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燃える命 上

 黒鉄の頭部装甲の奥にある、HMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)に包まれた始末屋の顔が大きく歪む。


 片翼の聖天使……救世主の実姉、計画の鍵を握る白の君。何故貴女は不死の黒蛇を守護し、命を救おうと戦いに赴くのか……。強化外骨格の装甲を五枚の銀翼をで薄く切り裂いたイブは、ふらつきながらも七色の瞳を輝かせ、攻撃の手を僅かに緩めた始末屋へ銀翼を繰り振り下ろす。


 白銀の少女が操る銀翼の一撃は羽根で肌を擦る程度の柔いもの。だが、羽毛のような攻撃であろうとその切れ味は鋼を容易く切断する凶刃。迫りくる五枚の銀翼をチェーンガンで迎撃し、パイルバンカーの鉄杭を打ち込みながら叩き落とした始末屋は何度も何故と呟き、イブの背後で這い蹲るダナンへ憎悪の眼を向ける。


 不死の黒蛇、天使を誑かす悪なる蛇……。貴様が存在する限り塔に安息は訪れない。上層街に蔓延する奇病を止める術は悪を打倒し、真なる静寂の上に成り立つのだ。救世主の計画を阻害する存在は許さない。カナン様の高尚なる救世を、塔でのみ生きることを許された命を永遠の楽園へ誘う意志は己が守らねばならぬ。約束の地は煉獄山を登り、原罪を浄化された者にのみ与えられるエデンの園故に。


 「白の君よ、何故貴女は黒き蛇の為にその身を削るッ!! 悪を成し、背負った罪すら浄化できぬ屑を生かしておく必要は無い筈だ!!」


 「五月蝿いわね……少し黙ってくれる?」


 大量の汗を額から垂れ流し、銀翼を操るイブが地面に片膝を着く。


 「イブ……お前は」


 肉体の修復を終え、イブの肩を抱いたダナンの頬に白い手が触れる。氷を思わせる冷え切った掌と微かに振るえる指先と……。無理を通り越した命懸け。ICEの影響をルミナの力で抑え込み、ネフティスが発していた救難信号を察知したイブはリルスの制止を聞かずに飛び出した。銀の翼を下層街の闇に広げ、流星の軌跡を描きながら罪悪の根源へ飛び込んだ。


 ルミナ・ネットワークは適合者同士の身体状況をリンクするシステムが搭載されている。イブがダナンに移植したルミナの蟲、それに伴う戦闘支援AIネフティスが管理者である少女へリアルタイムで状況を伝え続けていた。


 ルミナの蟲を持つ者はどんな状態でも再生し、修復することが出来る。レーザーに身を溶かされても蒸発した細胞や血に含まれるルミナが適合者の身体情報を基に戦闘可能状態まで回復させる。だが、肉体が不死に近い存在になったとて、精神が壊れてしまえば生きる屍になってしまう。絶望の縁に立ち、勝ち目のない戦いを挑むダナンの状況をルミナ・ネットワークで知ったイブは身体に鞭を打ちながら銀翼を羽ばたかせたのだ。


 「……守る必要は無いと、そう言いたいの? ダナン」


 「違う……」


 「私の行動が理解できない、意味が分からないと?」


 「違う……ッ!!」


 「なら貴男は……何を、思ってるの? 私は貴男に」


 「何を思って、何でこう怒っているのかなんて俺だって分からないんだよッ!!」


 イブの瞳を睨み、牙を剥いたダナンは己が内心で暴れ狂う激情に吠える。


 イブは己の心臓を握り、生殺与奪権を持つ少女だ。傲慢な物言いと相手の心理を探るような言動、それでいて自分自身に課せられた使命を命よりも重く受け止め、醜く足掻く美麗な白銀。藻掻いては沈み、抗って浮上する綺麗な意志はダナンには存在し得ぬ玲瓏なる篝火。


 何故身の危険を省みず、不相応なリスクを背負ってまでハカラを手に入れようと思ったのか。それはICEによって弱りきっていたイブを救いたかったから。


 生きていたいと願い、死にたくないと祈って泣き叫ぶ心と相反する行動。一人の少女を助ける為に命を落とすなど馬鹿げている。たった一人の為に命を掛けるなんて偽善者が取る愚行。だが……こうして弱ったイブを腕に抱き、頬を撫でる冷たい手を握ったダナンが思ったことはただ一つ。



