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熱狂 上

 『コード・オニムス起動。管理者イブとの接続を確認。制限時間計測中……強大な熱源反応あり、戦闘可能時間は三分。エネルギー充填完了。

 生体融合金属再起動、装甲形成、へレスとの接続を確認、ブラスター・ライフル展開、黒鋼零式とのシンクロ開始……完了。

 体内ルミナ戦闘状態へ移行、ダナン……何時でもどうぞ』


 脳に響くネフティスの声に荒い息を吐きながら返事をする。身体全体を覆う真紅の装甲を視界に映したダナンは、眼前にまで迫っていたブレードを蹴り飛ばすと勢いよく立ち上がり、溶けたコンクリートを振り払う。


 「ダナン、気分はどう?」


 「……良いように見えるか?」


 「さぁ? 貴男は私じゃないし、私も貴男じゃない。分からないから聞いてるのよ?」


 「最悪だ、クソ程な」


 「減らず口を叩けるなら結構。さて、始めましょうか」


 獣狩りを。そう呟いたイブが銀翼を広げ、全身に白銀の生体融合金属を纏う。湖面に霜が降りるように、白く艶めかしい皮膚に薄氷を思わせる装甲を展開したイブは、一瞬にしてエーイーリーの頭上まで飛び上がると四枚の銀翼の内二枚を真紅の複眼に突き刺した。


 身体の芯まで響く蟲の叫喚。ギチギチと黒鉄の筋繊維を膨張させ、傷の修復の為に黒い線虫を眼球まで移動させたエーイーリーから全てを焼き尽くす炎が迸る。鉄を溶かし、コンクリートを融解させる炎は地獄の業火とでも云えようか。視界を染める紅に目を細め、白銀の煌めきを追ったダナンは背部ブースターから蒼い炎を噴き出し、黒の光波を宿すへレスを振り上げた。


 今此処で巨獣を……エーイーリーを仕留めなければステラが危ない。胸の奥で暴れ狂う理解不能な憤怒よりも、脳が発する義務感染みた指令よりも、今己が成すべきことは逃げるステラを守ることなのだ。


 戦えない人間を守るなんて高尚な理由を持ち得ず、弱者の為に己が身を削る意味も無し。殺さなければ己が死ぬのは当たり前で、生きる為に命を奪う無意味な戦いに身を投じる虚しさを知っている。目を血走らせ、エーイーリーの腕を一太刀で叩き斬ったダナンはブラスター・ライフルの銃口を屍鬼へ向け、厚い鋼をも焼き溶かす熱線を以て跡形も無く消し飛ばす。


 「イブッ!!」

 即座に傷を再生するエーイーリーの周りを飛び回り、炎を銀翼で防いでいたイブの視線がダナンに突き刺さる。


 「エデスの策がある! 時間を稼ぐんだ!」


 「三分間で? 馬鹿も休み休み」


 「それでもだッ!! あの心臓が奴の弱点なんだろ!?」


 線虫が蠢く人間大の心臓を指差したダナンに熱波が襲い掛かり、思わず身を引いた青年は死角から叩きつけられたブレードの一撃に脳が揺らぐ。


 星が舞う視界と闇の中に散る火花。強固な装甲で守られていようとダナンには人間と同じ臓器があり、脳もまた変わらない。強い衝撃を加えられたら脳震盪を引き起こし、平衡感覚も崩れてしまう。


 切り籾になって吹き飛びながらフルフェイス内にゲロをぶちまける。饐えた臭いが鼻孔を突き、その中に混じる血の香りを嗅ぎ取ったダナンは即座に体勢を整え二撃目を辛うじて受け止める。


 「ッ!!」叫び、へレスを振るう前に「イブッ!!」銀の閃光が巨獣の尻尾を断ち、ダナンの体力を奪い続ける熱波の盾となる。


 「手短に、端的に話してダナン」青年の前に降り立った少女は落ち着きを払った様子で銀翼を二枚三枚と重ね「エーイーリーを殺す手段を、貴男とエデスの考えを」七色の瞳に闘志を焚べる。


