大型ブラスター・ライフルの銃口から撃ち放たれたレーザー光線が渦巻く熱線を纏ってプランター群を灼き溶かす。培養液を蒸発させ、浸かる肉塊ごと消し飛ばす破滅的なエネルギー。迫る紅の光線を前にした始末屋は緊急シールド形成装置を起動し、両腕部装甲を前に翳す。
耐えきれるか否か……そんな問いは愚行に過ぎない。ブラスター・ライフルの銃口から照射される光線にシールドが耐えきれる筈がない。ならばどうする? この脅威にどうやって立ち向かう? このまま無様に死を迎えるのか? ……馬鹿馬鹿しい。
翳した装甲が二つに分かれ、シールド形成装置が展開される。鼓膜を震わせる重低音が空気を震わせ、細い紫電が空を裂くと同時に幾百億の六角形のタイルが始末屋を覆った。
ただでは死なない。否、死ぬつもりなど皆無。シールドを形成した始末屋はHMDの映像方式を変更し、右腕を強化外骨格フレームから引き抜き緊急脱出コマンドを入力する。胸元に位置する物理ディスプレイに『承認』の二文字が表示され、背部ハッチが蒸気を吹き出しながら開き、黄緑色の防護溶液を排出した。
この強化外骨格は捨てる。だが、捨てるには惜しい部分もある。溶液に浸かりながら外部に身を投げ出し、頭を保護するマスクの電源を入れた始末屋は右腕に取り付けられているHHPC(ハンド・ヘルド・コンピューター)に強制自爆プログラムのパスコードを入力し、突撃型戦闘装甲服―――AWD(アサルト・ウォー・ドレス)の各種設定と機能を戦闘モードに切り替える。
レーザー光線と相反する強烈無比な爆発。違法プラント全体を飲み込み喰らい、破壊し尽くす終末の光。何もかもが木っ端微塵に吹き飛び、未だ命と呼べない人造人間の基……肉塊が塵一つ残さず消え去って逝く様は破壊の肖像と云うべきか。ヒドロ・デ・ベンゼン全体を揺るがすエネルギーの相殺は防護液を完全に蒸発させ、始末屋と敵対するダナンが纏う真紅の装甲を砕き割る。
「―――ッ!?」
『ダナン、コード・オニムス残り稼働時間一分三十秒。始末屋の生体反応未だ健在』
脳に響くネフティスの声と「ダナン! 真上よ!」通信機越しに叫ぶリルスの声。破滅的な爆裂からイブを庇い、装甲の三分の一を失っていたダナンの眼に黒い影が一瞬だけ映り、また消えた。
「貴様はあとどれだけ殺せば完全な死を迎えるんだ? なぁ……黒蛇」
背後から聞こえた氷のような殺意を宿す男の声。空いた装甲の穴を埋める生体融合金属の隙間に鋭利な刃が挿し込まれ、心臓に突き立てられる。血を吐きながら腕を振るい、空気を握り締めたダナンは機械腕にマシンガン・ブラスターを展開し、流れる血を再形成して真紅の剣を抜く。
「リルス、奴は……まだ強化外骨格を」
「……違うわ」
「なら、何を」
「敵はもう強化外骨格を纏っていない、ただ戦闘用装甲服を纏っているだけ……ッ!!」
影が揺らめき一筋の剣閃が舞う。瞬間、甲高い鋼の音が響き渡り真紅の鉄片が宙に散った。
「ネフティスッ!!」
『始末屋、突撃型戦闘装甲服の戦闘モードを起動』
嘘だ―――。ただの人間が戦闘装甲服一つでこんな動きを出来る筈が無い。動体視力を超える速度を叩き出しての斬撃と、生体融合金属を断つ凶刃を振るえる筈が無い。装甲の下でひやりとした汗を流したダナンは、刃を煌めかせながら迫る影へブラスターを連射する。
『ダナン、落ち着いて下さい』
落ち着いている。
「ダナン、生体反応の同期を急ぐわ! だからそれまで耐えて!」
耐えられるかどうか分からない。
「アレは枷にして我が棺。私にとって強化外骨格など鎖にしかならん。黒蛇、お前のその力はあとどれだけ持つ? 以前……ダモクレスとの戦闘を終えた貴様は地面に這い蹲っていたな。あの時と同じ状況になった瞬間―――貴様の死が確定する」
超人的な動きで跳ね回り、刃を振るう始末屋がダナンの耳元で嘯き囁いた。
恐怖に直面し、死の絶望を叩きつけられた人間はどんな人物であれ硬直する。脳が真っ更な白紙で覆われ、思考という希望を自らの手で潰してしまう。戦いに臨むための意志が真っ二つに叩き折られた剣のように手折られ、嬉々として牙を剥く終わりに慟哭するのだ。
変な笑い声が鼓膜を叩く。燃え狂う激情が身を灼き血を熱する。絶望の縁に立っている筈なのに、死が迫っている筈なのに、それを払い除けるように戦意を滾らせるのは狂っているのだろうか?
