目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

プラント

 違法プラント……それは遺跡の遺産を解析し、使用可能な技術だけを抽出して建造された分解再構築生体培養管である。


 無機物有機物問わず、武器であろうが人間だろうが素材と材料、培養物の情報さえあれば文字通り何でも作り出すことができる培養管……もといプラントは下層街の犯罪組織である肉欲の坩堝とサイレンティウム幹部の私腹を肥やす罪悪の根源。死人をも蘇らせることを可能とするプラントは、故人の脳細胞から脳を再構築し、デッキに保存された記憶情報をプラントの培養液に浸かる人造人間に移植する。


 下層街において人命は銃弾よりも軽く、紙切れよりも薄っぺらい塵芥。だが、中層街における死は下層街とは違い遥かに重いもの。人が死ねば遺族は嘆き悲しみ、故人の思い出を葬儀場で語り合う。中層民は死を忌み嫌い、畏れ、否定する。どうしてあの人が死なねばならなかったのか、何故生後間もない我が子が死の運命に曝されるのか……。嘆き、悲しみ、涙を流す程に中層街にとっての死は不可避の運命……命に楔付けられた宿命と言っても過言ではない。


 死が恐ろしい。死は忌避せねばならない。死を認めてはならない……。迫り来る死の影に怯え、愛する者の命を刈り取ろうとする運命を否定した中層民が手を出したのは悪魔の技術にして倫理観を完全に破壊する精神的な核兵器。肉欲の坩堝に属する遺跡発掘者にプラントの基礎となる技術を発掘させ、遺跡から持ち帰った中層街の権力者は欲望渦巻く混沌の街歓楽区、ヒドロ・デ・ベンゼンの深奥に違法プラントを建造した。癌細胞の如く蔓延する犯罪と常軌を逸した欲望に穢れた娯楽施設を隠れ蓑にして。


 当初の目的は故人の復活と死の否定。中層街で禁止されている人体複製、人格と記憶を保ったままの人造人間の培養は権力者の飽くなき欲望を刺激した。次第に目的は醜く歪み、悪意が罪を芽吹かせ誠実さを飲み込み溶かす。


 この技術を利用して裏のビジネスを始めよう。サイレンティウムに気付かれぬよう下層街……犯罪組織である肉欲の坩堝を前に自分達の私腹を肥やそうではないか。大丈夫、バレやしない。商売の場所は無法と無秩序が跋扈する下層街歓楽区。その為の肉勅の坩堝だろう? ほくそ笑み、欲に眩んだ権力者の眼が熱を滾らせ狂気に揺れる。


 思い出の人……初恋の人を凌辱して犯す。禁忌の愛と呼べる親子相姦を成してもいい。憎い上司を培養し、残虐極まりない方法で殺せ。それらの欲望を叶える為に、死を否定する為に造られたプラントは醜悪極まりない方法で稼働し、今日も肉塊を培養しては業火のように燃え盛る欲望に焦がされる。人間の手によって、機械は罪悪を生み出しているのだ。


 しかし、そんな事情を知らずに己の血液をプラントへ注ぎ込み、血液内の栄養素を分解再構築して造られたアサルトライフルのグリップを握ったダナンは引き金に指を掛け、一気に引く。連続した射撃音がプラント内に響き渡り、始末屋の強化外骨格の装甲に弾丸が弾かれ火花を散らす。


 通常兵器では厚い黒鉄を貫くことは出来ない。もっと、装甲を貫通することが出来る武器が必要だ。ロケットランチャーか高出力レーザー兵器のような強力な武装を作り出せ。身体に突き刺した透明なチューブを通る鮮血の流動量が増加し『ダナン、これ以上は危険領域です。ルミナの蟲であろうとも過剰失血はナノマシンの機能低下を招きます』と忠告するネフティスの声を無視して培養液と共に排出されたロケットランチャーを肩に担ぐ。


 プラントがどうなろうと関係無い。先ずは始末屋を葬り、生き延びることの方が重要だ。霞む視界と痛む頭、身体が鉛の重りで雁字搦めにされたように重く感じたが、ダナンの内で吼え狂う獣性が自然とロケットランチャーの砲身を始末屋へ向け、引き金を引いた。


