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時代遅れのカウボーイ 下

 アサルトライフルの銃口から発射された弾丸が半機械体の眉間を貫き、対機械装甲弾頭を装填したピースメーカーのバレルが回る。飛び散る血飛沫はコンクリート壁を朱色に染め、破裂した頭から勢いよく飛び出る脳漿はさながら肉の種か。暗い路地を照らす裸電球が跳弾する弾丸によって砕け散り、細かな硝子片に化すと銃のグリップを握る男はハットの唾を指先で押し上げると口元に笑みを浮かべた。


 「貴様……俺達が誰か分かっていて銃を向けてんのかッ⁉ 貴様程度」


 叫ぶ完全機械体の足元に転がったグレネードが爆発し、錆びた鋼で覆われた両脚を吹き飛ばす。視界がグンと下がり、両手で身体を支えるも眉間へ正確に撃ち込まれた対機械装甲弾頭の一撃により生命維持装置諸共破壊され、血液と混じり合った人工血液が赤黒い血溜まりを作った。


 「分かっていてもよ、男には戦わなきゃならん時がある。それが今だってことは俺自身が一番よく理解しているのさ。なんせ俺は―――」


 時代遅れのカウボーイだからな。男の機械腕が唸り、音も無く忍び寄っていた暗殺用機械義肢に身を包む半機械体の心臓を殴り貫く。噴き出す鮮血を浴び、火が消えた煙草を吐き捨てた男は機械腕に組み込まれたHHPCを操作し、変形機構を起動する。


 「下層街じゃ強者こそが正義であり、弱者は塵屑人権無し。ルール無用の殺し合いだろう?あぁ十分理解している。分かっている。だけどなぁ……そんなクソみたいな弱肉強食の理は無い方が良い。当たり前だ」


 機械腕の駆動系が緋色に染まり、急速冷却を繰り返す。真紅のラインと澄み渡る青の冷却反応が鮮やかな緑のラインへ変わる。


 通常形態の機械腕は人間の腕と酷似した形状であり、戦闘機能を追加する事に多少ではあるが形状は変化する。しかし、男の機械腕は歪な音を立てながら狼の爪牙を連想させる形状へ変わり、最早人間の腕とは乖離した姿。腕部からは超効率変換されたエネルギーが漏れ出し、緑の爪牙にはレーザー兵器と類似する光波が形成されていた。


 一つ腕を振るえばコンクリートが跡形も無く消し飛び、攻撃に巻き込まれた機械体の人工血液を新たなエネルギー源として吸収し、更に光波を拡大強化させる。神秘的でありながら破滅的。破壊の権化たる力を縦横無尽に振るう男は完全機械体を睨み。


 「お前等には俺を殺せない。殺したきゃそうだな……あと百倍の戦力を連れてきな」


 ピースメーカーの銃口を眉間に向けた。


 「……」


 「何だ? まだヤル気か? もう止めときな、これ以上は無駄だ」


 「……お前、俺達の仲間にならねぇか?」


 「……」


 「その力、最高だ。俺はまだまだ強くなれる。お前が居たらもっと組織をデカく出来るッ!! 俺の仲間になれ……そして俺の組織の為に戦えッ!! 俺はお前が欲しい……無頼漢に来い。悪い思いはさせねぇからよ」


 「嫌だね」


 滾る憤怒と獰猛な殺意。完全機械体の男は怖気づき逃げ出そうとした仲間を撃ち殺し、機械義肢を軋ませながら歩み寄る。


 「……死にたいのか?」


 「死なないね」


 「舐めるなよ……殺すぞ?」


 「その前に俺がお前を殺すだろうさ」


 一触触発とはまさにこの状況のことを言うのだろう。二人の男の間に漂う緊張感は爆発寸前の火薬庫を連想させ、僅かに欠けたピースさえ揃えば導火線に火が着き両者一歩も譲らぬ殺し合いが始まる。流れ出る血が爆炎を鎮火しない限り、死が二人を別つ迄。


 「お前、名前を言え」


 「時代遅れのカウボーイ」


 「本当の名前は?」


 「獣に教える名なんざ持ち合わせていない」


 「……そうか」


 クルリと、踵を返した完全機械体は「引き上げるぞ!!」と叫び大股で歩き出す。途中「ボス、例の女は」と話し掛けてきた仲間を叩き殺しながら。


 「……」


 残った肉欲の坩堝構成員を睨んだ男は「まだやるかい?」と機械腕を掲げて凄み、テネブラエを捕えようとしていた追手を散らす。


 「……」


 圧倒的な力を見せつけ、完全機械体と半機械体をたった一人で蹴散らした自称時代遅れのカウボーイは煤けたハットを脱ぎ、白髪交じりの髪をかき上げると真新しい煙草を咥え、傷だらけのジッポライターのフリントを回した。