 この娘の為に……命を燃やせ。圧倒的な絶望を噛み殺し、粉砕し、燃やし尽くせ。信じる誰かの為に、信じようとする誰かの為に……心に薪を焚べろ。



 「……ネフティス」


 『何でしょう? ダナン』


 「コード・オニムスを使う」


 『了解、コード・オニムスの起動を承認。ご武運を、ダナン』


 「リルス、聞こえているか?」


 「聞こえているけど……ダナン、貴男」


 「上層街の始末屋を殺す。サポート、頼む」


 通信機の向こう側でリルスが息を呑む声が聞こえた。冷徹な殺意をドス黒い瞳に揺らめかせ、イブの身体をそっと横たわらせたダナンは宙に浮く始末屋を見据え、燃え上がるような熱を滾らせる心臓を―――胸を鷲掴みにする。


 脳が沸き立つ血によって引き裂かれるように痛む。全身の穴という穴から鮮血が吹き出し、生体融合金属で覆われた表皮に張り付き真紅の装甲を成す。


 視界が真っ赤に染まる。耐え難い激痛が頭の天辺から爪先まで駆け巡り、涎を口から垂れ流したダナンは己の心臓へ手を突っ込み、胸骨を貫きながら血をルミナの力を以て活性化させ真紅の大剣を抜き放つ。コード・オニムスを発現した姿は鮮血を帯びた紅の騎士。オニムスの騎士と化したダナンは背部ブースターを吹かし始末屋へ斬り掛かると、激しい鋼の剣戟を響かせた。


 「ダナン!! エネルギー充填反応を感知したわ、レーザー兵器に注意して!」


 急速冷却させていた始末屋のレーザー兵器に圧縮されたエネルギーが充填される。リルスの声を耳にしたダナンは素早くイブを確認し、パイルバンカーの鉄杭によって砕かれた大剣の柄で頭部装甲を殴打する。


 『コード・オニムス残り二分三十秒。思考制御確認、ブラスター展開……撃てます』


 ダナンの機械腕を覆っていた生体融合金属がマシンガン・ブラスターを形成する。


 まだだ、まだ大型ブラスターを撃つタイミングではない。始末屋の装甲を握り締め、ブラスターを撃つダナンの脳が獰猛な獣性に陰り。


 「黒蛇がァッ!! 貴様のような、混沌と混乱の権化がその力を持つことは脅威そのものッ!! 無法と無秩序を好むか!!」


 「俺はッ!!」


 パクリと―――強化外骨格の胸部装甲が二つに分かれ、格納式波動砲の銃身を覗かせ。


 「―――ッ!?」


 眩い閃光がダナンの視界を覆い、破滅的な波動エネルギーが真紅の装甲を粉砕する。プラントの壁内システムを完全に破壊するエネルギーの奔流は反重力物質を形成し、圧倒的な質量を以てダナンを消し飛ばすべく収縮と膨張を繰り返す。


 殺った―――ッ!! 幾らルミナを宿す化物であろうとも波動砲の直撃には耐えられまい!! 勝利を確信し、地面に降り立った始末屋は奮い立つ心を必死に抑え込み、勝利の余韻に浸る。


 後は片翼の聖天使……白の君を上層街へ連れていけば我々は救われる。カナン様の……救世主の導きによって楽園へと至るのだ。横たわるイブへ歩み寄り、電磁刀を抜いた始末屋は四肢を断つべく刃を振り上げる。


 「……」


 イブの銀翼は六枚の身体装着型兵装である。


 「……」


 一枚はダナンのコード・オニムス起動の為の制御に使い、残った銀翼は五枚だった筈。そして五枚ともレーザー兵器の防御に使用していた。


 「……ッ!!」


 歴戦の戦士の勘か、日々日頃命を奪っている始末屋としての直感か。咄嗟に頭部を庇った右腕部装甲が上空から投げ放たれた真紅の槍によって破壊され、機械部品と鋼の欠片が飛び散った。


 「悪なる蛇ッ!! 黒蛇がァアッ!!」


 一枚の銀翼を盾として使用していた真紅の騎士、装甲の半分を灼き溶かされたダナンの瞳が始末屋を射抜き。


 「俺はまだ此処に居るぞ……始末屋ッ!!」


 急降下すると始末屋を蹴り飛ばし、態勢を立て直している隙に支柱を地面と試験管に突き刺し大型ブラスター・ライフルの銃口を向け。


 「焼け落ちろよッ!!」


 レーザー光線を射出した。


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