 「射出型摘出機がある」


 「……」


 「エデスは今それを組み立てている真っ最中だ。心臓を引っこ抜いて、全部消す。それで奴は死ぬ。違うか? イブ」


 「……簡単に言うけど、難しいわよ」


 「出来るのか? 出来ないのか? どっちだ」


 「出来るけど」


 「ならやるべきだッ‼ 少しでも可能性があるのなら、奴を殺せる手段が残されているのなら、やるんだよイブ!! 違うか? いいや……違わないだろッ!!」


 劣化ルミナ・エーイーリーはイブとダナンに組み込まれているルミナの劣化版だ。いずれ消えゆく光のように、使用者の細胞寿命を流れ星の如く削り切る闇夜の流星。特別な遺伝子コードを持たない人間でも扱えるよう調整されたナノマシン。


 細胞核の変異、遺伝子の強制書き換え……。力の代償は余りにも重く、暴走期を乗り越えられなかった者は皆人間の形を保てずに廃棄処分された悪魔の技術。開発者の次に劣化ルミナの特異性を理解しているイブは、ダナンの言葉に少なからず動揺する。


 どうやって彼が……否、彼等が劣化ルミナの弱点に気付いたのか分からない。戦士の堪であればそれは天与の才であり、戦闘の中で見抜いたのならば驚異的な洞察力だと感心しよう。しかし、コンクリートや鉄をも溶かすエーイーリーの熱波を退け、摘出機の杭を心臓に突き刺すことなど出来るのだろうか? そんな非現実的な策を成功させることが出来るのだろうか? 


 『残り時間二分、エーイーリーの殲滅及び鎮圧を急いでくださいダナン。管理者イブ、エーイーリー依然生体反応あり』


 「……私は何をしたらいい?」


 「違う」


 「私は」


 「俺達でやるんだよ……三人でエーイーリーを殺す。全部お前一人で出来るワケがないだろ? イブ、二分後俺が動けなくなってもお前だけは動け。出来る限りの……違うな、俺も全力で奴を足止めする。だから……頼む、俺に力を貸してくれ」


 「……」


 深い溜息を吐き、少しだけ首を振ったイブは、


 「やりましょう。そうね……出来るなら、やるべきよ」


 「……行くぞ」


 「えぇ」


 銀翼を展開し、エーイーリーと一気に距離を詰めると足の健を断ちバランスを崩す。その隙にダナンの刃が複眼を斬り落とす。


 何度再生しようが修復されようが、その度に潰せばいい。夥しい量の血を流すエーイーリーの急所を突き、線虫の再生速度を上回る勢いで刃を振るう二人は炎の中で荒れ狂い、真っ赤な海を形成する。


 脅威を排除する為には更なる力が必要で、力を得る為には何かを犠牲にしなければならない。ダナンとイブという圧倒的脅威を前にした巨獣は放熱器官を最大限にまで広げ、手足首の間接に新たな火炎放射器官を作り出す。


 生存の為の進化か、排除の為の変容か。遺伝子形態が織り成す生物の進化系譜は生存戦略の歴史であり、外敵から身を遠ざける為に歩んだ環境適応の有機的設計図。生き残る為に牙を生やした生物もいれば、豊富な食料を得る為に牙を捨てた生物が存在することもまた事実。生物の進化とは生存の手段であり、種の保存を目的としたものなのだ。


 ならばエーイーリーの変態は生存の為の一手であるのか? 否、彼の生物が取った手段は排除である。他の生物を排除する進化は生物的変容とは呼べず、単一個体の種を保存する目的にも非ず。殺戮の為に変態したエーイーリーは既に生物の枠組みから逸脱した正真正銘の化け物。死の顕現化に他ならない。


 圧倒的な力を捩じ伏せる為に死を選び、個人的な生存の為に生を踏み躙る選択をしたエーイーリー。劣化ルミナの暴力的な快楽に自我を潰し、ありとあらゆる手段を用いて眼前の敵を排除しようとする化外は熱を放射し地獄を作る。その地獄を踏破する者もまた化外に片足を突っ込んだ半人外。熱狂的な戦闘を繰り広げるダナンとイブ、そしてエーイーリー。三者三様の殺意を滾らせる地獄の辺境、コンテナに身を隠していたエデスは照準器を操作すると銃口を巨獣の心臓に合わせ、引き金を引く。


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