 間抜けなロケット弾頭は始末屋のチェーンガンによって撃ち落とされ、周囲が爆炎に包まれる。炎を突っ切り、ダナンに接近した黒鉄のパイルバンカー……鉄杭が薬莢に満たされた炸裂火薬の圧力で射出されるとプラントの操作パネルに突き刺さる。


 『ダナン、接続されていたプラントが破壊されました。次のプラントを探して下さい』


 「分かってる……ッ!!」


 『警告、始末屋の手掌装甲にエネルギー充填を確認。圧縮レーザーの射出まで残り五分。撤退か退避を推奨します』


 地面に手を付き、無理矢理立ち上がろうとしたダナンの腹を始末屋が蹴り飛ばす。骨が砕かれ、内臓の一部が破裂した。


 大量の血を吐き出しながら、壁際迄吹き飛んだダナンはレーザーの収束光を見る。青白い光が煌めき、射出口で強烈な輝きを放っていた。


 生き残る術を……この状況を打破する為に思考を張り巡らせろ。内臓と失血はルミナの蟲が修復する。始末屋を殺す方法だけに脳のリソースを割け。軋む機械腕に群が白い線虫を一瞥したダナンは「……ネフティス、波動砲を使う」と呟き、生体融合金属を表皮に纏う。


 『了解、熱エネルギーを波動エネルギーへ相転移開始。立って下さいダナン』


 「……反対、しないのか?」


 『それが最も合理的で最適解と判断したまでです。私は戦闘支援AI、戦いに有利となる選択を使用者が選択したのなら代替案を控えます。それにダナン、まだコード・オニムスを使用する段階……訂正、戦況ではありません』


 「……」


 あの絶大な力を振るうタイミングは何時だ、これ以上に危険な状況があるものか……いや、ある。ダモクレスとアェシェマの乱入に十分警戒するべきだ。震える足で立ち上がり、機械腕から波動砲を展開したダナンは獰猛な殺意を瞳に宿す。


 全て殺す。目の前に立ち塞がる脅威も、何もかもを殺し尽くす。壊せ、踏み潰せ、叩き潰せ―――。ダナンの心臓に蠢くルミナの蟲が感情の昂りと共に燃え狂い、血が沸き立つ感覚を脳に刻み込む。


 『波動砲発射まで三、ニ、一……許可を願います』


 「撃てッ!!」


 細い紫電が空を切り、反物質が形成される。小型格納式波動砲から放たれたエネルギーは始末屋が放ったレーザーを飲み込みプラントの一部を跡形も無く消し飛ばす。


 『始末屋健在、第二射の為に砲身を急速冷却中。波動砲の急速冷却、放熱を開始します』


 波動砲が残した傷痕の中に始末屋の姿は無い。だが、ネフティスが話す情報に嘘は無いと知るダナンは上空から鳴り響くブースターの音を耳にし、エネルギー照射を躱した始末屋に舌打ちする。


 以前戦況は此方が圧倒的に不利なまま。当然だ、生身の人間と強化外骨格ではそもそもの身体的スペック差が在り過ぎる。始末屋にとってこの戦闘は消化試合に過ぎず、道端に転がる石ころを退かす程度のもの。雨のように降り注ぐ銃弾を鋼の表皮で弾き、アサルトライフルを乱射しながら駆けるダナンに『管理者が来ます』とネフティスが無機質に言う。


 「管理者? まさか……いや、アイツは寝込んだままの筈」


 耳元にノイズが奔り、機械腕に組み込まれていた通信機能が回復した瞬間「ダナン⁉ 無事⁉ 無事なら返事をしなさいッ!!」リルスの声が響いた。


 「リルス……? 通信が、回復したのか?」


 「ダナン!! イブが」


 「イブがどうした……ッ!!」


 鳴り響く鋼の音と飛び散る火花。リルスの焦る声が鼓膜を震わせ、再び収束するレーザーの光を睨んだダナンの視界……闇の奥に星を思わせる煌めきが映った矢先に、一枚の銀翼が胸を貫いた。


 「―――ッ!!」


 『管理者イブによるコード・オニムスの使用許可を確認。ルミナ制御完了』

 舞い降りる銀翼の少女……銀の髪を靡かせ、汗を滝のように流しながら射出されたレーザーを五枚の銀翼で防いだイブはダナンを虹色の瞳で見据え。


 「一人で無茶はしない方がいいわよ? ダナン」


 と、細い腕を払い、苦痛を抑え込んだ微笑を湛えたのだった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?