ダモクレス……その名を聞いたステラは心の底から震え上がり、ドアノブに手を掛けたダナンの腕を掴む。
「ま、待って」
「……」
「ダモクレスと会ってくるだなんて、嘘だよね? ダモクレスと会って、ダナンはどうするつもりなの? まさか……戦うの?」
「決着をつけるんだ。戦う以外の選択肢は残されちゃいないんだよ、もう」
「で、でも」
「ステラ」
少女の目線に合わせるよう身を屈ませたダナンは小さな頭を撫で、少しだけ笑う。
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃないッ!」
「でも……安心しろ、絶対に帰って来るから」
「やめてよッ! いくらダナンでも、本当に死んじゃうよ……」
それでも―――と、苦い笑みを浮かべたダナンは「行ってくる、ステラを頼んだ」玄関を開け、下層街のネオンを見渡す。
奴が何処にいるのか、何を考えているのか、嫌なことに予想できてしまう。きっとダモクレスも終わりを感じ取り、臨戦態勢を整えている筈だ。あの場所で、過去の記憶が眠る墓地で、己を待っている。
エレベーターに乗り込み、マンションを出たダナンは駐屯地の武器店から対機械装甲用弾薬と、大口径ライフル及び機械体爆薬を買い込む。ダモクレス相手に手加減などしていられないし、確実に奴を仕留める為に強力な武器が必要だった。並々ならぬ殺気を漂わせ、異常な数の武器を装備した彼の姿は一人で戦争を行おうとしている個人軍隊と変わらない。
乾いた空気が喉に張り付き、硝煙の香りが鼻腔を刺激する。駐屯地を抜け、下層街居住区を歩く青年は大口径アサルトライフルを構え、手帳を持つ機械体へ銃口を向ける。
警告無しの鈍色の弾丸が機械体の脳を弾き飛ばし、人工血液に混じった脳漿が壁に飛び散った。仲間と思わしき男が叫びながら銃を乱射するが、ダナンは狐狼のような身の熟しで男に近寄り、機械腕から超振動ブレードを展開すると動力部位に深々と刃を突き立てる。
無駄弾を撃つ暇はない。最短効率で無頼漢を狩り殺し、ダモクレスをおびき寄せる。もし奴が誘いに乗らなかったとしたら、敵を殲滅しながら墓地へ向かうだけ。力なくもたれ掛かる死体を蹴り飛ばしたダナンは、獰猛な殺意を滾らせ仄暗い路を駆ける。
銃器の重さなど気にしていられない。生身で機械体と戦うのだ、機械腕の反動制御機構がおじゃんになれば其処で終わり。闇を割く弾線を掻い潜り、刀剣へレスでビルの壁を斬り裂きながら進むダナンは機械化された野犬を撃ち殺し、粘つく血を踏み躙りながら進む。ただひたすらに。
「ッ!?」
ビルの内部を走る最中、耳障りな駆動音が鼓膜を叩く。コンクリート壁に罅が奔り、木っ端微塵に吹き飛んだ瞬間「よぉ、お前がダナンか? 中々どうして……やるじゃねぇか」完全機械体の男、デュードが愉快極まる笑顔でダナンの前に立ちはだかる。
「退け、邪魔だ」
「そんな連れねぇこと言うなよ、なぁ? ダモクレスの旦那と会う前に……少し遊んでくれや」
コンバットショットガンの銃口がダナンの眉間に突きつけられ、銃口から火柱があがる。ショットシェルから撃ち放たれた弾丸を避け、ブレードを装甲に突き立てようとしたダナンの背に悪寒が奔る。
一瞬の出来事だった。視界が滅茶苦茶に回り、壁に叩きつけられたダナンはデュードの笑みをブレる視界に移す。
「他の連中と同じ風に見るなよ? 一つ言っておくが……俺ぁ無頼漢ナンバー2だ。旦那ほどじゃぁねぇが、色々と改造してんだぜ? 自分の身体をよ」
血を吐き、細く粘ついた唾液を口角から垂れ流したダナンは薄い笑みを浮かべ「なら……テメエが死んだら、ダモクレスが出張ってくるのか? おい」銃のグリップを握り締める。
「さぁな、旦那は俺等には興味が無い。あの方の目にはお前しか映っていねぇんだよ」
「……そうか」
「旦那と戦いたきゃ俺を殺して行け……まぁ、そんなドラマチックな言い方は性に合わん。だが、俺一人殺せなきゃ旦那を殺せる筈も無し。色々言うのもなんだが……殺し合いを楽しもうぜ? ダナン」