「―――違う」
一言そう呟いたダナンはルミナの蟲を両目に集中させ、強化を施し超高速で動き回る始末屋の姿を捉え。
「生きたいんだ……俺は、生きていたいんだよッ!! だから狂っちゃいない!! 俺は―――絶対に死なないッ!!」
己の心臓に突き出された黒の刃を握り締め、折り砕く。
「ッ!?」
始末屋には刃を掴まれ砕かれた経験が無い。それもそうだ、強化外骨格を失った時こそが彼にとっての本気であり、剥き身の刃。抜き放たれた凶刃は敵を殺すまで納刀することが許されず、死という不可避の運命を刻む為に在る。
『ダナン、コード・オニムス残り三十秒。敵性存在の早急な排除を要請します』
バイザーの隙間に燃えるような輝きを見た。ドス黒い黒曜を思わせる、照り輝く黒き星。ダナンの瞳から感じた激情に、始末屋の動きが鈍り一瞬止まる。刹那の間隙は有利不利を逆転させる決定的な寸隙。
巨人の拳と錯覚する程にダナンの拳が大きく見えた。ルミナによって制御された生体融合金属の剣が腕を包み込む装甲と一体化し、真紅のブレード・アームを形成する。眼前に迫る紅の刃を皮一枚で回避した始末屋は、一気に血液へ融解した鮮血をマスクに浴びる。
ルミナ・ネットワークは適合者の戦況をリアルタイムでリンクする戦術システム的な一面も兼ね揃えている。ダナンの命を握り、ルミナの蟲を移植したイブは霞む意識の中で銀翼を合う操り、マスクへ一本の白銀の羽根を突き刺すと「その眼……借りるわよ」静かに口角を上げ、始末屋のカメラ・ディスプレイをハックした。
視界が砂嵐に包まれる。意味を成さなくなったマスクを脱ぎ捨てた始末屋は顔を片手で覆い、指の間から覗く赤い瞳でダナンを睨む。
「……」
顔を覚えられるワケにはいかない。始末対象に顔を覚えられることは任務の危険指数を上げるだけでなく、身内をも危険に曝す愚行。
「……」
だが、あと一歩で殺す事が出来るのかもしれない。ダナンの身体を守る生体融合金属は血液の状態に戻り、筋肉で覆われた褐色肌を露出させているのだ。リスクを度外視して、救世主であるカナンの為に、己が家族の為に計画の障害となる黒蛇を殺す。代えの黒刀に手を掛け、黒鋼の刃を抜こうとした始末屋はHHPCのコールを耳にする。
「我が救世主……何用でしょうか」
「中層街の兵士が来るわ。退きなさい、我が猟犬」
「ですがあと少しなのです。私の刀が黒蛇の皮を剥ぎ、罪悪の肉を断つ瞬間を貴女様へ捧げましょう……。あと五分だけ私に時間を下さい……我が救世主よ」
「退きなさい、これは命令よ。それに……貴男は顔を見られてもいいの? また誰かが貴男の身内を傷付けるかもしれないのよ? だから退きなさい……いいわね?」
「……仰せの儘に我が救世主、カナン様」
顔を手で覆ったままクルリと身を翻した始末屋は「その命、今は預けておこう。カナン様の御慈悲に感謝するんだな……黒蛇。そして白の君……妹君は貴女を求めているのです。それを努々お忘れなく」と話し、生身とは思えない速さでプラントの壁を駆け上がり、落ちた穴から飛び出した。
「……イブ」
「……」
「馬鹿野郎……無理なんか、しやがって」
『コード・オニムス解除』
「ダナン、イブ、二人とも無事? 大丈夫?」
血を吐き捨て、イブを抱き上げたダナンは激痛を訴える頭を手で押さえ「何とかな」と一言呟き破壊し尽くしたプラントを一望する。
「リルス……此処からの脱出ルートを探してくれ。悪いが……俺とイブは、もう限界だ」
「……丁度貴男が居る施設のセキュリティが戦闘の余波で停止しているわ。前見える? あそこのエレベーターに乗って頂戴。恐らく……其処が出口よ」
「……」
エレベーター。リルスの言葉に従って緑色のランプを見つけたダナンは重い身体を引き摺りながら操作パネルへハック・ケーブルを繋ぎ扉を強制解除する。
「……」
ひんやりとしたエレベーターの個室に足を踏み入れ、膝から崩れ落ちると身体を横にして呼吸だけに意識を集中させる。重くなる瞼を閉じ、泥に浸かるように意識を闇へ落としたダナンは微かな寝息を立てながら、自動で動くエレベーターの振動に身を任せるのだった。