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連絡

 「要件とは何だ? 話してくれディアナ」


 携帯端末をHHPCと繋ぎ合わせ、飯店の外で煙草を吹かすエデスの目に鋭い眼光が宿り、ホロ・モニターに映るディアナを見据える。


 「緊急連絡です課長」


 「その連絡を寄越した奴は誰だ?」


 「……繋いでも宜しいでしょうか?」


 「ディアナ、君は誰かも分からない奴の連絡を素直に繋げるつもりか? 通信記録の機密保持に関する教育を受けていると思っていが」


 「……サイレンティウム総合管理部門、ディック統括部長からです」


 ピクリ―――と、エデスの指先が僅かに震え、ディアナの言葉に警戒心を滾らせる。


 サイレンティウム総合管理部門……それは、治安維持軍を運営する巨大複合企業の頂点に位置する文字通り下部組織全てを管理する部署。ディック統括部長という名はエデス……強いては中層街に住む人間ならば一度は聞いた事がある権力者の一人だ。


 顔も見た事が無ければ、名前だけ知っている人物程怖いモノは無い。煙草の煙を一口吸い込み、紫煙を吐き出したエデスは未だ火種が燻ぶる煙草を握り潰し、地面に捨てる。内に芽生えた動揺と怯えを隠すように、思い切り。


 「……繋いでくれ」


 「分かりました。では」


 「音声記録と生体識別機能を使ってな」


 「……はい?」


 「後々の保険だ、何も無防備で上と話す必要は無いだろう? 違うか? ディアナ」


 「ですが課長、それは」


 サイレンティウム上層部への反逆行為として捉えられる可能性があります。小さく、誰にも聞こえない声で通信機越しで囁いたディアナは、その判断を下したエデスを馬鹿だと断じる。

 もしこの行為に手を貸した事がバレた時、責任問題を問われるのはエデスと己の二人だけ。他の部署を通じての通信ならば幾らでも偽装出来るが、総合管理部門からの直通通信は此方から手を加えない限りバニラの状態にあるのだ。正常なリスク管理能力があるのなら、エデスの指示に従うのは余りにもリスクが高すぎる。


 しかし……彼がこうして反逆行為にも成り得る指示を下したのは何らかの意図が在る筈だ。管理職としてのエデスは無能の一言で片付けられる人間だが、一兵士として見た彼の能力……戦場での判断は抜群に優れている。きっとこれはエデス個人では無く、兵士の勘から来る指示なのだろう。


 「……分かりました、各種機能を通して繋ぎます。課長一言いいですか?」


 「あぁ」


 「私は貴男と一緒に死ぬつもりはありません。これは全て貴男が個人で行った行為です。それで宜しいですね?」


 「構わない。全責任は俺が取る」


 死ぬリスクがある場面で、それも自分の指示が原因で引き起こされる惨事で格好付ける場合じゃ無いだろうに……。ディアナの溜息を最後に通信相手が切り替わり、ホロ・モニターに影絵で姿を隠した男の姿が現れる。


 「夜分遅くに失礼、エデス課長で間違いないな?」


 「はい」


 「貴様に緊急任務を与える。期間は三日。HHPCを見ろ」


 底冷えするような重低音、重金属を思わせる重々しい男の声。エデスは通信記録、識別機能が正常に作動していることを確認すると、HHPCに送られてきた暗号資料を開く。


 「震え狂う神というカルト教団を知っているか?」


 「はい」


 「その背後に居る者の存在は?」


 「其処までは存じ上げません」


 「では資料を見ろ、其処に詳細な記録が書かれている」


 震え狂う神……中層、下層問わず終末思想を流布するイカれた教団。歯車と脳髄をシンボルマークとした信者は下層街で数え切れる程見た事があるし、狂信者と化した暴徒は治安維持兵の武力で鎮圧と云う名の殺戮によって処理してきた。あの教団に何故サイレンティウムが首を突っ込むのだろう? 次々と湧き出す疑問を飲み込み、暗号解読ソフトを起動したエデスは、HHPC保持者にしか理解出来ないモザイク染みた文字を読む。


