終わり、始末屋は何の脅威も感じずに突き進む。
自分だけが生き残り、他者を踏み台にすれば始末屋との戦闘を有利に運べたのかもしれない。中層街の権力者であるグローリアを盾にして時間を稼ぐことも出来た。いや、事実そうするべきだった。下らない感情を踏み潰し、グローリアに感じていた奇妙な友情を噛み殺せばよかった。だが……何故かそれは出来ない。己を友人と呼び、信じてくれる人間を盾にすることはダナンであっても出来なかったのだ。
チェーンガンの弾丸を生体融合金属の鋼で弾きながら、バーの壁に追い詰められたダナンは壁を二度拳で叩く。その隙に始末屋は手掌装甲を展開するとレーザー兵器のエネルギーを充填する。
「ダナンッ‼ 待ってろ、直ぐに治安維持兵が」
「……グローリア」
「もう少し、あと少しで来る筈なんだ‼ だから」
「ゲートの治安維持兵……退屈そうな男に話し掛けろ」
「何を言って―――」
「飲みに行く約束をしている。だからコイツを片付けたら、後で落ち合おう。安心しろ、俺は」
死なない。そう言ったダナンの視界が眩い閃光で覆われ、生体融合金属で覆われた身体が煤になる。超圧縮されたレーザー兵器から発射されるのは鋼鉄をも焼き溶かすエネルギー。想像を絶する激痛と身体が溶ける感覚を味わいながらレーザーに焼かれたダナンは、ルミナの蟲の再生修復機能をフル活用しながら命を焦がす光と共に壁の先に落ちる。
「ダナン!!」
グローリアが叫び、手を伸ばす。彼はダナンが完全に死んだと思っただろう。普通の人間であればレーザーに焼かれて生きている筈がないと考える。しかし、始末屋は違う。黒鉄に包まれた男はこの程度でルミナの蟲を宿す者が死ぬと考えていない。悪なる蛇と忌み嫌い、黒き蛇と呼ばれるダナンを殺す使命を帯びた始末屋は壁の向こう側に広がる緑の空間……違法密造プラントを見下ろすと殺意を剥き出しにして飛び降りる。
黄緑色の溶液に満たされた試験官が立ち並ぶ空間……プラントは細胞培養システムの一環である。淡い翡翠の光に満ちるプラント群を見渡した始末屋は、強化外骨格が感知する数多の生体反応を一蹴するとセンサーを切りローラーダッシュの車輪を回す。
確かにダナン……黒蛇はこのプラントに落ちた筈。ルミナによる再生時間を稼いでいるのか、戦闘可能になるまで修復を待っているのか……。苛つく神経を抑え込み、視界の端に蠢く肉片を捉えた始末屋は口角を吊り上げ歪に笑う。
殺す。全て殺す。白の君の前に立ちはだかる存在、不要と断じた存在は排除するのみ。相手が下層街の屑であろうとも、中層街の富裕層であろうとも関係無い。己は彼女に全てを捧げた聖徒である。成した罪悪は死の時に清算しよう。故に……その時まで忠義を尽くすのだ。
重い鋼を響かせ、ALBが装填された銃を構えながらプラントの影を覗き込んだ始末屋は小さく舌打ちすると、背後から迫る凶刃を紙一重で弾きバーニアを吹かす。
「……化け物が、貴様のような存在は既に人間ではない」
「―――」
ぶすぶすと黒煙を噴き出しながら筋繊維を剥き出しにする異形。左腕を自らの意志で斬り落とし、不意打ちを狙っていたダナンは舌打ちすると「ネフティス……策を……次の」ルミナの蟲の修復速度を速め、肉の塊が浮かぶプラントを解放する。
培養液が一気に流れ出し、人間の成り損ないと評すべき肉塊がもぞもぞと蠢いた。目玉と脳、骨格を持たない露出した筋繊維と瑞々しい脂肪……。自意識を持たず、脳と遺伝子に刻まれた本能のまま動くヘドロ状の生命体は始末屋の脚部装甲に纏わり付く。
見るも悍ましい光景だった。常人であれば発狂し、冷静さを失い混乱していただろう。だが、始末屋はこんな光景には動じない。常日頃から命を奪い、凄惨たる光景を目にする始末屋は肉塊を踏み潰し、ダナンを探す。
「……」
生体センサーを起動するには出来損ないの数が多すぎる。
「……」
だが……何故奴はプラントの在処を知っていた? 何故意味も無い……生体プラントに落ちた? 此処には武器が無い。武器と成り得る素材が存在しない。
「……」
まさか―――。その思考に至った始末屋の装甲が銃弾を弾き、火花を散らす。
『ダナン、武器精製機能に書き換えたプラントが鉄を要求しています。如何しますか?』
「俺の血を抜いてプラントに注げ。ネフティス、ルミナの蟲の調整を怠るなよ」
『了解しました』
「……狂人が」
始末屋が目にしたものは自らの身体にチューブを繋ぎ、血を抜きながらプラントに素材を流し込むダナンの姿。人間の血液に含まれる栄養素を分解し、必要な武器と弾薬を作る狂人の所業。
アサルトライフルを構え、褐色肌を更に土気色にしたダナンは歯を食い縛り、気を抜けば意識を失う頭を振って照準器を覗き込んだ。