 「嬢ちゃん」


 「……なに? アタシは何も無いわよ? 金も、家も、何も持っちゃいないんだか」


 「腹の子は無事かい?」


 「……」


 「悪いね、下層街と云えど妊婦にショッキングな光景を見せちまった。本当はもっとスマートに解決する予定だったんだけど……多勢に無勢、鉛球を俺に向けるのが精一杯だった。立てるか? 腰が抜けてるなら手を貸そう」


 紫煙を吐きながら、頭を掻いた男はテネブラエに手を差し伸べニッコリと微笑む。無精髭が似合う端正な顔立ち……片目を補う機械眼でさえ様になっている男前。下層街では弱さと見られる優しさを見せ、銃器をホルスターに差した男の手にテネブラエは猜疑の眼差しを向ける。


 油断してはいけない。どうせこの男も己を騙し、自分の利益にするつもりなのだ。何かを奪う為に優しさの仮面を被り、己と腹の子の自由を奪うに決まっている。騙されるものか、奪われてなるものか、失ってたまるか……ッ!! 


 隙を見て男からピースメーカーを奪い、撃鉄を引いたテネブラエは両手でしっかりとグリップを握り、痛みに堪えるために唇を噛み締める。血が一筋の線となって滲み出し、白い柔肌を伝って流れ落ちる。


 「嬢ちゃん」


 「黙れッ!! どうせアンタもアタシから何かを奪うつもりなんでしょ⁉ 離れて!!」


 「落ち着きな、俺は何も」


 一発の銃声が路地裏に響き渡り、真新しい弾痕が男の足元に刻まれた。


 「カウボーイ、まぁたお前は甘さを見せてるのか? 学ばないねぇ」


 部屋の奥からチクアンが歩み出てスキットルを呷り。

 「相手が女でも油断しちゃぁいけないぜ? 此処は下層街だ。お前が知ってる世界とは違う。理解してんのか? 何だ? お前の頭には何が詰まってんだ? 言ってみろよカウボーイ」


 「そりゃぁチクアン、脳と頭蓋に決まってるだろう? お嬢さんが変な勘違いをしたらどうする?」


 「冗談を真に受ける生娘じゃあるまいし、勘違いも起こさんだろうよ」


 「そうかい」


 撃たれたのに平然と軽口を言い合う二人の男と、震える手で銃のグリップを握り締めるテネブラエ。まるで死を恐れていないと、弾丸が当たる筈が無いと云った風に話をする男はハットを被り腕を組む。


 「まぁ此処は一つ嬢ちゃんに聞きたい事があるんだが……いいかい?」


 「……聞きたいこと?」


 「そうだ、あぁ質問は簡単だ。二つに一つ、選べばいい。……嬢ちゃんは生きたいのか? それとも死にたいのか? 選んでくれ」


 もう一度銃声が響き、弾丸が機械腕に弾かれる。その様子をゲラゲラと笑いながら見るチクアンを一睨みで黙らせた男は「嬢ちゃん、選んでくれ」と静かに問う。


 「……」生きたいか、死にたいか。その問いの答えは決まっている。「……」だが、生きたいと話したところで己の身の安全は保証されるのか? 無意味な問いである可能性も十二分に在り得る。


 「……たい」


 「……」


 「生きたいに……決まってるじゃないッ!! 誰も……死にたい人間なんか……居る筈が無い!! 私は生きたいのよ!! 悪いッ⁉」


 当たり前だ、死にたいと願う人間が初めから死を覚悟して生きている筈が無い。大きく膨らんだ腹を庇うようにして押さえ、涙で潤んだ目で男に銃口を向けたテネブラエは引き金を引き、コンクリート壁へ新しい弾痕を刻む。


 「アタシは生きたいんだ!! 全部を失っても、奪われても、生きていればやり直せるッ!! だから、アタシは」


 「そうかい、なら俺が手を貸そう」

 「―――は?」


 「生きたい奴には手を貸すし、死にたいと言ったら……まぁ何とかする。だから嬢ちゃん、俺がお前と赤子を守ってやる。俺ぁな……女子供には甘いんだぜ?」


 呆けたような顔を浮かべるテネブラエとは別に、男は頷き満足したような笑顔を浮かべる。


 「どうして」


 「どうしても糞もあるかよ、生きたいと言って、身籠った女を助けない道理は無いだろう? 嬢ちゃん、名前は?」


 「……テネブラエ」


 「そうか、これから宜しくなテネブラエの嬢ちゃん。チクアンも助かった、ありがとよ」


 「……甘ちゃんが、いつか殺されるぞ?」


 「その時はその時だ、腹は決めてるさ」


 テネブラエからピースメーカーを取り上げ、優しく手を握った男は彼女を背負い、ゆっくりと歩き出す。コロンが香る大きな背中だった。


 「……アンタ」


 「ん?」


 「名前は? カウボーイなんて名前じゃないんでしょ?」


 「あぁ俺は」


 ダナンだ。そう云った男は闇に沈んだ路地裏をテネブラエを背に抱えたまま後にした。


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