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第十章␣永遠への鎮魂歌

軋み

 炸裂する火薬と弾ける撃鉄。分厚い金属装甲に覆われた機械の身体は螺旋を描く弾丸の雨をものともせず、火花を散らしながら前へ進む。


 幾層にも重なり合う銃声が憎悪を刺激し、胴体を引き裂かれる人間の声が獣性を滾らせる。


 殺し合いとは命の奪い合いであり、敵を殺す為に用意された戦いの場。悲鳴が金管楽器のように轟き、銃声はリズム調整の為に鳴り響く打楽器だ。飛び散る血潮に濡れ、散らばった臓物を踏み潰しながら進む全身機械体の男は殺戮に酔う己自身を指揮棒のように振るい、殺し合いの演目を死を以て奏でる。


 敵と見据えるべき存在は誰一人として男の前に現れず、無意味な抵抗を続ける者は無価値な塵。演目に奏者として立つ事も許されない者は弱者として観客席に座し、男が奏でる死の演目を自らの命に刻むだけ。たった一人の楽団……無頼に徹する男は組織の人間が死のうとお構い無しに演奏を続け、最後に残るのは何時も己一人だった。


 強いから生き残るのではない。他が弱いから勝手に生きている。有象無象の雑魚を蹴散らし、踏み躙り、暴虐の限りを尽くすことに一度も満足したことはない。勝利とは甘美な蜜であると云う者は、その結果に満足している愚者であり達成感を糧に生きる人間なのだ。


 勝利を得たとしても男の飢えは満たされない。命を喰らえば内で暴れ狂う獣性が次の獲物を求めて彷徨い、死に濡れれば濡れる程血への欲求が肥大する。男にとって殺し合いとは生きる上で欠かせない欲求であり、食欲や睡眠欲、性欲を遥かに凌駕する命よりも大切な行為……常人が持つ生存欲求の代替品であった。


 殺しても、潰しても、喰らっても……常に死の危機に晒される下層街は男にとっての楽園であり、己の為に整備された無法の都。弱肉強食の理は常に強者である男の側に立ち、弱者を糧と囁き笑う。己を忌避する敵対勢力を骨の一片も残さず殲滅し、数多の暴力組織を鎖が外れた獣のように貪り喰らっていた男は己が属する組織の首領をも抹殺した。


 弱者は強者に全てを捧げ、強者は更なる強者に全てを奪われる。それが下層街に蔓延る唯一の法であるのなら、男が率いる事になる無頼漢の前首領は彼より劣った存在だったのかもしれない。侍らかしていた女を一人残らず肉塊へ変え、厳重に保護されていた子供達も殺し尽くした男は何時しか強権者の刃……ダモクレスという名で恐れられるようになり、無頼漢が抱えていた千人を超える構成員を引き継いだ。


 頭を垂れて服従する者は塵屑か強者の絞り粕……生きている価値も無い。


 媚びへつらう者は権力に集る蝿か蛆……生かす価値も無い。


 女子供という立場を利用する者は弱者の冠を戴く究極の恥垢……殺す価値も無い。

 人間は一人残らず男女の身勝手なエゴによりこの世に産み落とされ、最後は一人で死んでいく。周りに友や家族が居たとしても、死ぬ時は孤独なのだ。誰かを必要とするが故に弱者の型に嵌まり、強者の牙を折られてしまう。ならば人間は皆誰かを頼らなければいい。自分だけを信じ、自分だけを至高の存在だと認めてしまえ。それが無頼漢……無頼を信条とする者の生き方に違いない。


 殺しの中に生を見出し、血肉に飢える鋼の獣……。虐に笑い、命の理由を得たダモクレスは無頼漢を率い、暴力の可能性を理不尽に刻み込む。満足感を得ないまま、延々と。


 だが、無頼と死を奉ずる彼であっても偶然の転機というものがあった。それは忘れもしない仄暗い路地の出来事……時代遅れのカウボーイと出会った日。


 弱者の為に引き金を引き、力を振るう男。女一人の命を救う為に無頼漢首領に啖呵を切った男の目をダモクレスは忘れない。玲瓏に燃える……強者の瞳を。


 初めてだった、他人を欲しいと思ったのは。他人など己の飢えを満たす餌としか見ないダモクレスが弱者の前に立つ人間を欲する。その姿を見て驚いたのは組織の構成員でもなく、カウボーイでもないダモクレス自身。


