機械の軋みが唸り、轟々と燃え上がる戦意が殺意を生む。
一瞬……それこそ言葉も躱さずにダモクレスは背後に立つアディシェスが己と相容れぬ存在だと悟った。獣が人を敵だと認識するように、人が獣を害獣と見るように。電磁バリアを纏いながら純白の強化外骨格に襲い掛かる完全機械体は、右腕に取り付けていた火薬式杭打ち機から空薬莢を弾き出す。
「破壊の為の創造か、創造の為の破壊か。そんなもの……戦争の名の下では拙い言葉遊びに過ぎん」
突き出された杭を握り止め、レーザー・ブレードを抜いたアディシェスが頭部装甲の奥でニヤリと笑う。
「戦火に喘ぐ者は皆灰燼に帰し、泥濘の底に沈む屍は空を知らぬ。ダモクレス……我が闘争の担い手にして、渇く者。この程度で止まってくれるなよ?」
「ほざけよ……亡霊ッ!!」
墓石を砕く紫電が両者の間に迸り、プラスティック製の草が溶ける。電磁バリアでブレードの刃を受け止めたダモクレスは杭打ち機を分離すると同時に、その下に隠されていた高出力ビーム・サーベルを展開する。
鋼鉄をも一瞬で焼き溶かし、特殊合金でさえも貫く真紅の熱線刀……禍々しいエネルギーを刀身に滾らせ、空気を焼き焦がしながらアディシェスに向かった刃はブレードとかち合い、激しい火花を散らす。
武装で見ればダモクレスの方が圧倒的強者だろう。全身を覆い尽くす特殊合金装甲とその下で蠢く超高炭素繊維の人工筋肉、無限のエネルギーを生み出す機械心臓。身体全体に武器を纏い、強大な火力で敵を屠るダモクレスは謂わば個人の為に建造された要塞であり、思いのままに暴力を振るう人の形をした破壊兵器なのだ。
人間的な思考で相手の隙を見抜き、補助脳による戦闘支援を受けている完全機械体は機械眼に鈍色の光りを宿し、骨董品のような強化外骨格を纏うアディシェスを攻め立てる。
電磁バリアやシールドを展開していない人間に負ける筈が無い。この身体はダナンという最高の獲物と戦う為に出来ている。死者は土へ、生者は空へ……獣のような殺意を剥き出しにしたダモクレスはアディシェスを蹴り飛ばし、土に汚れた純白を見やり、
「生者が亡霊に負ける筈が無い。亡霊に生者を殺める権利も無い。おい、そんな骨董品を持ち出してテメエは何がしたいんだ? 死にたいのなら、真面目に殺しと向き合わないのなら、一人で勝手に死ね。俺の邪魔をするなよ……なぁ? 亡霊」
アディシェスに近づき、サーベルの刃を振り上げたダモクレスは装甲の奥から聞こえるくぐもった笑い声に耳を傾ける。
血が滾り、アディシェスの背に死の冷たさが這う。
「……」
命が消え失せる実感が、胃の内容物がグルグルと回る感覚が、命の奪い合いが久しく失われていた戦争という二文字を掘り起こす。
「最高だ……」
「あぁ?」
「やはり貴様は最高だ! 私の最後の戦争は、命を絶つべき戦場は此処にある! 面白い、面白いぞダモクレスッ!!」
純白の装甲が赫々とした赤を帯び、予備動作無しで飛び起きる。ダモクレスの電磁バリアを貫く手刀が黒鉄を掠め、深い傷を刻み込む。
「ッ⁉」
一歩後退り、猛追しようとするアディシェスへミサイルを撃ち放ったダモクレス。真紅の爆炎が視界を覆い、生体識別センサーを起動した彼の視界に異形の触手が映る。
「……ほう、骨董品かと思いきや何だ? バイオパーツを組み込んでやがるのか? テメエの機体はよ」
「違うな、これは祝福だ」
「祝福だと? その醜い姿がか? 馬鹿も休み休み言え……亡霊」
「それは貴様も同じだろう? なぁ……ダモクレス」
純白の上に這い回る肉感的な触手装甲と、割れたカメラ・ユニットを通して見える淀んだ瞳。バイオパーツとは言い難い特殊武装を纏ったアディシェスは狂気に染まった表情でダモクレスを見据え、肉で形成された背部ブースターを吹かす。
