超高密度の熱エネルギーがブラスター・ライフルの銃口に収束され、銃身が赫々とした色を帯びる。
大量の不可逆性ハッキング・ナノマシンを散布してもダナンは止まらない。バイザーの奥に見えるドス黒い瞳に巨獣エーイーリーを捉え、瞬きをも忘れた青年は上昇するパーセンテージの最上到達位置……すなわち臨界点を待つ。
エネルギーの奔流が渦を巻き、空間を歪める反物質を生み出していた。大口径ブラスター・ライフルの銃身が音を立てて変形し、機械腕に内蔵されている小型波動砲と融合する。迸る紫電と空を裂く真空波。生身の肉体ならば即座に皮膚が消し飛び肉片を飛び散らせ、人の形を保てなくなる圧縮力場を形成する。
バイザーに映る計測器が異常数値を観測し、文字化けを引き起こす。視界がモザイクに埋め尽くされ、その隙間に映るエーイーリーを見逃さない。徐々に、一秒が永遠の刹那にも思える時の中、ダナンは己の纏う戦闘装甲に罅が入る嫌な音を耳にした。
このまま武装を展開していれば、コード・オニムスが形成した戦闘装甲であろうとも砕け散ってしまうのではないだろうか?
ブラスター・ライフル……形状が変化した武装の破壊力を己は知らない。鋼を貫く熱線が臨界点に到達した時、融合した波動砲はどんな形で射出されるのだろうか? 辺り一帯を更地にするのはエネルギーの異常数値から用意に想像できる。
嫌な汗と早鐘を打つ心臓、口腔内に溜まる苦い唾液……。炎の渦に身を置き、引き金に意識を乗せるダナンの心が次第に恐怖に飲まれゆく。死が怖ろしいと魂が叫び、生きていたいと遺伝子が吠え狂う。
生存の為の欲求か、自己保存の為の欲望か。意識の引き金からそっと指を引き離そうとしたダナンは生唾を飲み込み、荒い息を吐きながら鋭い眼差しを巨獣へ向ける。
「ダナン」
凛とした清い声が鼓膜を叩く。
「大丈夫、貴男は死なないわ……絶対に」
真っ赤に染まった銃身に白銀の装甲に包まれた少女の手が置かれる。
「貴男は一人じゃない、私がついてるもの。二人なら生き残れる、二人ならどんな困難をも打ち破れる、二人なら……不可能なんて存在しない。そう言ったのは貴男よ?」
ダナンに寄り添い、彼の体内ルミナを制御するイブが残った二枚の銀翼をライフルの銃身にピッタリと密着させ、優しく囁いた。
「貴男が信じた私を、私が信じる貴男を……自分自身を信じてあげて。私達は絶対に死なないわ。勝って、生き残って、これからも生き続けるの。そうでしょう? ダナン」
恐怖に直面し、それでもと叫ぶのは難しい。朧気な明日を掴み取り、生の実感を得るのは戦いの後の情感なのだろう。
だが……今この瞬間、ダナンの内で震えていた心が再び引き金に意識を乗せた。ザリザリとした砂嵐に揺れるロックオン・マーカーがエーイーリーの目玉と重なる。
短い電子音と甲高い音を発する警告音。エネルギーが臨界点に到達した瞬間、全ての音が消え去り、異常を検知していた計測器もまた正常な数値を表示した。
「ーーー」
熱エネルギー最大収束数値が100%だとしたら、彼の眼に映る数値は常軌を逸した狂った数字。
「ーーー」
収束圧縮エネルギー……1000%。波動エネルギー融合数値計測不能。
コード・オニムス及びコード・コクマー……セフィロト・カウンターにて統合。
統合結果……アインの形成を確認。ソフ及びオウルはコードの不足により失敗。
柱の形成……失敗、三つ組の形成……失敗、パスの不足を確認……オニムス及びコクマーを接続……成功。
体内ルミナ活動状態……半暴走。管理者イブの介入……状態の安定化に成功。
セフィロト・カウンター発動、対象劣化ルミナ・エーイーリー。対抗措置を選定……管理者カナンの介入を排除。NPC権限により対象の殲滅を決定。知恵の果実オンライン……対象の鎮圧後No.2休息状態へ移行。