 「お前、名前を言え」


 「時代遅れのカウボーイ」


 「本当の名前は?」


 「獣に名乗る名前なんざ持ち合わせていない」


 「……そうか」


 男はそう言葉を返し、ダモクレスも押し黙る。


 奴は何と言っても此方に靡かない。力を見せつけよと、金や女で釣ろうとしても強靭な意思で己の要求を突っ撥ねるだろう。


 ならば男を迎え入れる体制を整えよう。欲しいモノを奪い、手に入れてこそ下層街における強者の証明なのだから。男が云う獣から人間へ成る。


 恐らくその日その瞬間がダモクレスにとっての転機であり、時代遅れのカウボーイ……ダナンを手に入れると誓った日だった。


 「……」


 ウゥン……と、低い駆動音が暗い一室に木霊した。


 「ボス、状態は如何でしょうか? 遺跡から発掘した遺産を解析し、既存の装備に適合させたのですが……異常があったなら直ぐに」


 白衣を纏った研究者がダモクレスの機械眼を覗き込み、真紅のレンズを拭う。


 「おい」


 「は、はいッ!」


 「機械体が夢を見ると想うか?」


 「それは」


 「三秒以内に言え」


 「補助脳に保存された記録を、生体脳が読み込めば可能かと。しかし、それはデータ・

ローディング……。記憶媒体からメイン・コンピューターが記録を呼び出すのと同義です」


 軋む機械の唸りが駆動音を響かせ、機械眼に追加武装が表示される。


 「つまりお前は機械体は夢を見ないと言いてぇんだな?」


 「はい」


 「なら俺は俺のままだ、何も変わっちゃいねぇ」


 過去の記憶を夢として見たならば、それは感傷を呼ぶ人間的な行為だろう。だが、研究者の話を信じた場合、己が見た光景は記憶領域の映像化……人格同期の為の読み込みだ。


 金属製のポット型改造台から一歩踏み出したダモクレスは電子カルテに記録を残す研究者へクレジットを振り込み、部屋を後にする。


 ダナン……時代遅れのカウボーイと名乗る男を結局己は手にする事は出来なかった。だが、奴は次のダナンを用意していた。意思という不可視の物質は思想を伝播させ、次の世代につなぐと云う。もし今のダナンが男の意思を継ぎ、奴に成ろうとしているのならば……己が命を食わせてやるのもまた一興か。


 「ボス、お疲れ様です。上納金に関してなのですが」


 「足りないのなら払い渋った奴を殺せ、殺せないのなら徴収役を始末しろ」


 「分かりました」


 「ボス、肉欲の坩堝と死者の羅列からの依頼案件は」

 「金額次第だと言っておけ。馬鹿な戯言に耳を傾けるな塵が」


 「はい」


 どいつもこいつも無駄な事に時間を取らせる屑ばかり。手帳を取り出したダモクレスは復讐すべき人間を選び、アジトの奥へ向かう。


 「ボス」


 「テメエは自分の頭一つで考えられねぇ阿呆か?」


 「……」


 「何の為に手帳を持っていやがる。無頼漢の意味を知っているのか? 知らねぇのなら……一辺死んでみるかよ。なぁ?」


 「……餓鬼を使います。奴等なら一人二人死んでも」


 瞬間、半機械体の男の腕が吹き飛び、肉片が飛び散った。


 「手帳を見せろ」


 「ボ、ボスッ」


 「見せろ、二秒だ」


 差し出された手帳を奪い取り、頁を捲ったダモクレスは、


 「永遠ってのはどういう意味か知ってるか?」


 「い、いえ……ッ」


 「神は一日で天と地を創造し、二日目に空を創った。大地と海、植物は三日目に生まれ、四日目にして太陽と月、星が創られた。そして人間と家畜、魚と鳥は五日目と六日目に生まれ、七日目にして神は消えた……。勿論神はこの世に存在しねぇし、人間や家畜は番が産む」


 銃口を男の眉間に突きつけ、獰猛な笑みを浮かべ、


 「神でさえも永遠を成し得ず、人間は定命を与えられた肉人形……いや、血肉が詰まった糞袋。だが、連綿と続く精神はいずれ神をも超える永久を手に入れ得る。端的に言えば……テメェも俺も、神が落とした欠陥品……泥人形の成れの果てって言ったところか」


 幾本もの斜線が引かれた手帳を男に突きつける。


 「売春婦、小便臭えガキ、賄賂送った商売人……テメエが何をしようが、何を思おうが俺には関係ねぇ些細な事。そうだろう?」


 「そ、それは」


 「関係無い……あぁそうだ。俺がお前から何かを奪っても、関係無い。無頼ってのは……そういうもんだろ?」


 引き金を引いたダモクレスは男の頭を吹き飛ばし、手帳を懐に収める。


 「カウボーイ……お前が永遠を求めるなら、俺が貴様の永遠になってやる。だから俺を殺してみろよ……ダナン」


 血を垂れ流す死体を踏み砕いた。


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