人体が焼けるような不快な臭いが辺りに立ち込め、顔を顰めたダモクレス。突進するアディシェスを電磁バリアで弾き、己もまたスラスターを展開すると深々と刻まれた傷を撫でる。
一体全体どんなトリックを使って電磁バリアを抜けた? これを解除するにはパルス・ミサイルかそれと同等の電子機器妨害装置が必要となる。全自動迎撃システムである電磁バリアが手刀如きで破られるとは考えにくい……。
原因は何だ? 思考速度を上回るほどの亜音速攻撃か? それともパルス効果を伴った装甲格納式兵器? 分からない……もう少し奴の動きを見極める必要がある。
宙に浮きながらナパーム弾を連射し、地上を炎で焼き払ったダモクレスは肉を燃やしながら飛び上がるアディシェスを睨む。
「そうだ、やはり戦場は炎が一番映える場所……貴様もそう思わないか? ダモクレス」
「……」
「面白くなさそうだな、つまらなそうだな、不機嫌極まりないという顔だぞ? 私はこんなにも面白いというのに……」
「不愉快だ」
「ほう、理由は?」
「亡霊がそうやって言葉を話し、過去に縋りついているのが気にくわん。死んだなら黙って墓に潜り込め、生きているなら空気を吸うな……死人に口無し、俺が言っている言葉が分かるかぁ? 塵屑が」
分からんな。そう言ったアディシェスは右腕に大口径レーザーキャノンを形成し、胸に巨大な一つ目を顕現させる。
バチバチと唸る銃口と圧縮されるエネルギー。ダモクレスもまた負けじと両肩のレーザーライフルをアディシェスへ向け、エネルギーを充填する。
「消えろ」
「堕ちろ」
ゴミが———。真っ白い閃光が辺りを真昼のように照らし、混ざり合った強大なエネルギーが周囲の建物を木っ端微塵に吹き飛ばす。補助脳で現在の戦場をリアルタイムで組み立て、アディシェスの生存を視界に映さずとも認識したダモクレスは、次の一手となる攻撃手段を即座に構築する。
改造と改修を施した骨董品には未知の兵器が積まれ、未確認のバイオパーツが組み込まれている。二門のレーザーライフルと同等の火力を持つレーザーキャノン、出力未測定のエネルギー・ブレード、苛烈な戦いに身を投じてなお健在する肉の装甲……。忌々しいと憎悪の牙を剥き、それとは別にこの戦いを楽しむ己が居ることに怒るダモクレスは眼前に迫るアディシェスへ自動追尾ターレットを展開し、空薬莢を躍らせる。
「そんな豆鉄砲で私を殺せるかよ!! ダモクレス」
「堕ちろ、堕ちろ、堕ちろッ!! 堕ちて焼け焦げちまいなァあ!!」
鮮烈な戦いは既に個人間闘争の枠組みを超え、広範囲……下層街居住区を巻き込む戦争の形に成り変わろうとしていた。コンクリートビルを砕き、アスファルトを割り、道行く人を叩き潰す。無意味な殺戮と無価値な殺し合い……これを戦争と言わず何という。
己の戦いで無関係な誰かが死のうと関係ない。ダモクレスの目には強者であるアディシェスだけが映り、戦闘の余波で組織の構成員が巻き添えになろうと気にも留めない些細なこと。心が朽ちる戦いに脳を焼き、レーザーの直撃を受ける毎に亡霊と蔑んでいた異形の外骨格に強い関心を示した機械体はゲラゲラと笑い狂う。
奴が求めているのは戦争などというちんけな炎ではない。真の願望はその先にある己が身さえ消し炭とする永遠の業火……則ち死という絶対の終わり。戦いの果てに死にたいから命を削り、負けたくないから力を付ける。それは戦争中読者だけが持つ狂った思考。故に……殺してやろう。狂人を骨の欠片残さず磨り潰す。
グツグツと泡立つ殺気を銃口に乗せ、遺跡の遺物を再構築した兵器……大口径波動砲をアディシェスへ向けたダモクレスは「疾く死ねよ、亡霊」と呟き、引き金に指を掛けた。