機械義肢・黒鋼零式ーーー特殊武装展開、モード・ラツィエル起動。銃身安定、エネルギー供給安定、銃口固定。
『撃てます』
「ッ!!」
引き金を引いた瞬間、視界が目も眩む閃光に包まれた。
愚鈍なる獣の眼球を貫き、対象だけを滅ぼす白の波動。周囲の機器類を破壊せず、一瞬でエーイーリーを引き裂き爆散させた光の筋は、絶対的な力で劣化ルミナの強制停止及び鎮圧に成功する。
『劣化ルミナ・エーイーリーの鎮圧及び殲滅を確認。対象の特異性を知恵の果実が回収、休息状態移行前にダナンの体内ルミナへ保存します』
「……」
真紅の戦闘装甲が崩壊し、倒れかけたダナンをイブが支える。
「……少し、疲れた」
「……そう」
「……イブ」
「なに?」
「もう……大丈夫だよな?」
「……私は大丈夫よ、多分、まだカナンの手には他の劣化ルミナが」
「違う」
「……」
「お前は……俺達は、一人じゃないんだ。これからも……こんな化け物と戦うことになっても……大丈夫だ。けど……俺が言いたいことは、そんなことじゃない」
濃い疲労が混じった溜息と小刻みに震える生身の指。何と言えばいいのか整理できず、あぁ……と小さく呻いたダナンは自嘲しながら、
「もう……一人で戦わなくても、いいんだ。お前には仲間が居る。俺にもだ。だから……大丈夫なんだよ……違うか? イブ」
柔らかい笑みを浮かべた。
「……」
仲間が居ることは幸福だ。
「……」
守るべき誰かが居るから戦う意味を見出せる。意味があれば自ずと理由を悟り、超えてはならない一線を引くことができる。
しかし、それは一種の呪いでもあるのだ。仲間という枷は無理難題を超える力を得ると同時に、その場から逃れられない選択を強いるのもまた事実。負けられない戦いが心を削り、抗えない情動が感情を揺さぶる人間性の毒。
枷を嵌められるのが嫌だから孤独を好み、孤独を感じ続けていたが故に絆を恐れ、別の呪いを背負っていた。呪いは骨髄から血へ流れ出し、その血は思考を蝕む呪縛と化す。否定、侮蔑、憎悪、憤怒……呪いにより齎された悪は理屈を覆い隠し、嘘を撒く。
「……」
その言葉に頷けば一つの呪いが解け、新しい呪いを背負うことはイブも知っている。
「……」
知っているからこそ首は重く、手を取ることに躊躇いを覚えてしまう。
「えぇ……そうね」
だが、呪いを背負って生きていくことが人の性なのだとしたら、人として生きていく為の義務であるとも考えられよう。
「もう大丈夫よ……みんなが居るから、また歩き出せるような気がするの。ダナン……疲れてるでしょう? 今はゆっくり休んで頂戴……貴男は私が守るから。安心して」
「……馬鹿野郎、守るんじゃない。支え合うんだよ……足りないところを補って、危なかったら助け合って……多分、それが人間なんだと……思う」
カクリーーーと力尽きたように眠ったダナンは浅い寝息を立てていた。その様子を見つめ、銀翼を広げたイブは地上……下層街へ飛び立つ。
「……」
もっと早くに気づけばよかったと、素直に人の情を受け入れていればと、そう思ったとて時が進んだ後ではもう遅い。
彼だけが救いの一手、計画を実行する為の要である。NPCとしての遺伝子情報を持ち、計画の為の……壊れた世界をやり直し、楽園へ至る為の鍵。
EDEN計画の為に彼を利用し、宿命を押し付けようとしていた。罪悪を浄化する為に今を潰し、未来の為の布石であることは己も理解している。だが……今はもう違うのかもしれない。
ダナンがダナンとして生き、己もまた新しい道を模索しなければならないのだろう。計画を成すだけではなく、遠回りでも仲間の為に最善の一手を打つ必要がある。それが……今を生きる己の在り方であり、見つけ出した新たな思い。
「おやすみ……ダナン」
そう呟き、銀翼を羽ばたかせたイブは小さく微笑むのだった。