 「……ディック統括部長」


 「部長と呼べ、私も貴様を課長と呼ぶ」


 「……では部長、この資料に書かれていることは全て事実なのですか?」


 「私が管理する部門、強いては総統が雇用するシークレット・ニンジャが虚偽の報告をするとでも?」


 「いえ、そんなつもりで言ったワケではありません。ですが、これは」


 「課長、貴様には選択肢が二つ用意されている」


 「……」


 「与えられた任務を遂行し、席を得るか。任務を放棄し、貴様と一人の部下の首を代わりに捧げるか……。二つに一つ、慎重に選べ」


 HHPCのホロ・モニターがカウンター・ハッキングを通知する。エデスは咄嗟に各種機能を停止するがもう遅い。


 初めからバレていたというワケか……。新しい煙草を口に咥え、火を着け紫煙を燻らせたエデスの額に汗が滲む。逡巡する時間も、損得勘定もする時間も与えないと云わんばかりにハッキング・メーターのゲージが緑に満たされ、選択を強いる。


 「課長」


 「……」


 「私は貴様が愚かではないと信じているし、椅子に座して尚汚職に手を染めない高尚な意思の持ち主であると認識している」


 「そうですか、喜ばしい限りです」


 「だが、その反骨心は棘であり、貴様自身を蝕む毒だ。毒蛇は自らの毒に耐え得るが、貴様は毒蛇に非ず。人間として、理性ある判断を下せる者と期待しよう」


 毒蛇はサイレンティウムそのものだろうが。溜息を飲み込み、奥歯を噛み締めたエデスが頷いたと同時に「おめでとう、貴様には次の椅子を用意しよう」ディックの満足げな声が通信機から響く。

 「任務内容ですが」


 「人命救助とマフィア組織の壊滅を貴様に任せよう。手段は問わんし、奴等のバックに居る者共は既に中層街の治安維持軍と掃除部門が把握している。何か質問はあるか?」


 「何故部長自ら私に連絡を?」


 「些細な事を気にする男だな、貴様は。下層街での勤務年数が長く、忠実に職務を遂行する兵士。殺人を罪だと思いながらも、引き金を引く事に躊躇しない者をフィルターに掛けた結果、貴様が該当しただけのこと。他には?」


 「このサテラという少女にだけ赤丸が付けられていますが、何故他の救助者とは別枠に?」


 「最重要人物だ。他の者は最悪死亡したとしても、任務に影響は無いものと考えろ」


 「了解しました。手段は問わないと仰っておりましたが、遺跡発掘者を雇用しても宜しいでしょうか?」


 「遺跡発掘者だと?」


 「はい、ダナンと云う遺跡発掘者なのですが」


 一瞬だけ、奇妙な沈黙が流れ、影絵の向こう側に居るディックの反応に揺らぎが見えた。


 「詳しく話せ」


 「遺跡発掘者というのは、地下に広がる遺跡を探索し、遺産を持ち帰る者の総称です。ダナンは実に腕の良い遺跡発掘者でして、彼を利用し遺跡から救助対象に接近する計画を立案してります。部長が御嫌でしたら」


 「いいだろう、その遺跡発掘者を使え。だが、一つ条件がある」


 「はい」


 「最重要人物をその遺跡発掘者に救助させろ」


 「……理由をお伺いしても宜しいでしょうか?」


 「聞くつもりか? 貴様が?」


 「……申し訳ありません」


 「期間は三日間、それを超過した場合貴様と部下の首は無いと思え。治安維持軍の武力行使も許そう。あぁ、それと」

 「はい」


 「震え狂う神の教団資金を記帳した台帳を発見した場合、秘密裏に確保しろ。救助者の居場所、組織の情報諸々は全て資料に記載されている。全て貴様が管理し、事が終わり次第速やかに廃棄しろ。いいな? 課長」


 「了解しました、部長」


 途絶えた通信と消えるホロ・モニター。長くなった煙草の灰を指で弾き落とし、吸殻を地面に放り投げたエデスはブーツの靴底で燃え尽きた煙草を踏み潰す。


 サイレンティウム統括部長からの緊急任務……一兵士の頃ならば黙々と指示に従い、銃の引き金を引いていればよかった。だが、課長という立場から来る責務は一般兵とは異なり、任務を絶対に達成させなければならないと云う重責。もし失敗したら己だけではなく、ディアナの首も物理的にトブことになる。


 「……本当に」


 面倒だ。飯店から歩み出るダナン達を一瞥したエデスは、作り笑いを顔に張りつけると計画を実行する準備に取り掛かった。


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