「黙れよ」
火を噴く銃口とアスファルトが割れる炸裂音。デュードが放つ荷電性パンチを紙一重で躱し、ヘレスを振っては隙を作る為に引き金を引くダナン。一進一退の攻防は他の無頼漢構成員を巻き込み、血肉が飛び散る死の嵐を形成する。
苛烈な戦いに身を投じているのに、頭だけは驚くほど冷えていた。以前のダナンならば八つ当たり地味た殺戮に激情の牙を剥き、感情の赴くまま引き金を引いていただろう。だが、今は違う。帰る場所があり、守りたい人間が居る。その為に過去と決別し、前を向く為にダモクレスを殺さなければならない。デュードの猛攻を捌き、対機械体用大口径ライフルを構えたダナンは照準を機械眼に合わせ、引き金を引く。
「遅ぇんだよッ!!」
銃身が叩き折られ、暴発する。金属片が片目に突き刺さり、血の雫が宙に舞う中ダナンは拳を振り上げるデュードへ「馬鹿が、五体満足で勝てると思っちゃいない……俺だって」固形爆薬を放り投げ、ニヤリと笑う。
太陽のような輝きと同時に巻き起こる紅蓮の爆炎。デュード諸共吹き飛ばされ、大の字で倒れたダナンはよろめきながら立ち上がり、ルミナによる回復を待つ。
対機械体用の爆薬だ、これを食らってまともに立てる筈がない。もし動けたとしたならば……奴はダモクレス並の脅威となる。赤黒く焦げた頬に白い線虫が這い、残った武器を手に取ったダナンは装甲が弾け飛んだデュードの動力炉へ銃口を向ける。
「……やるねぇ」
「……」
「俺も、齢かね? お前みたいな、半端者に負けるたぁな」
「半端者? 俺が? 馬鹿言うな」
「……」
「殺るか殺られるか……単純な二択だろ、殺し合いってのは。お前は……自分以外の何を背負っている」
「変なことを聞くな、無頼漢は常に一人だろうよ。自分だけを信じ、自分を高めることに何の疑問があるってんだ? ダナン……だっけ? 早く殺せよ、それで……終わりだ」
言われなくても―――引き金を引き絞ろうとしたダナンの首から唐突に血が吹き出し、雨粒のようにデュードに降り注ぐ。
「―――ッ!?」
完全なる不意打ちだ、それも意識の外からの攻撃。歯を食い縛り、デュードから離れたダナンは四方を警戒しながら傷を手で押さえる。
「……おい」
髪を短く切り揃え、四肢を機械化させた女がデュードとダナンの間に立つ。
「お前、何で此処にいる」
「……」
「理由を言えってんだよ! セリー!」
機械腕から伸びる超硬度逆刃刀を構え、紫電を纏う半機械体……セリーはデュードを一瞥すると、手負いのダナンへ斬り掛かり、火花を散らしながら刃を振るう。
「ッ!!」
眼にも止まらぬ速さで振るわれる刃が紫電を迸らせ、ダナンの皮膚と肉を焼く。打ち合えば打ち合うほど強力になる紫電はセリーの機械腕に集約され、電磁パルスを連動させるエネルギー源になる。
「娘がッ!!」
「……」
「アンタの娘が、父親の為に身体張って何が悪いってんだ! 親父、アンタは無頼漢に必要な人間なんだよ! ダモクレスの旦那よりも、みんなアンタに従ってんだ! だから、死のうとするな! 俺を拾っておいて……勝手に死のうとしてんじゃねぇ!!」
機械腕に内臓されている連結式電磁コイルがパルス連動によって膨大なエネルギーを生み出していた。ダナンという敵に対し、パルス・レーザーの砲身を向けたセリーは「今度は……俺がアンタの命を拾ってやる!!」と叫び、青年を蒼の光線でビルの外へ押し出した。
塵一つ残さず焼き払った……安堵するセリーがデュードに駆け寄り、その巨躯を背負う。熱暴走を意に返さず。
「……少し、焦ったぞ」
「ッ!!」
「そう警戒するな……別に、取って食おうとしてるワケじゃない。おい、お前……お前等は家族、なのか?」
「だったら……何だって言うんだ」
「……俺の敵はダモクレスだけだ。俺の邪魔をしないのなら……消えてくれ。お前にも……守りたい奴が居るんだろ? なら、頼むから……俺の邪魔だけはするな」
そう言ったダナンは足を引き摺りながら墓地へ向かう。二人の視線を背に受けながら。